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「はぁー……、そんな前のめりで青春を引き合いに出されちゃ仕方ないかー。どうせならガチで走るってのもアリかもねー」

「え、あたしはヤだかんね? バスケ部の司紗(つかさ)と陸上部希望の西森(にしもり)さんに期待してっから」


 やれやれと肩を竦めながらも笑顔を零した瀧口(たきぐち)さんがボールペンを手に取って記入し、あいかわらず顔をしかめたままの佐野(さの)さんもさらさらと名前を書き込む。


「いやー、その期待は負担が大きいかな……。じゃあついでに走順も決めちゃおうよ」

「あっ、順番だったらウチ最初に走りたいー。嫌なことはさっさと済ませたいしー」


 私からの提案を受けて、記入を終えた茉椰(まや)はすぐさま第一走者を希望して手を挙げる。


「あたしは最後がいいな。そこまでバトンが来る頃にはほぼ順位とか決まってるっしょ? 茉椰とかスタートと同時にすっころんでくれるだろうし」

「なんでウチが転ぶこと期待してんのよ!?」

「西森さんは二番と三番、どっちがいい?」


 すぐに取っ組み合いを始める茉椰と佐野さんをまるっきり無視して、瀧口さんが残った走順を選ばせてくれる。


 私はほんの少しだけ躊躇いながら、


「……私は、第三走者がいい」


 それは中学の体育祭で行われたリレーで、私が高校生になってまでずっと燻らせることになる後悔を抱き続けることとなった走順だった。


「いいよ。じゃあ私が二番ね。これで順番も決まりだね。まあ当日は、西森さんの青春ってやつを拝ませてもらうからね」


 私の鼻先を指差しながら瀧口さんが薄く大人びた笑顔を浮かべる。


 第三走者を快諾されたからといって、後ろ向きな理由から渋々選ばれた即席メンバーであることに変わりはない。

 このチームで私自身が抱えている後悔が払拭されるとは思わない。けれど、せめて気持ちを入れ替えて走ることが出来れば何かが変わってくれる気はした。


「この用紙に名前の記入なんてさー、さっきの種目決めてる最中に実行委員が書き込めば良くね? 自分の名前書くのさえ不愉快になるんだけどー」


 不機嫌以外の感情を一切感じさせない膨れっ面で、佐野さんが用紙を指先で摘まみ上げてひらひら揺らす。


「先輩から聞いたけど、各自の直筆で記入する決まりなんだってさー。マジで意味わかんないよね。投票用紙かよ」


 それだけ言い捨てると瀧口さんは立ち上がり、


「そんじゃ次の種目の参加用紙に記入してくるよ。ソフトボール投げってどこ?」


 きょろきょろと教室内を見回しながら目星を付けたグループへと向かっていった。


「司紗、ただでさえバスケ部なのにソフトボールまで投げるとか球投げの申し子かよ。んじゃ西森さん、あたしも次の参加用紙にサインしてくるわー」


 瀧口さんの背中を指差し呆れた表情を浮かべ、佐野さんは私に手を振って次の参加種目のグループへと散っていった。


 茉椰は実行委員の仕事に戻って記入の終わった用紙の回収へと向かったため、全員参加を除いてリレー以外の種目に参加しない私は取り残されて手持ち無沙汰になった。


 がやがやと参加用紙に名前を書き込んでいるクラスメイトの中、どうやらそこが玉入れメンバーで集まっている場所なのだろう、車椅子に座った朱々寧(すずね)の後ろ姿が目に留まった。


 その一角は、どういうわけなのか変な緊張感で張り詰めていた。


 めーこせんせーから強制的に指名された私たちクラス対抗リレーのグループよりも、ずっと濃厚でずっと険悪な雰囲気を醸し出して、導火線に火の付いたダイナマイトを見つめるみたいに切迫した重苦しさで空気が淀んで見えるほどだった。


「あー……、や、やっぱり私、先生に言って玉入れは辞退するから……」

「は? そんなこと言ってないでしょ。提出できないからさっさと名前書いてよ……」


 車椅子の手すりをしきりに擦り続ける朱々寧を、冷たく細めた半眼で見下ろしているのは昼休憩に陸上部の練習コースにいた孤高の由川(よしかわ)香奈(かな)さんだった。


 クラスの誰とも馴れ合う気もなくそもそも関わろうとさえしていなかった孤高の由川さんが、不快感を顕わにしながら朱々寧を冷淡に見下ろしているのだ。


 これが異常事態に見えないほど私はのんびりした性格ではなかった。


 玉入れへの参加を無理やり決められた朱々寧が、露骨に表情を歪ませていたのはもしかすると由川さんが原因なのだろうか。


 昼休憩の時の口ぶりから、少なくとも朱々寧は由川さんのことを知ってはいるように感じたけれど、それは仲が悪いからこそ認識していたということかもしれない。


 もしそうだとすれば、このまま不穏極まりない二人を放っておくことなんて出来るはずがない。私は足早に席の間を縫って車椅子へと近付く。


「朱々寧ー、記入ってもう済んだー?」


 取って付けたような明るい声と作り笑いを貼り付けて、剣呑な雰囲気で向かい合っている朱々寧と由川さんの間に顔を割り込ませる。


「……あ、依乃里(いのり)ちゃん。……うん。だ、大丈夫だよ」


 私がいきなり声をかけたことに驚き、けれどすぐにどうにか顔の表面だけで笑みを形作ろうとして頬を引き攣らせる。


 朱々寧の様子は明らかにおかしかった。





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