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朱々寧は膝の上で両手の指先を絡めながら小さく顎を引いた。
その細い指先を視線で追うと釣られるように自然と朱々寧の脚に目が留まる。
きっちりと膝の揃えられた、車椅子に座っている動かない脚。
自分で答えを促しておきながら、私は身勝手にも目の前が真っ暗になってしまうような錯覚に陥った。それくらい朱々寧の肯定に衝撃を受けた。
だって陸上部だった子が車椅子を必要とする生活を強いられているだなんて、悲劇なんて一言で簡単に済ませられる話であるはずがない。
なんてことを問い質してしまったのだろう。覆い被さってくる自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、私はあまりにも不躾にもはや引き返せないところまで首を突っ込んでしまったのだと自覚した。
「……何があったのか、聞いても、良い?」
私はなるべく動揺を悟られないように努めて平静を装いながら朱々寧を見遣る。
どれだけ自己嫌悪に苛まれようと口火を切ったのは私だ。
そんな軽はずみな行動を取っておいて黙りこくっていても埒があかない。前に進むしか選択肢は残されていないのだから。
さすがに躊躇いが拭いきれないのだろう逡巡を滲ませつつ、それでも決心を付けてくれた朱々寧は小さく一つ頷き口ごもりながらも語り始めた。
「私が転んだことで、脚が動かなくなったって話はしたよね?」
「……うん」
辛うじて喉から絞り出した返事は自分で驚いてしまうくらい掠れていた。
ようやく喋る決心を付けた朱々寧に対して、私はちっとも聞く準備が出来ていなかったのだと否応なしに気付かされた。
「その転んだ日って、予選会の当日だったんだよ。それなのに私、思いっきり寝坊しちゃって集合時間ギリギリに慌てて家を飛び出したんだ。……それで、ね」
私の胸元あたりに視線を漂わせる朱々寧は、まるで遠い昔の出来事を語るみたいな穏やかな口調だった。
確かに、生徒指導室の前で脚が悪くなった原因を思い切って聞いたときに『集合場所に向かっていた』と言っていた。
その時には、転んで尻餅をついただけで脚が動かなくなったと説明されたことにばかり驚いてしまって、何のための集合だったのかまで気にしていなかった。
私はどこか虚ろに見える朱々寧の視線をなんとか見つめ返しながら頷いて返す。
「こう見えても私ね、けっこう速かったんだよ」
不意打ちみたいにへらっと相好を崩して朱々寧が膝を撫でる。
そのゆったりとした手付きには今は動かない脚でも愛おしく思っている気持ちが滲んでいるようで、たまらず目を逸らしてしまいそうになった。
目を背けては駄目だ。
そんなことをしてしまった瞬間、永遠に朱々寧の心は閉ざされてしまう気がした。
「……それって、中学の部活内で一番だった、とか?」
私自身がそうだったけど部活内で一番の子なんて陸上部の数だけいるのだ。そんな小さな誉れでも私にとっては誇りだったし、きっと朱々寧も同じくらいだろうと見積もった。
直後、それがとんだ見込み違いだと私は驚愕することになる。
「もっと上かな」
「部活で一番より上? ……あ、予選当日って言ってたから学区内で一番とか?」
「ううん、まだ上」
「……まだ上? ……地区大会に出場、とか?」
「もっともっと」
手応えを確かめるみたいに小刻みに確認する私へ、座ったままの姿勢で誇らしげに胸を反らしながら朱々寧は手のひらを持ち上げて揺らす。
「もっと? うーん……、県大会に出場したとか……?」
「そう。県で一番」
痺れを切らしたわけではないだろうけれど、朱々寧があまりにさらっと口にした答えを前にさすがに耳を疑った。
「……えっ、は? 県で、一番……?」
「うん。予選って言ったのは中学校総合体育大会、要するに総体出場のための予選会」
「ど、どの競技で……?」
「100mだよ。県の通信大会で女子100mの記録を塗り替えたの。全中の参加標準記録もクリアしてたんだ」
「ぜ、全中って……」
「全日本中学校陸上競技選手権大会の略、って依乃里ちゃんも陸上部だったら知ってるよね」
「……うん。え、県で一番で、全中出場の標準記録をクリアしてたのに予選があるの?」
「その予選会は400mリレーでのエントリーだったんだよ」
「そう、なんだ……、すごいね……」
朱々寧の口調があまりにさらりとし過ぎていて、事態が飲み込みきれず呆気にとられた私はそんな息の抜けるような返事を紡ぐのがやっとだった。
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