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 大人の余裕で軽くあしらってくるめーこせんせーに、私はうーっと唇を噛むしかない。


 ピンクは事実だし校則違反でもある以上、これ以上食ってかかっても分が悪い。不本意だけれど黙っているほか私には手段がない。


「えー、テスト明け早々だがすぐに体育祭だからなー。今日の学級会で参加種目を決めるから全体参加競技以外になにか一つは種目に出ること。どの種目に出たいか決めておけよー。リレーとかお薦めだぞー」


 手元の資料に視線を走らせ淡々と説明しながらめーこせんせーが種目リストの束を配る。


 がやがやと教室内が盛り上がる中、種目リストを後ろの朱々寧(すずね)に渡そうと振り返ると、


「朱々寧?」


 まるで興味なさそうにぼんやりと頬杖をついて窓の外を眺める朱々寧は、まるっきり他人事として一切話を聞いていないように見えた。


 どうかしたの? と口を開きかけて私はすぐに思い至った。


 朱々寧は車椅子なのだ。


 私が転入してきてからまだ数回しか行われていない体育の授業だって、朱々寧は基本的に見学か体育教師の手伝いをしていた。

 そんな朱々寧が、身体を動かすお祭りの典型みたいな体育祭に興味が向かないことなんて訊ねるまでもない。


「あー、忘れるところだった。種目の前に体育祭実行委員をまず決めるからなー。男女一人ずつ積極的な立候補待ってるぞー」


 私がもたもたとリストを渡し損ねていると、めーこせんせーが付け加えた連絡事項に被さるようにチャイムが鳴り始めた。


 ホームルームが終わり教室内の騒がしさが増す。

 みんな参加種目をどうするかで持ち切りみたいだった。


 朱々寧に手渡し損ねた種目リストをどうしたものかと戸惑っていると、そんな私越しに頭上からめーこせんせーが朱々寧に声をかけてきた。


「あー、名波(ななみ)。ちょっといいか?」

「え、なんですかー……?」

「すぐ済むから、ちょっとこっち来てくれ」


 素知らぬ態度で小さくあくびをする朱々寧に、廊下を指差してめーこせんせーが手招きする。


「なにしたの朱々寧? もしかして成績だけに留まらず他にも何かやらかしたの?」


 なんとなくべったりと寝そべった居心地の悪い空気を払拭しようと、私は明るい声を弾ませながら朱々寧を指差す。ちょっとわざとらしくなったかな。


「なにもしてないよー。それにあの成績はやらかしたわけじゃないし……」

「いい朱々寧、落ち着いて聞いて。あの点数はやらかしどころの騒ぎじゃないよ?」

「うあぁぁ、思い出させないでよー……」


 声のトーンを落とす私に、両耳を塞いで朱々寧はイヤイヤをする子供みたいに頭を振る。


「おーい、すぐ授業だから急いでくれ。それとちょうど良いからピンク西森(にしもり)も一緒に来い」


 教室のドアを出たところでめーこせんせーが手を振り、車椅子を動かし始めた朱々寧を見送っていた私を指差してきた。

 不敵な笑みを浮かべておいでおいでと手招きまでしている。


「うえっ、なんで?」

「ほらほら依乃里(いのり)ちゃんこそ、そのピンクに留まらず何かやらかしたんじゃない?」


 うひひっと白い歯を見せて悪戯っぽい笑みを残して、朱々寧は車椅子を滑らせるみたいに漕いで廊下へと向かう。


「めーこせんせー、私を呼び出すのはちゃんとアポ取ってからにしてよー」

「順を追って話すからピンクはちょっと待ってろ」

「ついに苗字まで略されたんだけど……」


 愕然とする私に構うことなくめーこせんせーは朱々寧に向き直り、


「まずは名波、さっきの体育祭の出場種目のことだけどな――」

「私が出られる種目がないって話ですよね?」


 脇に挟んでいた資料プリントを広げようとしたところ朱々寧があっさりと遮ってしまう。


「えっ……」


 そのきっぱりとした断定口調にめーこせんせーの隣で私まで言葉に詰まってしまった。


 出られる種目がないであろうことは朱々寧の車椅子を見ればわかりきっているのだが、朱々寧自身がさらりと口にしたことに驚いてしまった。


 昨日、生徒指導室の前で車椅子になった経緯を聞きはしたものの、だからといって簡単に問い掛けていいのかどうか訊ねあぐねていた。

 あまりにもわかりやすい傷だからといって安易に触れても良いという理由にはならないからだ。


「気にしないでいいよ依乃里ちゃん」


 言葉を詰まらせたことを私の仕草で察してくれたのだろう、朱々寧はふっと微笑んで続ける。


「私って見ての通りの車椅子だから体育祭に出られる種目がないって話なんだよ。だから体育の授業と一緒で見学になる、って説明ですよね先生?」


 まるで翼でも広げるみたいに両手をふわりと持ち上げて、朱々寧は微笑みながら私からめーこせんせーへと視線を移す。


 車椅子の手すりを撫でながら肩を竦めるその態度までもが、事前に計算し尽くしてわかりきっていた質問に対する返答と思えた。二の句を挟み込む隙を一切与えない淀みない口調だった。






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