10
――私は教室のドアの前で、胸元でぎゅっと手を合わせてほんのわずかな緊張を押し潰す。
小さく咳払いしてから、ゆっくりとドアを開けて足を踏み出す。
「えっと、転入してきました西森依乃里でーす。中学までずっと陸上やってたんで、ここでもやれたら良いなーって思いまーす。よろしくお願いしまーす」
転入初日の朝のホームルームで担任のめーこせんせーに促され教卓の横で自己紹介をした。
ありきたりな挨拶だなとは思ったけれど、初手から変に奇を衒って盛大にスベってしまっては元も子もない。転入初日から灰色の学校生活確定なんて絶対避けたいに決まってる。
「あー……、陸上か……。うん、まあいい。じゃあ西森はあそこの名波の前の席な」
私自身、転入が初めてのことだった。
なので、ありきたりとは考えつつも、そもそもどんなテンションで自己紹介するのが普通かなんて知るはずがない。
けれど緊張していることを悟られるのは格好悪い気がして熟れた感を出しつつ語尾を伸ばしてみた。結果クラスメイトの誰も気にしてる風もなく、隣で私の自己紹介を聞いていためーこせんせーだけが、ほんのわずかに口調をくぐもらせながら列の後方を指差した。
どうかしたのかと首を傾げながら指し示された空席へと向かうと、名波と紹介されたすぐ後ろの席の子と視線がぶつかった。
首を竦めるみたいに会釈をした私ににっこりと微笑みを返してくれた名波さんは、黒目がちなぱっちりと大きな目をしていて無垢な子猫を連想させた。
おそらく癖っ毛なのだろう、頑張って直そうとした形跡を残すショートカットの毛先を外に内にぴょこっと跳ねさせていた。
そして、そんな可愛らしい童顔や癖っ毛なんかよりも彼女の姿はなにしろ目を引いた。
名波さんは車椅子に座っていた。
「えっと、よろしく……」
「うん。よろしくね」
車椅子ということは下半身が不自由なのだろうことは訊ねるまでもなく一目瞭然だった。
けどそれくらいしかわからなかったし、どうして車椅子なのかと問い掛けるのも憚られた。
きっと安易に聞かれて気持ちの良いことじゃないだろうし、初めての挨拶に次いで投げかける質問では絶対にない。
二人揃ってへらっと愛想笑いを浮かべているとチャイムが鳴ってホームルームが終わった。
「ねねねっ、西森さん、西森さんっ。転入の理由って聞いてもいいー?」
「え、転入の理由……?」
「あー、待って、当てるからっ。ズバリ、前の学校で手の付けられないスーパー問題児だったせいで追い出されちゃった的なー?」
ホームルームが終わるやいなや駆け寄る勢いで私の前の席を我が物顔で陣取り、真実はいつもひとつ! とでも言わんばかりの勢いで見るからにギャルっぽい子がビシッと指差してきた。
セミロングのとにかく明るい茶髪はもはや金色に近く、うっすらと光沢のあるネイルでさらさらの髪を耳にかける仕草は艶っぽく見えた。
そのうえ露わになった耳は大小様々なピアスまみれで、ギャルっぽいという印象が間違っていないことを裏付けてきた。
いや、ギャルっぽいではなく疑いようもなくギャルそのものだった。
「え、っと、問題児ではないけど、どういうこと……?」
すでに十年来の友達関係が成立しているかのような距離の詰め方で顔を近付けられてたじろいでしまう。ボディミストなのだろう、シャボンの香りがふわりと私の鼻先をくすぐった。
「転校生が来るって昨日から噂になってたんだけどね、変な時期だからきっとすごい問題児じゃないかって予想してたんだよー。あ、ウチは和久井茉椰。よろしくねー」
なにかを揉むみたいに爪を立てた両手をわきわき動かして、和久井さんはふにゃっと屈託のない笑みを零す。
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