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大慌てでジャージに着替え、昨日の由川さんとの競争よりも速いのではと思うくらい全速力で廊下を走る。
途中ですれ違った教師に廊下を走るなと咎められたけれど速度は落とさず、なんとかチャイムが鳴り終わる前にグラウンドに辿り着いた。
「遅いぞー、もっと早く着替えろよー」
「すみませーん」
筋肉質な上半身にぴちぴちなポロシャツを着ている体育教師からの小言を躱して列に並ぶ。
「どした依乃里ー? デッカい胸が引っかかってジャージ着られなかったのー?」
「そんな漫画みたいなことあるわけないでしょ……」
茉椰からのからかいも適当に受け流して仰ぎ見ると、朱々寧もすでに体育教師の隣に並び口元を押さえて笑いを堪えていた。
車椅子の朱々寧は当然だけれど体育の授業は見学だ。
けれど体育教師の方針なのだろう、ただぼんやり見学させておくわけではなく教師の補佐として出来ることを手伝っていた。
今日の授業は二人一組で行う50m走だった。
「先生がスタートの合図をするから名波はゴールラインでタイムを計ってくれるか?」
「はーい」
体育教師に促されストップウォッチを受け取った朱々寧は車椅子を漕いでゴールへと向かう。
「よーし、まずは男子からだ。準備しろー」
野太い声で号令を飛ばし、男子たちは露骨なほどやる気なさそうに唸りながら立ち上がり準備運動を始める。
私たち女子は列に並んで順番まで待機を言い渡された。けれど素直に大人しく待機する子なんてほとんどいるはずもなく、だらけきって座り込み小声でお喋りに興じ始める。
「ねえ、由川さんって友達いるのかな?」
だらけていようとも辛うじて列に並んでいるだけマシな子たちを尻目に、グラウンド端の日陰にしゃがみ込んであくびをしている茉椰にこっそりと耳打ちして訊ねてみる。
「おおー? 依乃里にしてはなかなか辛辣な質問だねー。けど委員長っていっつも一人だし、わかりやすい友達はいないっぽいよねー」
「なになにどした、由川さんの話? てか委員長だったっけ?」
私と茉椰のすぐそばで木の幹に背中を預けてだらけていた瀧口さんが首を突っ込んでくる。
「え、知らないけど委員長って感じの見た目じゃん?」
小首を傾げる茉椰の言う通り、ほんのわずかばかりも着崩すことなく制服に身を包んで姿勢良く凜としている由川さんは、委員長と呼ばれても違和感のない出で立ちではあった。
厳しそうな目力の圧から風紀委員だと言われても納得してしまいそうだ。
「あー、確かに。昼休憩もだいたい一人で裏庭のベンチでお弁当食べてるから、友達がいないっていうか作る気ないんじゃない?」
「瀧口さん、知ってるの?」
こう見えてクラス内の細やかな情報に詳しい茉椰でも知らない事実を、瀧口さんがしれっと口にする。茉椰みたいに誰彼構わず干渉するタイプとは思ってなかったので驚きだった。
「部室棟の窓からちょうど見えるんだ。たぶんだけど、雨とかじゃない限りはいつも昼休憩は裏庭のベンチにいるんじゃないかな」
身体を起こして両手を頭上に掲げて背筋を伸ばしながら瀧口さんが断言する。
瀧口さんは女子バスケ部で、昼休憩には部活仲間と遊び感覚でミニゲームをやっているらしい。そのため部室棟に頻繁に出入りしていて、ベンチでお弁当を食べている由川さんの姿を目撃することがあるのだとか。
「あー、それで昼休憩はいつも教室にいないのかー」
茉椰が納得して頷くけれど、私は昼休憩に由川さんがいないことさえ今まで知らなかった。
「瀧口さんって、朱々寧とは中学って同じだったの?」
ふと思い至って訊ねてみた。転入してきたばかりの私は当たり前だけれどクラスメイト全員の情報がまっさらなのだ。
「違うよ。私は北中だから。朱々寧はたしか……、豊中だったかな? それがどうかした?」
「そっか。朱々寧と由川さんって同中って聞いたから、もし二人と同じだったら何か知ってるかなって思って」
「なるほどね。でも、うちの高校で豊中出身の子ってほとんどいないと思うな」
「そうなの?」
「うん。豊中って私立の中高一貫校だから、ほとんどの生徒はそのまま内部進学するのが普通なんだよ。むしろ朱々寧だってわざわざ外部受験してまでどうしてこんな偏差値低い学校に来たのか意味わかんないんだけど」
ゴールラインでストップウォッチを構える朱々寧に視線を移しながら瀧口さんがこの地域の学校事情を教えてくれる。
朱々寧はあの生徒指導室前で母親から怒鳴られたとき、推薦を取り下げての受験になったと言っていた。つまり、そもそも外部進学の予定だったということだ。
けれど何らかの事情で推薦を取り下げることとなり、急遽この高校に滑り込んだと言っていた。
しかし、この高校よりはずっと学力の高いらしい中高一貫校に在籍していながら、お世辞にも賢いとは言えない中間テストの成績はどうなのだろうか。
さらに由川さんにだって同じことが言える。どうして内部進学せずにわざわざこの高校を受験したのだろう。
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