第38話 レナルドは、過去を語る 2
レナルド視点です。
婚約から1年が経ち、私より1年遅れてシュゼットがリヴィエール王立学園に入学した。
私は2年生ながら生徒会副会長に就任したため、学業と生徒会活動の両立で多忙になったが、どんなに忙しくてもシュゼットとの月に1度の茶会の時間だけは確保した。
シュゼットが学園に入学して数ヶ月後。
学園内で妙な噂が流れるようになった。
「1年生の生徒会役員であるリリアーヌ・バリエ男爵令嬢が生徒会長を籠絡している」というものだ。シャルルはバリエ嬢に想いを寄せているのであながち間違いでもない。空席のシャルルの婚約者の座を狙う者が流したのだろう。
そのうちバリエ嬢が女生徒から嫌がらせを受けるようになった。
彼女を守るためにシャルルはバリエ嬢の側にいることが増えた。必然的にシャルルと共にいる私もバリエ嬢と過ごす時間が増える。
すると今度は「バリエ嬢が生徒会長のみならず副会長も籠絡している」「婚約者であるシュザンヌ様が蔑ろにされている」と囁やかれるようになった。
私がバリエ嬢に籠絡されるなどと愚かしい噂だ。それに、私がシュゼットを蔑ろにするなどあるはずもない。
シャルルとバリエ嬢との婚約がまとまれば自然と収まるだろう。
とは言え、シュゼットに誤解されたくはない。
月に1度の茶会の際に根も葉もないただの噂だと伝えた。
シュゼットは淡々とした口調で「そうですか」とだけ口にした。
あまりにも愚かしくて呆れているのかもしれない。
♢♢♢
それから更に1年が経ち、私とシャルルは学園を卒業することになった。
シャルルは卒業後にバリエ嬢との婚約を発表するという。
これでようやくあの愚かな噂も消えるだろうと思っていた矢先に、卒業パーティーで事故は起こった。
シュゼットがバリエ嬢の背後からカトラリーのナイフを振りかぶったのだ。
シャルルとバリエ嬢はシュゼットに背を向けており、彼女に気がついていない。
私は咄嗟にバリエ嬢を突き飛ばして庇った。
まだ公にはなっていないが、バリエ嬢はシャルルの婚約者だ。彼女に危害を加えればシュゼットは反逆罪に問われる。
なにより、愛するバリエ嬢が害されればシャルルは容赦しないだろう。
しかし、相手が私ならば話は別だ。所詮学園内の出来事だ。いくらでも揉み消せる。
咄嗟にそこまで考えてのことだった。
けれども、私の誤算は上手く避けられず、ナイフが思いがけず深く胸に刺さったことだった。
倒れる寸前に見たシュゼットの顔は驚愕に染まっていた。
「大丈夫だ」と伝えたいのに、まるで底なし沼に引き摺り込まれるように意識が遠のいて言葉にならなかった。
♢♢♢
私が意識を取り戻した1週間後には全てが終わっていた。
シュゼットは地下牢で病を得て獄中で亡くなったという。
シュゼットが亡くなった。
当初、私はその現実を受け入れられなかった。
シュゼットがこの世からいなくなるなど考えられない。
私は絶対安静だと言う医者の反対を押し切り、先触れもなくコルネイユ侯爵家へ向かった。
シュゼットに面会を求めたが、コルネイユ侯爵は憔悴し切った顔で私に謝罪を述べ、「亡くなった娘はコルネイユ侯爵家の墓地へ埋葬した」と言って静かに涙を流した。
コルネイユ侯爵邸をあとにした私はその足で王都の外れにある王立霊園へと向かった。
霊園は場所柄人気はなく、枯れ葉が風に舞う音だけがかさかさとやけにうるさく耳に響いた。
こんなもの悲しい場所にシュゼットがいるはずがない。
それを確かめたくて私は伝えられたコルネイユ侯爵家の墓地を目指してひたすら足を進めた。
果たしてたどり着いたコルネイユ侯爵家の墓地には、無情にもシュゼットの名前が刻まれた粗末な墓標があった。
私は墓標の前に呆然と立ち尽くした。
いつの間にか目からは滂沱の涙が溢れてた。
シュゼットは亡くなった。
ようやくその現実を受け入れた私は、その場に崩れ落ちた。
そして、そのまま日が暮れるまで涙を流し続けた。
日が暮れ始めた頃、いつまで経っても馬車に戻らない私を心配して探しに来た従者に引き摺られるようにして墓地をあとにした。
♢♢♢
翌日から私は事故の真相究明に奔走した。
なにかしていなければ、彼女がいない現実に押しつぶされそうだった。
容疑者死亡により裁判は行われなかった。
そのため、シュゼットがなぜ急にバリエ嬢に危害を加えようとしたのかわからないままだった。
方々手を尽くして調べて行くうちに、今まで知らなかった事実がいくつも明らかになった。
あの愚かな噂によりシュゼットが「婚約者に蔑ろにされている」と嘲笑される反面、バリエ嬢への不満の旗印にされていたこと。
それによりシュゼットが精神的に追い詰められていたこと。
噂が長期間流れたのは、意図的に流した者がいたこと。
シュゼットが好んで飲んでいた茶葉から違法な薬物が検出されたこと。
噂を流したのも、茶葉を贈ったのもシュゼットの友人であるアニエス・オベール子爵令嬢であったこと。
私はこの事実を公表したが、シュゼットの名誉を完全に回復するには至らなかった。
自分の無力さが口惜しかった。
口惜しいのはそれだけではない。
同じ学園に通っていたにもかかわらず、月に1度の茶会でしかシュゼットに会わなかった私は、彼女が追い詰められていることに気がつけなかった。
彼女の味方でいなければならない婚約者であったにもかかわらず、彼女のためになにもできなかった。
なにが婚約者だ。
彼女はどれほど私に失望しただろう。
せめて今からでも彼女の墓前に詫びよう。
彼女の好きな花を手向けて、誠心誠意詫びよう。
そう考えたところで、初めて彼女に贈る花が墓前に供えるものであること、そして彼女の好きな花すら知らないことに思い至った。
3年も婚約していたのに、なんて様だ。
もし彼女が婚約したのが私でなければ、きっとあんな事故など起こすことなく、今も生きていたに違いない。
彼女が亡くなったのは、愚かな私のせいだ。




