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「どうして茉椰の茶髪は呼び出されないのに私だけ?」
「和久井は何度呼び出してもあれこれ理由つけて来ないんだ」
「え、私も帰れば良かった……」
素直に生徒指導室にやって来た私はここでも茉椰の奔放さに大きなため息が零れた。
「西森は転入試験の成績が良かったから、すっかり優等生なんだとばっかり思い込んで油断していたぞ……。仕事を増やしやがってまったく……」
「ちょっぴり髪にピンクが混じったって私が超優等生である事実は変わらないじゃん」
「優等生はそもそも髪を染めないし、百歩譲って染めたとしてもピンクは選ばないぞ?」
「えー、ピンクかわいいじゃん」
「ピンクは良いんだ、髪色となると話は別なんだ」
「……めーこせんせーはもっとこう、話のわかる感じの教師になろうとは思わないの?」
「どういう意味だ?」
「ほら、アニメとかに出てくる教師ってすっごい癖強なキャラが多いじゃないですか。めーこせんせーも、もっと大らかな心で私の頭を見逃してくれたり……」
「西森はアレか、アニメ好きな……、なんだったかな……、ああ思い出した、厨二病ってやつなのか? 必要ないのに眼帯とか包帯とか巻きたいアレなのか?」
「え、違うけど……」
おそらく相当思案してやっと記憶の引き出しから引っ張り出したであろう厨二病の認識が、絶妙に前時代的なテンプレすぎてこっちのほうが恥ずかしくなってしまう。
「成績優秀な優等生が転入時の自己紹介のときに『陸上部で頑張る』なんて自主的に宣言してくれて先生は感心したんだ。あれはどうなったんだ?」
「どうもこうもないよ、陸上部が事実上の廃部になってるなんて知らなかったし……」
「大袈裟や冗談でもなく本当に感心したんだぞ? これでも去年までは陸上部の顧問だったからな。西森が部員を集めて陸上部を復活させる、それこそアニメの導入みたいに」
めーこせんせー、もしかしなくても一昔前のアニメしっかり観てただろ。
「そこまでの熱意は……。あ、じゃあ陸上部を復活出来たらこの頭を認めてくれる?」
「そんな頭の陸上選手を見たことがあるか?」
「うっ、……で、でも、これからは多様性の時代でしょ?」
「まったく便利な言葉が根付いちまったよな……。多様性だなんて言葉のせいでこっちは仕事がやりにくくなる一方だ。最初に言い出したやつ見つけ出して引っ叩いてやりたいわ。ただまあ、そうだな……、一週間くらいで復活したら考えてやっても良いが」
「短すぎぃー。そんなの無理ゲーじゃん……」
お手上げのポーズで私はパイプ椅子の背もたれに身体を預ける。
こんな風に冗談めかして言葉を交わし、まるで友達みたいに接しているめーこせんせーだけど、私はいま見せている態度に反して実際それほど心を許してはいない。
自分で狡猾だなんて思わないけれど、とにかく私は大人を相手にする際には必ず身構えるようにしていた。なにしろそれは私なりの処世術だった。
へらへらと笑顔でめーこせんせーのお小言をいなしていると、
「呼び出されておいてなに笑ってるの!」
突然、背後から響いてきた怒声にびっくりして肩を竦めてしまう。
声の主が誰だかはわからない。警戒する亀みたいに首を引っ込めてそろそろと振り返ってみたけれど、しかしそこには誰の姿もない。生徒指導室のドアは閉じられたままだから当然だ。
するとなにやら廊下から言い争う声が追いかけてきた。
私の次に呼び出された誰かなのか、とにかく何事かで揉めているのは間違いない。しかもドア越しに響く金切り声は、言い争うというより一方的に罵声を浴びせているように聞こえた。
「……え、ケンカ?」
「ちょっと見てくる。西森は座って待ってろ」
私と同じかそれ以上にびっくりした顔のめーこせんせーは、気を取り直して教師らしく表情を引き締めながら立ち上がってドアを開けた。
そのわずかなドアの隙間から見間違えるはずのない車椅子が見えた。
そこに腰掛けて俯いているのは私のすぐ後ろの席のクラスメイト、名波朱々寧だった。
俯いて車椅子に座った姿勢の名波さんの目の前には、高圧的な腕組みの姿勢で柳眉を逆立てている女性が仁王立ちしていた。
まさしく仁王みたいに顔全体で怒りを現し隠そうともしていない表情は、可愛い顔立ちの名波さんを大人の女性へと成長させた雰囲気を伴って見えた。
場所をわきまえもせず盛大に怒鳴っていたのは名波さんの母親で間違いなかった。
室内から首を伸ばして様子を窺っていた私の視線に気が付いたのだろう、チラリと目線が絡んだ名波さんが「ごめんね」と口パクで伝えて小さく手を合わせてみせる。
そのわずかな仕草に目ざとく気が付いた母親がキッと室内の私へと向き直り、
「朱々寧、なんなのあの子は? あんなおかしな頭した子なんかと友達なの? 勉強もリハビリもしないで遊んでたのはその子のせいでしょ!」
「違うよママ……」
「あんなピンク頭の子と付き合ったらダメなんてわざわざ言わなきゃわからない? いつになったら普通になってくれるのよっ、いい加減にこっちだって限界なのよっ!」
「ちょっとママ、そんな言い方――」
「黙りなさいっ! 推薦も取り下げてこんな学校しか選べなかったんだから、切り替えて真面目に勉強くらいしなさいよ! 最初の中間テストからこんな成績でどうするつもりなのっ!」
廊下から私を指差して激昂する名波さんの母親の勢いは凄まじかった。
顔を真っ赤にしてヒステリックに叫びながら、名波さんが座っている車椅子の前タイヤを爪先でガツンと蹴っ飛ばす。
そしてついでとばかりに憎々しく私のことを睨み付けてくる鋭い視線に圧倒された。
名波さんが生徒指導室に呼び出された理由は、どうやら私がこの学校に転入してくる直前に行われた中間テストの成績が奮わなかったようだ。
そして当たり前だけれど、名波さんの成績が悪かったのは私のせいでもこの髪色のせいでもない。
だって中間テストの時点で私はまだ転入してきていないのだから。つまり完全な言いがかりのうえに濡れ衣だった。信用ならない大人がよくやる手口だ。
「お母さん、落ち着いてください……」
「落ち着けるわけないでしょ! こんな品のない子とうちの朱々寧を関わらせないで! どうなってるのよこの学校はっ!」
必死で宥めるめーこせんせーを振り払うみたいに、名波さんのお母さんはずかずかと生徒指導室に押し入ってきて私の頭を指差してくる。
指先からビームでも撃ち出しそうな剣幕に一瞬仰け反ってしまったけれど、さすがの私も品のない子とまで言われては苛立ちを抑えきれない。
差された指先を食いちぎる勢いで睨み付けてパイプ椅子から立ち上がって応戦の構えを取る。
けれどすぐに私を背中に隠すように身体を割り込ませてきためーこせんせーが、
「ちょっと廊下で待ってろ」
と小声で言いながらぐいぐいお尻で廊下に押し出してピシャリとドアを閉じてしまった。
どうして元々室内にいた私が追い出されないといけないのか憤慨しかけていると、閉ざされた室内から遠い落雷みたいに唸り声が響いてきた。
いっこうに治まる気配のない激昂はまさしく災害級の豪雨みたいで、廊下に残された私と名波さんは所在なく顔を見合わせてしまう。
「ほんと、ごめんね……」
車椅子から見上げてくる名波さんは、どうしても見下ろす位置関係のせいかやたら幼く見えてしまい、無理に貼り付けている笑顔が健気に映って迂闊にもキュンとしてしまった。
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