第二話
その夜、私はまた——あの夢を見た。
何度か見たことのある、不思議で、どこか懐かしい夢。
夢の中の私は、知らない人を「お母さん」と呼び、見知らぬ人たちを「お父さん」や「お姉ちゃん」と呼んでいる。
誰なのかもわからないのに、胸の奥から——大好きだと感じていた。
ただの、穏やかで平凡な家族の日常。
でも——今回は、違っていた。
夢の中の「私」は、「お母さん」から魔法を教わっていたのだ。
◈◈◈
『いい? 魔法ってね、簡単に人を傷つけられるの。だから、大きくなるまでは……お母さんの前でしか使っちゃだめよ』
お母さんは、やさしく、けれど少しだけ厳しく言い聞かせる。
『大きくなるって、いつ?』
幼い私が首をかしげると——
『魔法をきちんと制御できて、世界のことをもっと知れたら……そのときが、きっと「大きくなった」ってことかな』
そう言って、お母さんは微笑んだ。
太陽みたいに温かいのに、なぜか少し遠く感じる笑顔だった。
『分かった!』
私は無邪気にうなずく。
『約束ね』
指と指を絡める。指切り。
——その瞬間、なぜか胸がきゅっと締めつけられた。
◈◈◈
「朝ごはんできたよー」
現実のお母さんの声で、私は目を覚ました。
やっぱり、あの夢はどこか懐かしい。
行ったこともない場所、会ったこともない人たちのはずなのに。
魔法なんて、私には使えない。
魔力がある人しか使えないはずだ。
それでも——なぜか、懐かしくて、そして、少しだけ悲しかった。
「はーい、今行くー」
深く考えるのはやめて、布団から抜け出す。
◈◈◈
次の月曜日。
教室の中に私は元気よく入った。今はまだ早いので、人は少ない。
「由美ちゃん、おはよう!」
私は、高橋由美に声を掛けた。
由美ちゃんは、黒髪でショートカットが特徴の女の子だ。
「おはよー、りあちゃん!このあいだのニュース、見た!? めっちゃすごかったよねー!」
由美ちゃんが、くるっとふり向いて言った。 ちなみに、「りあちゃん」っていうのは、わたし。
「うんうん! やっぱり、みーんなその話してるよね!」
「だってさー、魔法だよ!? 本物の魔法! しかも、ちょーかっこいい人だったし!」
由美ちゃんは、手をぶんぶんふりながら大はしゃぎ。
「えー、かっこいいのは関係ないでしょ〜。……でも、ほんとにすごかったよね!」
わたしはちょっと笑いながら、つっこんだ。
「あ、先生が来た。バイバイ!」
由美ちゃんはそう言うと自分の席に戻ってしまった。
周りを見ると、みんな、この間のニュースの話で持ち切りだ。
皆が浮き足立っているのを感じとったのか、先生は、
「魔法が実在するのがすごいのは分かった。けど、学校の授業はきちんと聞けよー!出席確認するから、席に就けー!」
と呼びかけた。
先生も大変だな。
◈◈◈
放課後。
「りあちゃん、一緒に帰ろー!」
「うん!」
帰り道、自然とまた魔法の話になる。
「あの、魔法の世界の動画、見た!? すっごかったよね!」
「見た!ほんと、魔法ってすごいよねー!」
「私も、魔法使えたらな…。」
「だよね。でも、私、平凡だから」
「どの口が言う?頭いいし、顔もいい。性格も!非の打ち所がない。りあちゃんって、神に愛されてるねえ。」
「そんなことないよ。」
そんなことを話しながら、いつもの道を歩いていた——はずだった。
ふと、足が止まる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
由美ちゃんが首をかしげる。
「ねえ……こんな場所、あった……?」
目の前には、見覚えのない空き地。
ありえない。ここは、何度も通ってる道なのに。
「……ないよ……」
由美ちゃんの声が、少し震えていた。
——静かすぎる。
風の音も、人の気配も、なにもない。
「……ねえ、あれ……」
由美ちゃんが震える指で示した先。
そこに、いた。
真っ黒な、人の形をした“何か”。
顔のあるはずの場所は、ただの闇だった。
「……なに、あれ……」
声がうまく出ない。
逃げなきゃ。そう思うのに、足が動かない。
体が、凍りついたみたいに固まっている。
それは、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
音もなく、影のように。
——そして。
一瞬で距離が詰まった。
「「いやあああっ!!」」
叫び声は、どこにも届かない。
もう、すぐそこにいる。
終わりだと思った。
ぎゅっと目を閉じる。
——でも。
何も、起こらなかった。




