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 グラウンドのトラックから少し離れた場所に、そこだけ赤く着色された100mのコースがあった。


 見間違えようもなく短距離走用にあつらえられた練習場所だ。けれど事実上の廃部となって使われることがなくなり、整備が行き届かず砂を被っていることが遠目にもわかった。


「練習コースって、あの地面が赤いところー? あれってどうして赤いのー?」

「合成ゴムだったかな、土のグラウンドだと雨が降ったらどろどろになっちゃうでしょ」

「ふーん。てか、あそこでうろうろしてるのってウチらのクラスの子じゃないー? ほら委員長のー……、由川(よしかわ)さんっ」


 訊ねてきたわりに興味なさそうに息を漏らした茉椰(まや)は、メロンパンを食べ終えた指先をペロリと舐めて指し示す。


 確かに、しきりに練習コースを行ったり来たりしている子には見覚えがあった。茉椰が言い当てた通り、同じクラスの由川香奈(かな)さんだった。


 転入してきてまだ日の浅い私が偉そうに分析するのもおこがましい気がするけれど、由川さんは正直なところ茉椰みたいに目立つタイプではなかった。

 茉椰が称した委員長の肩書きが似合いすぎるくらい、かっちりと着こなされた制服は校則遵守で茉椰とは真逆のタイプだった。


 一見すると生真面目な委員長といった風貌だけれど実際にはクラス内で孤立していた。それも相まって制服の着こなしだけに留まらず、茉椰とは真逆の意味合いで悪目立ちしていた。


 おかげで一度も接したことがない私でも由川香奈さんのフルネームを覚えたくらいだ。


 さらに由川さんが孤立している原因がこれまた悪目立ちに拍車をかけているのだけれど、どうやら本人の強い意志で誰とも仲良くしようとしていないみたいに見えた。

 転入してきてクラス内を見回しただけの私ですらそう感じるくらいなので、人を寄せ付けない雰囲気が滲み出ている由川さんにあえて話しかけようとするクラスメイトもいないらしく、結果として本人が望んでいるままに孤立していた。


 すらりと細身で常に耳が出ているくらいのショートカットと、まったく笑顔を見たことがない無表情さが相まって、遠目から眺めているだけにもかかわらず気難しそうな印象が伝わってくる孤高の人だった。


 そんな由川さんが、しきりに練習コースをうろつきながら足下の感触を確かめるみたいに時折ぐいぐいとコースを踏みしめていた。


「あー、そうだね、孤高の由川さんだ。……何してるんだろ?」


 お弁当の唐揚げを口に放り込んで私が呟くと、


「何って、練習場所の確認だよね? 陸上部の」

「え、でも陸上部って廃部になったんでしょ? それなのに練習場所の確認って……?」


 朱々寧(すずね)の驚きを含んだ声を受けて私も負けじと驚いてしまう。


「……陸上、やりたいんじゃないかな?」


 独り言みたいに呟きながら、どこか確信している朱々寧の指摘に私は違和感を覚えてしまう。


 それは指摘というよりも、そうであってほしいと願望めいた響きを伴っていた。


「由川さんが陸上ねー、なんかあんまりピンと来ないなー。パッと見た感じ生徒会で書記とかが似合いそうな感じー。字とかビシッて書きそうなイメージだわー」


 茶化しているわけではないのだろうけど、かけてもいない眼鏡をクイクイ持ち上げる身振りをする茉椰(まや)の姿に少し納得してしまう。


 私もどちらかと言えば由川さんから運動部のイメージは湧かなかった。


「……中学の頃に、陸上部だったとかじゃないかな? 依乃里(いのり)ちゃんみたいに」


 チラリと私に視線を移してから小声で零した朱々寧の見解はどうにも釈然としなかった。


 けれど現に由川さんが陸上部の練習場所だったコースで、しきりに足下の感触を確かめているのだからそう考えるほうが自然かもしれない。


「けど確か由川さんって部活やってなかったはずだわー。ウチと一緒で帰宅部なはずー」


 多くの生徒は入学後一ヶ月もすれば見学や体験入部を経て、それほど時間をかけずお目当ての部活へと入部を決めるのはこの学校でも同じなのだろう。


 部活動を決意していなかったり、いつまでも決めかねているような生徒は概ね帰宅部となるのが関の山なのも同じはずだ。


 茉椰がまさしくその典型らしく、どの部活にしようかと悩みはしたものの最終的にどこにも入ることなく帰宅部となって現在に至っているらしい。


「これから入ろうか決めかねてるとかかな? でも陸上部は実質廃部状態なんだし、どうするつもりなんだろ?」

「依乃里ちゃん、陸上部に誘ってみたら? 同じクラスなんだし一緒に活動してくれるかもしれないよ?」


 そんな風に私へ提案を投げかけながら朱々寧は再び由川さんのことを遠く眺める。


 釣られるみたいにグラウンドの端へと視線を移すと、何がしっくりこないのか延々とコースの踏み込み具合を神経質そうに確かめている由川さんの後ろ姿が映った。


 それを眺める朱々寧のぼんやりとした横顔は、もうすぐやって来る初夏を感じさせる日差しを受けて濃い影を落としていた。






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