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「大丈夫って、まだ記入済んでないじゃん?」
「あー……、う、うん……」
挙動不審のお手本みたいに視線を泳がせながら朱々寧はボールペンを手に取る。
「ごめんね由川さん。次の種目の記入もあるよね?」
「……別に。他の種目には出ないから」
正面から朱々寧を見下ろしていた由川さんに視線を移しながら声をかけると、こちらはこちらで見間違いようもないほど眉をひそめて半眼を寄越してきた。
体育祭の参加種目は全員参加の種目以外に最低でも一種目は出場する決まりだったけれど、種目に空きさえあれば複数参加は本人の自由だった。
朱々寧と由川さん以外の玉入れメンバーはさっさと用紙に名前を書き込んで別の種目のグループへと移動した後らしく、おかげで玉入れにしか出場しない二人が残されて牽制し合う猫みたいに睨み合う格好となっていたようだ。
「あ、そうなんだ。私もめーこせんせーに無理やり押し込まれたクラス対抗リレーしか出ないんだー」
「へえ」
露骨に眉をひそめられたものの気付いていないフリをしてなんとか話題を捻り出した私に、由川さんは息を漏らすみたいな素っ気ない一言を零す。
その態度を前に唖然としてしまった。
興味がないという素振りをここまではっきりと示せる心臓の強さに驚きを隠せなかった。奇しくも、心が折れそうになっている自分が思いのほか繊細だったのだと気付かされた。
なんとか不穏な雰囲気を和ませようと話題を振っただけなのに、ここまで徹底的に玉砕を強いられるとは。
私の記憶違いじゃなければ由川さんとはこれがファーストコンタクトなのだ。
初めて声をかけたとはいえ少なくとも私たちはクラスメイトなのだから、まるで不審者から声をかけられたみたいに警戒されるとさすがにショックを受けてしまう。
私って知らない間に由川さんの気に障るようなことでもしたのだろうか。
「あ、あー……、由川さんって、もしかしてピンクが嫌いだったりする?」
「え? 別に」
もしかして私のインナーカラーが気に食わないのかもしれないと思い自分の髪を両手で押さえながら訊ねた。そんなことで私のピンクは簡単に隠れてくれたりはしないのだけれど。
どんなに頭を回転させても、この髪色くらいしか初手から警戒される原因が思い付かなかった。
けれど返ってきた反応は顔を窄ませてしまうくらいしょっぱい塩対応だった。
「あー……、えっと、そういえば由川さんって昼休憩にグラウンドにいたよね? 陸上部の練習コースだったところ」
「……っ、そうだけど」
藁にも縋る気持ちで私が捻り出した次の話題に、素っ気ない態度に変わりはなかったものの由川さんはほんの少しだけ肩を震わせて反応を示した。
その、ほんのわずかな反応を見逃さず、私はわずかな手応えに嬉しくなってすぐ側で話を聞いていた朱々寧へと視線を移した。
けれど、どういうわけか朱々寧は首ごと捻って視線を逸らし顔を伏せてしまう。
記入用紙に書き込まれた名前は、すごく小さく控えめで掠れて消えてしまいそうな薄さだった。
本当にどうしたのだろう、朱々寧の態度はなんだかずっと変だ。
朱々寧の態度は気になるところだけれどひとまず置いておき、今はやっと反応を示した由川さんを優先する。
私はやっと会話へと発展しそうな話題を突き止めた喜びも含めて笑顔を向けながら畳みかける。
「由川さんって、やっぱ陸上に興味ある感じ?」
私の問いかけを受けた由川さんは、こちらの真意を推し量るみたいにジッと凝視してきた。そして納得したのかほんのわずかに顎を引いて頷いてくれる。
「そうだよねっ、昼休憩に陸上部の練習コース確かめてたくらいだし。そこまで陸上に興味あるならクラス対抗リレーに出れば良かったのに」
ずっと警戒し続けて耳なんてぺったんこにしていた野良猫が、やっと指先でその身体に触れさせてくれたような手応えに気が大きくなってしまった。
他意なんて一切無く思ったままを口走っただけだった。
面倒ごとを押し付けようとしたわけじゃないし、おべっかを使って由川さんのご機嫌を取ろうとしたわけでもない。
そんな私の軽口を受け、由川さんから返ってきたのは猛烈な嫌悪感を湛えて睨み付けてくるみたいな眼差しだった。
刺し貫くような鋭い視線で私を射竦めてから、ついでみたいに顔を伏せたままの朱々寧の頭を見下ろす。
そのまま私に返事をすることなく由川さんはフイッとそっぽを向いてしまう。
わずかに感じた手応えは思い違いだったのだろうか。けれど、ここで及び腰になって引くわけにはいかない。
「……ま、まあリレーのことは別に良いとして、そんなことより由川さんっ、私と一緒に陸上部を復活させようよ!」
そっぽを向いた由川さんの視線を追い、私は努めて明るく、けれどほんの少しだけ挑戦的に投げかけた。
案の定、由川さんは面食らった表情で私を見つめ返してきた。
昼休憩にたった一人で陸上部の練習コースを調べに行くくらいで、陸上に興味があると頷いたのだ。そんな逸材をみすみす逃してしまうなんてもったいない。
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