第35話 シュゼットは、悩む
わたしの意識が戻ったのは、救出された翌日の朝だった。
畏れ多くも王太子殿下が派遣してくださった王宮の侍医の診察の結果、命に別状はないけれど、左腕の怪我はしばらくの間、絶対安静とのことだった。
それを聞いたお母様は安堵からか号泣されて、お父様は侯爵としては王太子殿下の婚約者であり未来の王妃であるリリアーヌを庇った名誉の負傷だと誉めてくださったけれど、父親としては複雑だとおっしゃった。
両親の顔には深い憔悴が浮かんでおり、わたしは心ならずも心配をかけてしまったことをお詫びした。そして、彼らに非はないのだから、エメとジャンを咎めないようにともお願いした。
お父様は渋々ながら頷いてくださり、「今はゆっくり休みなさい」と言い残して、お母様と共にわたしの部屋をあとにされた。
わたしは1人になりたくて、エメにも下がってもらった。
医師に絶対安静と厳命されているので、ベッドからは出られない。
わたしはベッド横のサイドテーブルに置かれていたお見舞いの品に目を向けた。
花瓶にはレナルド様からいただいたというオレンジと黄色の薔薇が活けられていた。
窓辺に目を向けると、そこにも花が活けられている。そちらは王太子殿下とリリアーヌから贈られたのものとのことだった。
サイドテーブルに視線を戻して、レナルド様がくださったお手紙を手に取ろう手を伸ばそうとしたら、動いた拍子にずきんと左腕が鋭く痛んで息を飲む。呼吸を整えてなるべく左腕を動かさないように注意しながら、手紙の封を開けた。
レナルド様からの手紙には丁寧なお見舞いの言葉と共に、あの日のこととその後の報告が書かれていた。
レナルド様の手紙によると、わたしが拐われたあと、ジャンはナイフを持った男を制圧すると、すぐさま騎士団に通報し、コルネイユ侯爵家と共にベルクール公爵家のレナルド様にも知らせてくれた。レナルド様は騎士団に合流してわたしが捕らわれていた王都の外れの廃屋に駆けつけてくださったとのことだった。
救出された時にレナルド様の声が聞こえた気がしたのは気のせいではなかったのだ。
騎士団に捕えられたアニエスと共犯の男はこれから尋問が行われるとのことで、今後進展があればその都度教えてくださるとのことだった。
少しでも動くと左腕が痛むので、「返信には及ばない」というお言葉に甘えてお返事を書くのはご無礼することにした。
♢♢♢
目が覚めてから1週間が経った。
絶対安静と医師に厳命されているので、1日1度診察を受ける時もわたしはずっとベッドの上で過ごしていた。
動くと左腕の傷が痛むし、毎日届くレナルド様からのお手紙を読むくらいしかすることがないので、わたしはベッドの上でただひたすらじっとしていた。じっとしていると色々な思いが去来する。
わたしがお返事を書けないでいるにもかかわらず、レナルド様は毎日お手紙と花束を贈ってくださった。
レナルド様が贈ってくださるのはいつもわたしの好きなオレンジと黄色の花だ。以前、明るい色の花は心を明るくしてくれるとお話ししたことを覚えてくださっているのかもしれない。
その優しさに心があたたまるとともに、申し訳なくもなった。
わたしはレナルド様にそれほど気遣っていただけるような人間ではないのに。
自分がナイフで刺されたことでその痛みを初めて知り、今更ながら時を遡る前のレナルド様にしてしまったことの重大さを思い知った。
ナイフってこんなにも痛いのね。
怪我をしてからもう1週間も経つのに、まだ動く度に鋭く痛む。
医師によれば、日常生活に支障はないけれど、傷跡は残るとのことだった。
それを聞いたお母様は泣き崩れてしまったけれど、わたしは自分の自業自得だと冷静に受け入れられた。カトラリーとは言え、かつてナイフで人を刺してしまったのだから、わたしも人から刺されても仕方がない。時を遡る前の因果が、今自分に巡ってきたのだ。
左腕の怪我が痛む度に、レナルド様への罪悪感で胸が痛んだ。
怪我の痛みがほんの少しずつ和らいで行くのに反比例して、胸の痛みは日ごとに増してゆく。
それに伴い、わたしは自分がレナルド様に相応しくないのではないかという思いを抱くようになっていった。
純潔を求められる貴族令嬢にとって、誘拐されたというのは大変な醜聞だ。なにもなかったとはいえ、それを証明する手段がない。社交界に知られればその名誉に傷がつく。
それに、日常生活に支障がないとはいえ、一生消えない傷を負ってしまった。
そんなわたしが貴族の頂点にあるベルクール公爵家に相応しいとは到底思えない。
なにより自分の犯した過去の凶行が申し訳がなくて、レナルド様に合わせる顔がなかった。
レナルド様との婚約は解消した方が良いのかもしれない。
そうなると結婚はもう難しいだろうから、領地に戻って修道院へ入ろうかしら。
その考えに行き着くまでにそんなに時間はかからなかった。
わたしはベッドの上で安静にしながら、昼夜そのことばかりを考え続けていた。




