16
校舎に沿って申しわけ程度の花壇が並び、気の早い初夏の花たちが色とりどり綻び始めている。
そよぐ風はまだまだ春の名残を感じさせ、いまが一番気持ちいい気候だとほっこり気分を満喫しておかないと、うだるような夏はすぐにやって来てしまう。
そんな等間隔に並んだ花壇の間に、おそらく後付けで規則性を感じさせない配置で横長のベンチが据えられていた。
まばらに点在する中から、ちょうどグラウンドを見下ろせる位置のいかんせん錆び付いたベンチに私と茉椰が腰掛ける。
そのすぐ隣に朱々寧が車椅子を滑り込ませ、私たちは横並びになって各々昼食に勤しんでいた。
「陸上部に入りたいって言っただけでクラス対抗リレーに無理やり出させるとか、どう考えてもめーこせんせー横暴すぎじゃん! 教育委員会にタレコミ案件だよ!」
昼休憩となったいまになっても、朝の出来事がまるで消化しきれず私は憤りを撒き散らす。
そんな私の気持ちを察してくれているのか、隣の茉椰は購買のメロンパンに齧り付きながら黙ってうんうん頷いてくれる。
「しかも嫌なら頭を戻してこいって、なんか私にだけ上から目線で当たり強くないっ?」
語気を強めながら茉椰のメロンパン越しに朱々寧を見遣るけど、ぼんやりとグラウンドを眺めて私の話が届いている雰囲気はない。
朱々寧はよくぼんやりと遠くを眺める癖があるみたいで話を聞いていないことがある。
ただ勢い任せに愚痴ってスッキリしたいだけの私にとっては、あまり興味はなさそうでも辛うじて頷いてくれている茉椰の方がいくらかマシだった。
ぼんやりしたまま朱々寧が思い出したみたいに口に運んでいるのは、登校前に買ってきているらしいおにぎりだった。
よく見るコンビニのものとはデザインが違っているのでスーパーかどこかで買っているのだろう。
ちなみに私はお婆ちゃん特製のお弁当だ。出汁の利いたほうれん草のおひたしは質素だけどすごく美味しい。
「ねえ頷いてないでさぁ、どう思う?」
私の愚痴への興味がメロンパンよりも下回っているらしいことは重々承知の上で、せめて同調してくれるくらいの反応が欲しくて返答を求める。
「えー、そうだなー……、ピンク西森はたぶん定着しないと思うよー?」
メロンパンをペットボトルの水で飲み下して、茉椰がさっぱり見当違いな意見を述べる。やっぱり空返事で頷いていただけだった。
「そんなもの定着させたくないんだよ……」
「んー、じゃあどんな源氏名だったらいいのー?」
「源氏名だなんて卑猥に聞こえるからやめてよ、ただでさえピンクなのに……。それはそうと朱々寧は本当に体育祭って見学で良いの?」
茉椰のちっとも取り合う気のない的外れな問い掛けにがっくりと肩を落とし、私は一縷の希望を込めながら朱々寧に話を振ってみる。
そもそも朱々寧が呼び出されたついでで私は巻き添えになったのだから。
そんな私の問いかけが耳に届かなかったのか、朱々寧はぼんやりというよりはジッと凝視するみたいにグラウンドを睨み付けている。
「おーい、朱々寧ー。ピンク西森がお呼びだぞー」
茉椰が間延びした声で車椅子の肘掛けをトントンと叩く。
それでやっと気が付いたのか、朱々寧はハッとして背筋を伸ばすと私たちに向き直った。
ぱちぱちと音がしそうなくらい大きく瞬きを繰り返して私と茉椰を交互に見る朱々寧は、その態度が物語る通りここまでの話がまったく耳に届いていなかった。
「え、っと、ごめん。聞いてなかった、あはは……」
「本当に体育祭を見学で良いのって聞いたんだけど……、なに見てたの?」
朱々寧がやたらと集中して視線を送っていたグラウンドを見遣ると、数人の生徒たちがわずかな昼休憩を利用して遊んでいたり自主的に昼練を行っている姿が映った。
じゃれ合うみたいに輪になって笑いながらサッカーボールを蹴っている男子たちや、年季の入ったバックネットの側でキャッチボールをしている野球部の姿が見えた。
「なにっていうか……、特には……、あっ、サッカー上手だなって……」
朱々寧は視線を泳がせながら愛想笑いを貼り付けて明らかに心にもないことを口走る。
なにしろ朱々寧が視線を注いでいた方向はサッカー男子たちの方ではなくもっとグラウンドの端っこだった。
そちらを仰ぎ見ると、そこには一人の女子がしきりに足下を気にしながら俯いて歩いている姿が遠く見えた。どうやら朱々寧はその子を眺めていたらしい。
「あそこって陸上部の練習場所だったんだろうね。100m用の練習コースがあるじゃん」
俯いたまま行ったり来たりしている女子の姿よりも私はその地面の方に気を取られた。
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