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第16話 シュゼットは、ジャムを煮る

 シャルル・リヴィエール王太子殿下。


 明るい金髪に青い瞳の、華やかな顔立ちの美青年だ。

 レナルド様とは同じ年の従兄弟で、今はリヴィエール王立学園の1年生のはずだ。


 時を遡ってからは初めて会うけれど、時を遡る前は学園で度々見かけたことがある。

 王太子殿下は生徒会長だったからだ。


 わたしは慌てて頭を下げると、王太子殿下に挨拶をした。


「お初にお目にかかります、シュザンヌ・コルネイユと申します。こちらは西教会のフロラン・ベルニエ神父、わたくしの侍女のエメ、護衛のジャンでございます」

「あ、やっぱり君が『シュゼット』嬢か! 俺はレナルドの従兄弟のシャルル。よろしくね!」


 王太子殿下は身分を明かさず、代わりに「レナルド様の従兄弟」と名乗った。

 もしかしたら、この場では身分を気にしなくても良いという意味合いもあるのかもしれない。


「それで、シュゼット嬢はどうして神父とこんなところにいるの?」


 王太子殿下はレナルド様と同じ質問をした。


 レナルド様はわたしと王太子殿下の会話のなりゆきを神妙な面持ちで見守っている。


「本日はわたくしが支援しております孤児院の収穫祭のために買い出しにまいりまして、珍しいものを見かけたものですから、食べてみようと購入した次第でございます」

「『珍しいもの』って……それ?」


 王太子殿下はエメの持つアプリコット飴を指差した。


「……まあ、確かに深窓のご令嬢にはもの珍しいか」


 平民の定番のおやつをどうして王太子殿下がご存じなのかしら?

 それ以前に、どうしてこのようなところにいらっしゃるのかしら??


 まるでわたしの考えを読んだかのように、王太子殿下はその答えをあっさり口にした。


「実は俺、よく友人達と王都のあちこちにお忍びで出かけてるんだ。今日もそうなんだけどさ、レナルドが急に走り出したからびっくりして追いかけたら、君がいたってわけ。……まあ、レナルドの勘違いだったみたいだけどね」

「レナルド様の勘違い……ですか?」


 どういう意味かしら?


 わたしの疑問に王太子殿下は意味深に微笑むだけで、答えてはくださらなかった。

 その一方で、レナルド様はいつもの無表情ながらどこか不機嫌なようにも見える。


「……シュゼット、また今週末に。行くぞ、シャルル」

「はいはい。って俺を置いていったのはレナルドなんだけどね? ……またね! シュゼット嬢」

「はい」


 レナルド様と王太子殿下を見送ったわたし達は、西広場の噴水前のベンチでアプリコット飴を食べてから、孤児院へ戻った。



 ♢♢♢



 神父様と買い出しに行った翌日。


 わたしは孤児院の厨房で大きな鍋をゆっくりとかき混ぜていた。


 鍋の中には赤黒い色のブラックベリージャムがぐつぐつと音を立てて煮えており、湯気とともに甘酸っぱい香りが立ち昇る。


 なんだか魔女になったみたいな気分だわ。


 慈善活動は週に1度の頻度で行っていたけれど、今日は昨日収穫したブラックベリーをジャムに加工するとのことで、ジャム作りを見てみたかったわたしは2日連続で孤児院を訪れていた。


 わたしは鍋が焦げつかないように時折かき混ぜながら、昨日の出来事を思い出す。


 まさかレナルド様だけではなく、王太子殿下にも遭遇するなんて。凄い偶然だわ。

 レナルド様はなぜか少し不機嫌そうだったわね。

 王太子殿下はレナルド様が「勘違い」をされていたとおっしゃっていたけれど、そのせいかしら?

 レナルド様は一体どんな「勘違い」をされていたのかしら?


 そんなことを考えていると、わたしの横からシスターが鍋を覗き込む。


「シュゼット様、そろそろ良いですよ。火から下ろして熱いうちに容れ物に移してしまいましょう」

「はい、シスター」


 わたしとシスターは煮沸消毒したガラス瓶に、次々と鍋からジャムを移してふたをしていく。


 中古で買い集めたガラス瓶の大きさは均一ではないため、瓶の大きさによって値段を変えるとのことだ。


 厨房のテーブルの上にずらりと並んだジャムの瓶を眺めていると、達成感でいっぱいだ。


 いつも食べているジャムはこうして作られているのね。

 慈善活動は本当に勉強になるわ。



 ♢♢♢



「それで、昨日はわたしもジャム作りのお手伝いをさせていただきましたの。初めてでしたけど、上手くできましたのよ。ジャムを作ったり、商店街へお買い物に行ったり、慈善活動は本当に勉強になることばかりですわ」


 レナルド様と王太子殿下に平民街で遭遇した週の週末。


 いつものコルネイユ侯爵邸でのお茶会で、わたしはレナルド様にジャムを作った話を報告していた。


 レナルド様はいつものように相槌を打ちながら聞いてくださっていたけれど、ふいに神妙な面持ちでわたしに尋ねた。


「君は、いつもとても熱心に慈善活動をしているが……あの神父のことはどう思っている?」

「ベルニエ神父様のこと……ですか?」


 どうしてそのようなことを尋ねられるのかしら?


 そう疑問に思いつつも、レナルド様の問いに答える。


「そうですね……とても良い方だと思います。子供達にも優しいですし。それに色々なことをご存知でいらっしゃるので、学ぶべきことが多い方ですわ」

「……それだけか?」

「ええ、そうですけど……それがどうかなさいまして?」


 わたしの答えを聞いたレナルド様はどこか安堵したようだった。


「いや、なんでもないよ。それよりもシュゼットは今年の収穫祭は西の方に行くのか?」

「ええ、当日はわたしもジャムの販売のお手伝いさせていただく予定ですの」

「そうか。では私も今年は西の方に行こうかな。ジャムの販売が終わったら、一緒にバザーを見て回らないか?」

「ええ、是非」


 王都は西部よりも東部の方が栄えているため、東広場のバザーの方が大規模だ。


 わたしも毎年収穫祭は東教会と東広場のバザーの方へ行っているので、西広場のバザーは初めてだ。


 ジャムの販売のお手伝いをさせていただくのも初めてだし、レナルド様と一緒に収穫祭を過ごすのも初めてだ。


 初めてのことばかりで、とても楽しみだわ。


 レナルド様への贖罪の1つのために、彼がリリアーヌと恋仲になるまでは彼の良い婚約者でいるつもりでいたはずなのに。


 いつの間にか彼と一緒に過ごすこと自体を楽しみにしている自分がいた。

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