第21話 シュゼットは、困惑する
それはいつものようにお昼休みにレナルド様とカフェテリアの壁側の個室のような席で昼食を食べていた時のことだった。
突然、カフェテリア内にざわりとしたどよめきが起こった。
どうしたのかしら?
気になったわたしがカフェテリア内に視線を巡らすと、なんと王太子殿下とリリアーヌが連れ立ってカフェテリアの入口から入ってきたところだった。
わたしは思わずレナルド様を見た。
「シャルルは最近、バリエ嬢のことが気になるらしい」
わたしの視線を受けたレナルド様はなんでもないことのように淡々とそう言うと、きれいな所作で舌平目のムニエルを口に運ぶ。
「レナルド様、よろしいのですか?」
「なにが?」
「『なにが』って、バリエさんが王太子殿下と仲睦まじくされていらっしゃいますのよ? レナルド様もご一緒なさらなくてよろしいのですか?」
気が気ではないわたしに対して、レナルド様は全く気にした様子ではなかった。
「なぜ私が? 相手が男爵令嬢では多少苦労はするだろうが、シャルルなら上手くやるだろう」
「…………」
おかしいわ。思っていたのと反応が違うわ。
普通、好きな人が他の異性と2人で仲良くしていたら気になるものではないのかしら?
それとも、レナルド様は感情が表には出にくい方だから、表向きは平然としていらっしゃるようでも、内心では嫉妬していらっしゃるのかしら?
いえ、それにしてはあまりにも関心がなさすぎるわ。
だって、彼はちらりと一瞥しただけで、すぐに食事に戻ってしまった。
「シュゼット、冷めてしまうよ?」
レナルド様に促されて、わたしは食事を再開した。
少し冷めてしまった舌平目のムニエルを口に運ぶけれど、リリアーヌと王太子殿下のことが気になってしまい、あまり味がわからなかった。
そんなわたしを見つめながら、レナルド様はあっさり話題を変えた。
「そんなことよりも、シュゼット。今週末はうちで会わないか? リラの木が満開なんだ。庭で一緒にお茶をしよう。君の好きなウィークエンドシトロンも用意する」
わたしはこんなにも驚いているのに、レナルド様ったら「そんなこと」だなんて……。
レナルド様の態度はリリアーヌと王太子殿下のことなど興味がないと言わんばかりだ。
これは一体どういうことなのかしら???
「……ええ、是非」
困惑しつつも、わたしはレナルド様のお誘いに頷いたのだった。
♢♢♢
帰宅後、わたしはエメに紅茶を用意してもらうと、夕食までの間、しばらく下がってもらった。
1人きりになった部屋でデスクの前に座ると、日記帳の余白ページを開く。
そこには時を遡ったことを知った日のわたしの考えが書きつけてあった。
・レナルド様とリリアーヌの仲を取り持ち、円満に婚約を解消して身を引く。
・それまでの間、レナルド様にとって良い婚約者でいる。
それがわたしのレナルド様への贖罪だった。
てっきりレナルド様はリリアーヌに出会えばすぐに彼女に想いを寄せるようになるのだとばかり思っていたのだけれど、実際は全くそんなそぶりすらなかった。
これは想定外だったわ。どうしたら良いのかしら?
このままでは王太子殿下とリリアーヌの方が先に恋仲になってしまいそうだわ。
そうなったあとからレナルド様がリリアーヌに想いを寄せるようになった場合、仲を取り持つのは非常に難しいだろう。
できることなら今のうちから仲を取り持つように動いた方が良いのだろうけれど、いかんせん肝心のレナルド様がリリアーヌに興味がなさそうなのだ。
レナルド様がリリアーヌに想いを寄せていない現状では、なにもできることがない。
いえ、あくまで「現状は」ですもの。
これから先のことはまだわからないわ。
だって、レナルド様は命懸けでリリアーヌを庇うほど彼女のことを想っていたのですもの。
それだけ強い想いを抱いていた相手のことなら、きっとまた好きになるに違いないわ。
そうなった時がレナルド様への贖罪のチャンスね。
たとえ王太子殿下の方が先にリリアーヌと親しくなっていようとも、わたしは必ずレナルド様とリリアーヌの仲を取り持ってみせるわ。
そのためには、レナルド様がリリアーヌに想いを寄せるようになったらすぐに気がつかなくてはならないわね。
つまり、今すべきことはレナルド様のお気持ちの変化に少しでも早く気がつくことね!
今のようにレナルド様のお側にいて彼のことをよく観察していれば、きっとすぐに気がつけるはずだわ。
考えがまとまってすっきりしたわたしは、ぬるくなった紅茶を飲んでひと息ついた。
レナルド様とリリアーヌの仲を取り持つということは、彼の側にはいられなくなるということで、それを思うとちくりと胸が痛んだ。
けれど、レナルド様に贖罪して未来を変えると誓ったわたしは、努めてそれに気がつかないふりをした。




