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いくら考えても情報が少なすぎて一つとして答えにたどり着けそうにない。腕組みの姿勢でうんうん唸っていると、
「おーい西森、どこにいるー? 次だから準備しとけよー」
いつの間にか50m走の順番が回ってきたらしい。
間延びした声で体育教師から名指しで呼ばれ、慌てて立ち上がってお尻の砂を払いながらスタート位置に駆け寄る。
するとそこにはあろうことか、屈伸しながら入念にストレッチしている由川さんがいた。
「うげ……っ」
前世でどのくらい手の付けられない極悪人だったらこれほどの不運が働くのだろう、私と一緒に50mを走るのはよりにもよって由川さんだった。
お手本みたいに身体を仰け反らせて狼狽えている私へ、由川さんがチラリと横目で視線を寄越しすぐにプイッと逸らされてしまう。
その、うっかり汚らわしいものを目にしてしまい嫌悪感たっぷりに顔ごと背ける仕草に、私はとても飲み下せない不快感を覚えた。
昨日の私は確かに、由川さんの期待に応えられなかったのだろう。
けれど、だからといってそんな態度を取られて平気でいられるほど私は人間が出来ていない。そもそも期待していたことだって由川さんの勝手じゃないか。
そんなすっきりしない気持ちがもやもやと燻り、そのもやもやはすぐに私の中でみるみる闘志の炎へと変換されていった。
「ねえ、由川さん。私、いまから本気で走るから」
「……は?」
前の組がゴールしタイムの計測を終えて捌けていくのを確認し、私たちの順番がやってきたタイミングで言い放ってやる。
この上なく卑怯だと思う。
こんな直前にいきなり本気で走るだなんて宣言することで由川さんの動揺を誘っているのだから。これ以上に卑怯な真似なんてなかなかないだろう。
「昨日の続き。私が勝ったら陸上部復活の件よろしく」
「……なに言ってるの?」
私の思惑通りに由川さんは困惑しきっている。いやむしろ、いきなり理解出来ない言語で問い掛けられたみたいに怪訝な表情で眉をひそめている。
それでいい。怪訝でも滑稽でも何とでも思ってもらってけっこうだ。
とにかくなんでもいいから惑わせて、限界まで気を逸らして油断してもらわないと由川さんには勝てっこない。昨日、たったの一度だけ競争したことで痛感させられたのだから。
「おい、いつまで喋ってるんだー? さっさと位置につけー」
体育教師に促されて私たちは並んでスタートラインに立つ。
ラインに手をつきクラウチングスタートの姿勢を整え、呼吸を落ち着けて合図を待つ。
「よーい……」
ピッと突き抜けるような心地良いホイッスルの音を合図に地面を蹴ってスタートを切る。
正直、完璧だった。
自画自賛になってしまうけれど、これ以上は無理なくらい最高のタイミングすぎて快感を覚えるほどのスタートだった。
――それなのに由川さんはすでに前を走っていた。
昨日の競争でもそうだったけれど、スタートダッシュ直後から最高速に達するまでの加速力が段違いなのだ。
ああ、やっぱり速い。
フォームも綺麗だし、跳ねるように脚を運ぶたびにぐんぐんスピードが増していく。とても同じ人間とは思えない走りだ。
結局、ずっと由川さんの背中を見つめながらゴールした。
けれど私は宣言通りに本気で走った。
昨日よりもずっと本気で走った。
そのうえで、距離は違えど昨日となんら大差ない惨敗という結果だけが残った。
走り終えて膝に手をつき息を整えている私の視界の先で、朱々寧が由川さんのタイムを記録用紙を書き込んでいる。
「えっと……、よしっ。香奈はやっぱりスタートが得意だね」
「別に」
「……依乃里ちゃんと一緒に陸上やればいいのに」
「は?」
世間話の隙間に何の気なしに朱々寧が差し込んだ独り言みたいな提案に、由川さんが敏感すぎる反応を見せて地を這うみたいな低い声で唸る。
正午をしっかり回って真上に昇りきった太陽の日差しをものともしない剣呑さで、みるみる空気が重苦しく淀んでいく。
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