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「え、朱々寧(すずね)からだけど。同中だったんだってね」

「……どこまで聞いたの?」

「どこまで? いや、中学の時に陸上部を辞めてるって。あと、もっと陸上に力入れてる学校にも行けたのに、どうしてこの学校を受験したのかわかんないって……」


 本当にどうしてこんな学校に進学しているのか理解出来なかった。


 由川(よしかわ)さんほどの実力があれば、陸上強豪校に進んでもかなりの成績を収めることだって出来ただろう。


 そんな困惑を言葉の節々に乗せながら伝えた私をまっすぐに見据える由川さんは、いったいなにが気に入らないのか表情を険しくして大きく一つ息を吐く。


「……それだけ?」

「うん。それだけだけど、他になにかあるの?」

「すず――、アイツが言ったことなんて気にしないで。別になにもないから」

「いや絶対もっと他になにかある感じのやつじゃん。気になるんだけど。教えてよ?」


 ただでさえ学級会で朱々寧と由川さんのただならぬ雰囲気を目の当たりにしたうえに、他にもなにやら確執がありますと匂わせる態度を見せられてはそう易々と引き下がれるはずがない。


 しかも聞き逃さなかったけれど、由川さんは朱々寧の名前を口に出しかけてから()()()呼びに切り替えていた。


「いいから、気にしないで」

「中学の時に何かあったの?」

「なにもないってば」

「それが原因で陸上部を辞めたってこと?」


 しつこいかなと頭の片隅で考えつつも口をついて出ていく問いかけは止まらず、やがて適当にあしらっていた由川さんの表情が固まった。


 その反応を見るかぎり、きっと図星だったのだろう。


 中学時代の朱々寧との間に何かがあって、由川さんは陸上部を辞めることになったのだ。


 けれど核心を突いていたはずの私の質問には答えることなく、由川さんはぶっきらぼうにガシガシと頭を掻いて、


「そんなことより、もう息は整ったでしょう? そろそろ次、走ろうよ」


 気を取り直すみたいに大きく息を吐いて練習コースのスタート位置を指差す。


 話を逸らしていたわけじゃないけれど、改めて走ろうと誘われたことで直前の無様すぎる自分の敗北が掘り起こされてげんなりしてしまう。


「あー……、いや、ごめん。ちょっと無理かも……」

「無理? どうかしたの? 具合でも悪くなった?」

「いや、そういうんじゃなくって……、正直、由川さんには勝てないわ」

「……私に勝って陸上部復活を手伝わせるんじゃなかったの?」


 朱々寧と何かしらの問題があって陸上部を辞めたらしい話をしつこく問い質したせいもあってか、由川さんは途端に試すような口ぶりで目を細める。


「それはそうなんだけどさ……。朱々寧からすごく真剣に陸上に取り組んでたって聞いてはいたけど、まさかここまでとは思わなかったよ」


 紛れもない本心だった。負け惜しみを口にする気にさえならない、絶対的な敗北だった。


「でも、あなたも筋は良かったわよ。もっとしっかり練習すれば――」

「朱々寧に誘ってみたらって言われたから声かけて勝負してみたけどさ、この実力差じゃ勝てっこないわ。私も中学の時に陸上やってたって言ったけど、走るのが好きだったってだけだし。由川さんほど本気でやってたわけじゃないから……」


 歴然とした実力差を見せつけられ、まるで歯が立たない相手に対して私はそんな諦めを口にして引き攣った笑いを返す。


「……そう、陸上部復活ってもっと本気で言ってるんだと思ってたのに。あなたの本気になんてちょっとでも期待した私が馬鹿だったわ。じゃあね」


 そんな私に対して、由川さんは躊躇の欠片も見せずに蔑みきった眼差しを向けて一息に吐き捨てる。


 本当に心の底から軽蔑しきったと言わんばかりの、凍傷になりそうなくらい冷めきった視線だった。


 言葉をなくす私を突き放すみたいに、由川さんは大きく肩を落としてくるりと振り返って迷いのない足取りで校舎へと戻っていってしまった。


 由川さんの背中が遠く見えなくなり、鋭く突き刺された言葉を反芻してみる。


 そんな順序立てる必要もなく、私は学級会に引き続き、むしろ学級会の時以上に由川さんの逆鱗に触れてしまったのだと自覚した。


 そして同時に思い知った。


 ――私は自分可愛さにまた逃げてしまった。


 あんなに逃げてしまったことを悔やんで、後から唇を噛むほど悔しい気持ちで、のたうち回りながら自問自答を繰り返したはずなのに。


 奔放と呼ぶにはあまりに身勝手な母親だった女のおかげで、私は望まぬ転入を余儀なくされた。けれど、ものすごく良心的に解釈すれば、やり直しの機会を得たとも言えた。


 この転入をきっかけに今度こそ、揺るぎない決意と二度と後悔しない信念を胸に抱き、絶対にやり直して青春してやると意気込んでいたのだ。それなのに……。


 たいして汗もかかなかった頬を緩い風がピンクをなびかせ吹き抜ける。


 あれだけ御大層に誓ったくせに、為す術もなく無様に負けてまた逃げることを選択した私をせせら笑っているみたいで、吹き抜ける風を前に顔を上げることが出来なかった。






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