第37話 レナルドは、過去を語る
レナルド視点です。
私がシュゼットに初めて会ったのは、私が10歳の頃、王宮で開かれた茶会の場だった。
茶会にはシャルルの学友と婚約者の候補を選ぶために、伯爵家以上の家格の家から、年の近い子息子女が集められていた。
皆がシャルルと親しくなろうと彼の周りに群がるのに対して、その輪に加わらない少女がいることに気がついた。
少女は庭園の花を眺めたり、供された茶菓子をおいしそうに頬張っていた。
茶会に飽き飽きしていた私が、なんの気なしにその少女を目で追っていると、視線に気づいた少女と目が合った。
少女は慌てて目を逸らした私に歩み寄り、私の目をじっと見つめて微笑みかけた。
「ごきげんよう」
「ああ…」
少女のまっすぐな瞳に耐えかねて、私は口を開いた。
「君は、シャルルと親しくなりたいと思わないのか?」
「お父様は『楽しんできなさい』とおっしゃったから楽しんでいるだけよ?」
「この茶会が楽しいのか?」
大人達の思惑が見え隠れする茶会が楽しいと思えなかった私は少女の言葉に驚いた。
「ええ、とっても。あなたは楽しくはないの? それなら、楽しみ方を教えてあげるわ!」
少女は私の手を引くと、誰も見向きもしない茶菓子の前に連れて行った。
「このクッキーはばらのかたちでとてもかわいいでしょ。味もおいしかったわ! こっちのチョコレートは中にキャラメルが入っていたの! それでね、あっちのケーキには」
少女は説明しながら、次々と取り皿に菓子を取っていく。そうして菓子でいっぱいになった皿を笑顔で私に差し出して来た。
「はい、これ! どれもおいしかったわよ」
私は思わず皿を受け取ってしまった。
期待に満ちた目に屈した私はチョコレートを1つ口に運ぶ。
「本当だ……、キャラメルが入ってる」
「ね! めずらしいでしょ! わたし、はじめて食べたの!」
少女のきらきらと輝くオレンジ色の瞳と、まぶしい笑顔がなぜかやけに強く私の印象に残った。
この茶会ではそれ以上の会話はなかったが、のちに私はこの少女の名前を聞かなかったことをもの凄く後悔することになった。
その後、なぜかこの時の少女の笑顔が度々脳裏に浮かぶようになった。それはあまりにも頻繁だったので、私はその理由を考えざるを得なかった。
そして、シャルルのスペア扱いされることに辟易していた当時の私にとって、シャルルのために開かれた茶会で、少女が彼ではなく私に目を向けてくれたことが嬉しかったからだと気がついた。
そのことに気がつくとまた会いたいという思いが湧き上がったが、名前すらわからないので探しようがない。
手がかりは夕焼けのようにうつくしいオレンジ色の瞳と、伯爵家以上の家格ということだけ。
社交界デビューもしていない私には探す術がなく、あの時に名前を聞かなかった自分の愚かさに腹が立った。
♢♢♢
あの茶会から6年が経った。
この頃には流石に自分の立場を受け入れられるようになっており、シャルルのスペアであることも気にならなくなっていた。それに伴いあの少女を思い出すことも少なくなっていた。
16歳の誕生日を迎えた翌日、父から婚約者について話があった。
父の選んだ候補者から決めても良いし、候補者の中に気に入る令嬢がいなければ学園に入学してから自分で探しても良いと言われた。
父から手渡された釣書の数は10冊。
釣書とはどんなものかと試しに1番上のものをなんとなく手に取り、中身を見て私は驚いた。
6年前のあの茶会で出会った少女だった。
この夕焼けのようにうつくしいオレンジ色の瞳を見間違うはずがない。
シュザンヌ・コルネイユ侯爵令嬢。
それが6年越しに判明したあの少女の名前だった。
私は残りの釣書を見ることなく、すぐさま父に彼女と婚約したいと希望した。
父は私の即断に驚いていたけれど、どうやら1番上に置かれていただけあって、父の1番のお勧めだったらしく、あっさり許可を得られた。
先方に婚約を申し入れると、こちらもあっさり快諾された。
そして、時期が私の学園入学と重複するため、学園生活に慣れた初夏頃に初顔合わせを行うことになった。
ここまでなにもかも順調に話が進んで行った。
こんな奇跡が我が身に起こるとは。
特別信心深くはないが、この時ばかりはこの幸運を神に感謝した。
♢♢♢
初夏。
シュゼットとの初めての顔合わせで、彼女は「初めまして」と挨拶した。
6年も前に1度会ったきりの名前すら名乗っていない無礼な子供のことなど覚えていなくて当然だ。
少し淋しく思えたが、名前などこれから覚えてもらえば良い。婚約者になれたのだから、これからいくらでも機会がある。
婚約後、シュゼットとは親睦を深めるために月に1度会うことになった。
目の前にあれほど会いたいと願った少女がいる。
会う度にその奇跡に感謝したが、会えただけで胸がいっぱいになってしまい、口下手な私はそれを伝える術を持たなかった。
これから生涯を共にするのだから、時間はたくさんある。
両親も政略結婚だが、上手くいっている。今はぎこちなくても結婚すればそのうち上手く行くのだろう。
愚かな私はそう考えていた。
私は自分の意志で彼女を選んだが、彼女にとっては家から用意された政略結婚だ。
そのことを念頭に置いて、彼女に心を向けてもらえるように努めなければならなかったのだ。
愚かな私がそのことに気がついたのは、全てが手遅れになってからだった。




