第22話 シュゼットは、リリアーヌを助ける
リリアーヌと王太子殿下が一緒にカフェテリアにあらわれた日以降、2人は毎日一緒に昼食を食べるようになった。
リリアーヌと王太子殿下は、わたしとレナルド様が一緒に昼食を食べる壁側の個室のような場所の隣の区画で一緒に食事をしていた。
隣から聞こえてくる和気藹々とした会話に、わたしははしたないと思いつつも、つい耳をそばだててしまうけれど、レナルド様は全く興味がないようだった。
わたしが贈ったオレンジサファイアのカフスボタンも、相変わらず毎日身に着けてくださっている。
リリアーヌと王太子殿下が一緒に昼食を食べるようになったことは、すぐに学園中に広まった。
それからいくらも経たないうちに、リリアーヌを非難する声がちらほら聞こえてくるようになった。
王太子殿下はまだ婚約者がいらっしゃらないので、その座を狙う女性陣がリリアーヌのことを快く思わないのだろう。
時を遡る前は、リリアーヌは王太子殿下とレナルド様の3人で一緒にいたため、レナルド様の婚約者のわたしが次第に不満の旗印にされるようになっていった。
けれども今は、レナルド様が毎朝わたしを教室まで送ってくださったり、毎日一緒に昼食を食べていることが知れ渡っているので、その不満の声にわたしが絡まれることはなかった。
時を遡る前は不満の旗印にされるようになって、次第にその声に飲まれて衝動的に凶行に走り、身を滅ぼしてしまったので、なるべくなら関わりたくはない。
そう思っていたのだけれど、思いがけずわたしはリリアーヌが数人の女生徒達に囲まれているところに遭遇してしまった。
それはお昼休みにカフェテリアから教室へ戻ろうと、中庭に面した渡り廊下を歩いている時だった。
中庭の方から誰かを非難する声が聞こえて来たのだ。
「あなた、図々しいわよ! まさか王太子殿下と釣り合うと本気で思っていらっしゃるの!?」
「王太子殿下に付きまとうなんて不敬よ!」
「身分を弁えなさいな!」
「わたしは、そんな……っ」
その中の「王太子殿下」という言葉が気になったわたしは、声のした方に足を向ける。
案の定、中庭の隅の目立たないところで、リリアーヌが数人の女生徒達に囲まれていた。
できることなら関わりたくはない。
けれども見てしまった以上、見て見ぬ振りもできない。
見たところリリアーヌを取り囲む女生徒達の中にわたしよりも身分の高い方はいなかった。
意を決したわたしは、偶然を装ってリリアーヌに声をかけた。
「まあ、バリエさん! こんなところにいらっしゃったの? 次は移動教室ではなくて?」
「……っ! コルネイユ様!?」
わたしの登場に、リリアーヌを取り囲んでいた女生徒達は怯んだようだった。
「そろそろお昼休みが終わりますし、皆様も早く教室に戻られた方がよろしいのではなくて?」
「……ええ、そういたしますわ」
女生徒達は不満げながらも、そこは身に染みついた貴族の性なのか、彼女達よりも身分の高いわたしに言い返すことはなく、連れ立って去って行った。
「コルネイユ様っ! あのっ、ありがとうございます……!」
「わたしは声をかけただけでなにもしていないわ。……お先に行っていますわね」
時を遡る前の罪悪感から、なんとなくリリアーヌに苦手意識のあったわたしは、そう言うと足早にその場を立ち去った。
♢♢♢
「……と、いうことがありましたのよ?」
思いがけずリリアーヌを助けた翌日。
わたしはベルクール公爵邸の庭のガゼボでレナルド様とお茶をしていた。
ガゼボの横にあるリラの木は満開の花盛りで、あたりはリラの爽やかな甘い香りに満ちている。
ガゼボのテーブルの上には、ウィークエンドシトロンをはじめとした、わたしの好きな柑橘類を用いたスイーツやドリンクの数々が並べられていた。
「シャルルと一緒にいるならば、当然想定されることだな。厳しいようだがそれくらい自力で対処できなければ、王太子の相手など務まらない」
レナルド様は淡々と言うと、緩慢な動作で優雅に紅茶を口に運ぶ。
そこにリリアーヌに対する特別な想いは見受けられなかった。
レナルド様はリリアーヌのことが心配ではないのかしら?
疑問に思いながら、わたしはウィークエンドシトロンをひと口食べた。
レモンの風味と甘酸っぱい味が口の中に広がる。
やっぱりレナルド様のお家のウィークエンドシトロンは最高だわ。
思わず顔が綻んだ私をレナルド様は微笑ましそうに見つめたあと、おもむろに口を開いた。
「それよりも、シュゼット。君のその優しさは素晴らしいが、あまり危ないことはしないように。今回はなにもなかったが、中には身分を弁えない愚か者もいる。君の身になにかあったらと思うと胸が痛む」
「わたしのことを心配してくださいますの?」
「当然だ」
「まあ……っ」
リリアーヌではなく、わたしの心配をしてくださるなんて。
くすぐったいような、甘酸っぱいような思いが胸のうちに広がっていく。
どうやらレナルド様はまだリリアーヌに想いを寄せてはいないようね。
ちらりとレナルド様の袖口を見ると、彼は今日もわたしの贈ったオレンジサファイアのカフスボタンを身に着けてくださっていた。
それを見て安堵したわたしは、ウィークエンドシトロンの続きを口に運び、甘酸っぱい味を思いっきり堪能した。
そんなわたしを見て、レナルド様は愛おしそうに目を細めていた。




