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第23話 シュゼットは、焦る

 リリアーヌと王太子殿下がカフェテリアで一緒に昼食を食べるようになって1ヵ月近く経った。


 リリアーヌを非難する声は相変わらず聞こえてくるけれど、あれ以降、彼女が女生徒達に囲まれているところに遭遇することはなかった。


 わたしは今も変わらず毎朝レナルド様と一緒に登校して、毎日一緒にカフェテリアで昼食を食べている。


 そして、レナルド様は毎日わたしが贈ったオレンジサファイアのカフスボタンを身に着けてくださっていた。


 わたしはレナルド様がリリアーヌに想いを寄せるのが少しでも遅くなってくれたら良いのにと心の片隅では願っていた。


 レナルド様がリリアーヌに想いを寄せるまでは、わたしはまだ彼の婚約者のままでいられるからだ。


 けれどもその一方で、早くレナルド様とリリアーヌの仲を取り持たなければ、王太子殿下に先を越されてしまうのではないかという焦りもあった。


 レナルド様に贖罪したい。

 少しでも長く婚約者のままでいたい。


 そんな相反する思いにわたしが板挟みになっているうちに、また新たな変化が起こった。


 リリアーヌが王太子殿下から贈られたと思しき髪飾りを毎日学園に着けてくるようになったのだ。


 それは青い宝石がついた黄色いリボンの髪飾りだった。


 王太子殿下は明るい金髪に青い瞳だ。

 リリアーヌが毎日王太子殿下と一緒に昼食を食べていることを加味すれば、どなたから贈られたものなのか一目瞭然だった。


 それを見てわたしは焦りを覚えた。


 まずいわ。このままではリリアーヌがさらに王太子殿下と親しくなってしまう。


 けれども、肝心のレナルド様がリリアーヌに想いを寄せていない以上、わたしにできることはまだなにもない。


 なにもできずに見ていることしかできない現状がますますわたしの焦りを募らせる。


 その一方で、もしもこのままレナルド様がリリアーヌに想いを寄せることがなければ、わたしはずっと彼の婚約者のままでいられるという微かな期待もあった。


 けれどもそうなった場合、どうやってレナルド様に贖罪をしたら良いのかしら?


 リリアーヌとの仲を取り持つ以外に、彼への贖罪方法が思いつかない。


 いっそレナルド様本人に直接希望を聞くことができれば良いのだけれど、時を遡る前のわたしの凶行を知らない今の彼にいきなり「贖罪したい」と言っても理解されないだろう。


 わたしが時を遡ったことを打ち明けたとしても、そんな荒唐無稽な話など到底信じてもらえはしないだろう。わたしですら今だに信じられないのだから。


 結局、今のわたしにできることは引き続きレナルド様にとって良い婚約者でいることと、少しでも早く彼の気持ちの変化に気がつくことしかなかった。


 命懸けで庇うほど強い想いを抱いた相手のことですもの、レナルド様はいずれ必ずリリアーヌを好きになるはずだわ。


 問題はその時期ね。

 リリアーヌが王太子殿下と婚約する前ならば、まだなんとか間に合うのかもしれない。


 もう1度、レナルド様にリリアーヌのことをどう思っているか尋ねてみようかしら?



 ♢♢♢



 週末。


 わたしはコルネイユ侯爵邸の薔薇園のガゼボでレナルド様と恒例のお茶会をしていた。


 薔薇園の薔薇は満開の盛りを過ぎたけれど、遅咲きのものがまだいくらか咲いており、ほのかに薔薇の芳しい香りがしている。


 レナルド様とは毎朝一緒に学園に通って、毎日一緒に昼食を食べているにもかかわらず、週末恒例のお茶会も続けているので、ほぼ毎日会っていることになる。


 とても不思議な感じがするわ。時を遡る前は月に1度しか会っていなかったのに。


 レナルド様と過ごす穏やかな時間はとても心地が良くて、このままずっと彼と一緒にいられたら良いのにと、つい思ってしまう。


 そんな思いから、リリアーヌのことをなかなか切り出せないでいたわたしに、レナルド様が問いかけた。


「シュゼットは今年の夏は領地に帰るのか?」


 リヴィエール王立学園は7月と8月が夏期休暇だ。2ヵ月もあるので、領地に帰る生徒も多い。

 ミレーヌも領地に帰ると言っていた。


 わたしの場合は、コルネイユ侯爵領が王都から馬車で片道1週間もかかるので、夏期休暇でもなければなかなか領地には帰れない。

 けれども、今年の夏も領地に帰るつもりはなかった。


「いいえ、王都に残る予定ですわ。最近、慈善活動があまりできておりませんから、そちらに力を入れる予定でおりますの」


 学園入学後、平日の5日間は学園に通い、残りの休日2日のうち1日はレナルド様とのお茶会があるので、慈善活動は月に2度程度しかできていなかった。


 学園が夏期休暇になったら慈善活動の回数を増やしたいし、寄付金に上乗せするために売る用の刺繍作品もたくさん作りたい。


「そうか。相変わらずシュゼットは素晴らしいな」

「そんなことはありませんわ。慈善活動は学ぶべきことがとても多いので、わたしのためでもありますもの」

「王都に残るのなら、今年もうちの別荘に来ないか?」

「えっ」

「約束しただろう? 必ず誘うと」


 昨年の夏、ベルクール公爵領の別荘でレナルド様と一緒に星空を鑑賞した時に、わたしは彼に尋ねた。「来年の今頃、レナルド様のお気持ちがお変わりなければまた誘ってくださいますか?」と。

 それに対してレナルド様は「必ず」と応えてくださった。


 そのやりとりを覚えていて、本当に誘ってくださるなんて。


 わたしはじわりと胸があたたかくなった。


 あの時は、来年の今頃はレナルド様が既にリリアーヌと出会っているから、その約束は叶わないかもしれないと思っていた。


「あの、わたしで本当によろしいのですか? どなか他にお誘いしたい方がいらっしゃるのでは?」

「君以外に誰を誘うと言うんだ」


 きっぱりと言い切ったレナルド様の中には、リリアーヌを誘うという選択肢はないようだった。


 良かった。レナルド様はまだリリアーヌに想いを寄せてはいないわ。


 いえ、彼にとってはリリアーヌが先に王太子殿下と親しくなってしまうので良くはないのかしら?


 時を遡る前、いつからレナルド様がリリアーヌに想いを寄せるようになったのか、正確な時期はわからない。


 けれど、収穫祭の時期には確実に王太子殿下と合わせて3人で一緒にいるようになっていた。


 だからきっと、収穫祭の頃にはレナルド様はリリアーヌに想いを寄せるようになっているだろう。


 収穫祭まであと5ヵ月弱。

 その時が来たら円満に婚約を解消できるように、今から心の準備をしておかなくては。


 レナルド様と一緒にいられるのは残りわずかですもの。

 リリアーヌのことを気にして焦っていてはもったいないわ。

 レナルド様のお気持ちの変化なんて、わたしではどうすることもできないのですもの。


 だからあとほんの少しだけは、残り少ないレナルド様と一緒にいられる時間を楽しみましょう。


 そう思いながら口にしたグレープフルーツのタルトは、ほろ苦い味がした。

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