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「……本気で言ってるの?」
「もちろんっ。私、自己紹介の時にも言ったけど中学では陸上部だったんだ。ばっちり経験者だよっ。だからひとまず二人で部を復活させて活動しようよ!」
「二人で、活動、ね。……まあ、別に良いけど」
驚きを隠しきれず瞬きを繰り返す由川さんは、ぼそぼそと声をくぐもらせつつも仕方ないといった態度で頷いてくれた。
「ほんとに? やったぁ! いやー、良かったわー。朱々寧が由川さんを誘ってみたらって言ってくれたおかげだよー。ありがとー!」
俄然乗り気というような快活な返事ではなかったけれど、私は感極まって朱々寧の肩に手を乗せて恭しく揉みほぐした。
次の瞬間、されるがままに肩を揉まれていた朱々寧の全身がふいに強張った。
朱々寧の視線は正面の由川さんへと向けられていた。釣られるみたいに私もその視線を追った先で、顔全体に不快感を浮かべる由川さんを捉えた。
明らかに怒気を孕んだ表情だった。
その眉間に刻み込まれた皺の深さに戸惑い、いったい何が原因で突然気分を害してしまったのか、由川さんの怒りの火種がさっぱり理解出来ない。
「やっぱりやめる」
「えっ、……やめるって一緒に陸上部復活させることを?」
「そうよ。悪いけど他を当たって」
途端に冷酷さを取り戻したみたいに表情を硬くして、由川さんはほんの数分前に話しかけた時と同じか、むしろそれ以上の警戒心を剥き出しにして顔を背ける。
「いやいや待ってよ、陸上に興味あるんでしょ? どうしたの突然?」
「どうもしないわ。気が変わったの」
「気が変わったって、……一度引き受けたのになにそれ? 性格悪くない?」
激流みたいな由川さんの心境の変化にまったく理解が及ばない苛立ちから、うっかり本心が口をついて飛び出してしまった。
思ったことがすぐに口から零れてしまうのは私の悪い癖だ。自覚してるけど一向に治らない。
けれど、さすがに性格悪いとまで言われて我慢ならなかったのだろう、背けていた顔を向き直らせ真っ直ぐに私を睨め付けながら、
「わかったわ。じゃあ私と走って勝負しましょう。あなたが勝ったら陸上部復活を手伝うわ」
刃物でも突き立ててくるみたいに由川さんが静かに言い放った。
「いいよ、勝負しよう。放課後で良いよね?」
「この後よね、わかったわ」
挑発したつもりはなかったけれど、とんとん拍子に勝負することが決まった。
「ほらほら書き終わったー? これで全部だよねー?」
記入用紙の回収にやって来た茉椰が顔を覗かせ、私たち三人の間に寝そべった不穏な雰囲気に気が付いているのかいないのか、記入された用紙を奪い取るみたいにかっ攫っていった。
茉椰の登場を合図みたいに、由川さんは音も立てずに振り返ると自分の席へと戻っていった。
その背中は、直前まで私との勝負を叩き付けてきた勢いはすでになく、普段通りの人を寄せ付けない孤高の気配を漂わせていた。
朱々寧たち玉入れの記入用紙が最後だったらしく、全ての用紙が回収されたことで学級会が終わった。
追いかけるみたいにチャイムが鳴り始め、部活や帰宅で教室を後にするクラスメイトたちに紛れて由川さんが教室を出て行く姿が見えた。
それを見送ってから後ろの席でのろのろと帰り支度を整える朱々寧に顔を寄せて問い掛ける。
「ねえ、由川さんの逆鱗がさっぱりわかんないんだけど、私って何か触れちゃいけないことでも言っちゃってたの……?」
「いやあ、なんて言うか、まあ……、うん。そんな感じかな……」
辛うじて浮かべた笑顔を引き攣らせる朱々寧の顔には色濃い疲労が滲んでいた。心なしか車椅子に座っている身体が小さく縮んでしまったみたいに見える。
「え、どの部分がどんな感じに逆鱗でアウト判定だったの?」
正直、ものの喩えで言ったつもりだったから肯定されたことに驚いてしまった。
本当に由川さんの逆鱗に触れていたとは思わなかったし、だったとして何が逆鱗だったのかさえまるっきり見当も付かない。
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