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第14話 シュゼットは、16歳の誕生日を迎える

 昨夜、一緒に星を見たあと、部屋の前まで送ってくださったレナルド様は、なぜか別れ際にわたしの額に口付けをされた。


 一体どうなさったのかしらと驚いたけれど、きっと非日常の場だったから、普段なさらないことをついなさってしまったのね。そこに特別な意味なんてありはしないわ。ええ、きっとそうよ。


 どれだけ考えてもレナルド様の真意がわからなかったわたしは、そう結論づけて考えることを放棄した。


 けれどもなんだか緊張してしまって、翌朝はレナルド様の顔がまともに見られないし、帰りの馬車でもうまく話せなかった。


 ベルクール公爵領の別荘から戻って来てからも、相変わらずレナルド様は3日と空けずコルネイユ侯爵邸を訪れている。


 最初のうちは緊張してしまっていたわたしだけれど、レナルド様がいつも通りの態度なので、いつの間にか普通に接することができるようになっていた。



♢♢♢



 週に2〜3度はレナルド様とのお茶会があり、さらに週に1度は慈善事業も行ない、その合間にひたすら刺繍作品を作る。


 時を遡る前はお茶会などの社交もそれなりにしていたけれど、今は時間がないのでそんな余裕はない。


 慌ただしく過ごしているうちにあっという間に時が過ぎ、8月の最後の日になった。


 今日はわたしの誕生日だ。


 朝一番にレナルド様から誕生日の贈りものが届いた。


 それは、わたしの好きなオレンジと黄色の薔薇の花束と、大粒の黒い宝石のついた揃いのデザインのネックレスとイヤリングだった。

 薔薇の花束と贈りものの箱にはダークブラウンのリボンが巻かれていた。


 時を遡る前の誕生日にレナルド様からいただいたのは、確か流行りのエメラルドのネックレスとイヤリングだった。


 エメラルドのアクセサリーは既にいくつか所持していたし、デザインもあまり好みではなかったので、いただいたけれどあまり身に着けなかった気がする。


 わたしはもう1度いただいたものをじっくりと見る。


 今回いただいたのは、わたしの好みのデザインのものだった。


 黒い宝石は当初オニキスかと思ったけれど、よく見たらブラックダイヤモンドだった。輝きが全然違う。


 こんな大粒のブラックダイヤモンド、一体いくらするのかしら。


 侯爵令嬢であるわたしですらなかなかお目にかかれないほどの品だ。


 こんな高価なもの、わたしがいただいても良いのかしら?

 だってあと1年もすれば、彼とは婚約を解消するのに。


 けれど、リリアーヌと出会っていない今のレナルド様はそのことを知る由もないのだから、婚約者として最上のものをくださったのね。


「君にとって良き婚約者であれるように最大限努めるつもりだ」というあの言葉の通りに。


 添えられた上品なメッセージカードには、レナルド様らしい几帳面な字で、


「愛するシュゼットへ。

 誕生日おめでとう。

 もし良ければ、今日身に着けてくれたら嬉しい」


 と書かれていた。


 あ、あいする……???

 ……ああ、「親愛なる」という意味かしら?

 驚いたわ。


 レナルド様は今日、わたしを観劇に誘ってくださった。


 その時に身に着けてほしいということね。


 わたしはさっそくレナルド様からいただいたブラックダイヤモンドのネックレスとイヤリングを身に着けた。


 大粒で存在感があるけれど、シンプルなデザインのため、今日のレモンイエローのドレスにもよく合っていた。


 髪は丁寧に結ってまとめて、黒いリボンとレナルド様からいただいたオレンジと黄色の薔薇の花を飾る。


 意図的にレナルド様の色のものを身につけるのは初めてなので、なんだか緊張してしまう。


 そのため、エメが張り切って念入りに化粧を施してくれるのがとても心強かった。


 そうしていつもよりも時間をかけた支度が終わる頃、レナルド様がコルネイユ侯爵邸にいらっしゃった。


 今日のレナルド様はダークブラウンのスーツに黒いアスコットタイをしていた。タイを飾る宝石はオレンジ色だ。


 お互いの色を身に着けているなんて、なんだか恋人みたいだわ。


 レナルド様の装いを見て、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。


 いやだわ。わたしとレナルド様はそうではないのに。


 今しがた考えたことを慌てて頭の外に追いやる。


 玄関ホールにあらわれたわたしの姿を見たレナルド様は、わたしがいただいたものを身に着けていることに気がついたようで、大きく目を見開いた。


「誕生日おめでとう、シュゼット。さっそく身に着けてくれて嬉しい」


 そう言ってわたしの手を取ると、恭しく口付ける。


 レースの手袋越しにレナルド様の唇の感触がして、胸の鼓動がどきりと大きく跳ねた。


 いやだわ、顔が熱い。

 赤くなっていないかしら?


「レ、レナルド様。素敵なお品をどうもありがとうございました」

「気に入ってくれたのなら、なによりだ」


 そう言ってレナルド様は甘く微笑んだ。

 まるで愛おしそうに。


『愛するシュゼットへ』


 レナルド様の甘い笑顔に、思わずメッセージカードの言葉を思い浮かべてしまい、慌てて(かぶり)を振る。


 レナルド様がわたしを愛していらっしゃるわけないではないの。

 それよりも、そんなお顔もなさるのね。

 なんだか調子が狂うわ。


 いつもの無表情とは大きく異なる甘い笑顔のレナルド様になぜかどきどきしてしまう。


 そのせいか、劇場に向かう馬車の中でもいつものようにうまく話せなかった。




 王都の東地区にある王立歌劇場は外装だけでなく内装もとても豪奢だった。


 彫刻の施された柱の間には優美な彫像が並び、天井からはきらめくシャンデリアがいくつも吊り下がっている。

 エントランスホールには着飾った貴族のご婦人や紳士がたくさんいた。


 そんな中、わたし達が案内されたのは、なんと劇場に1つしかないロイヤルボックス席だった。


 こちらは王族でなければ使用できない特別な場所ではなかったかしら?


 と、思ったところで、レナルド様が王太子殿下の従兄弟で王位継承権を有していることを思い出した。


 わたしの誕生日にこんな特別な席を用意してくださるなんて。


 しかも演目は大人気と話題のものだ。


 時を遡る前に、お茶会で話題になっていた記憶がある。


 わたしは彼に贖罪をしなければならないのに、与えられるものの方が多いだなんて、良くないわ。

 このご恩をお返しするためにも、レナルド様がリリアーヌと出会ったら、2人がうまくいくようにわたしが仲を取り持たなければ!


 そんなことを考えているうちに、客席の照明が落ちて演目が始まった。


 上演されたのは「初恋物語」というタイトルの恋愛ものだった。

 内容は幼い頃に結婚の約束を交わした身分違いの幼馴染の男女が結ばれるまでの紆余曲折を描いたものだ。


 割とありがちなストーリーながら、それがかえって貴族のご令嬢やご婦人方に受けた。

 いわく、王道(ありがち)ゆえに「初恋の甘酸っぱい気持ちを味わえる」と万人受けするのだとか。


 時を遡る前のお茶会で、友人達がそう語っていた。

 恋をしたことがなかったわたしは、友人達が熱弁するのを「そういうものなのね」と思いながら聞いていた。


 確かに物語の前半は男女の甘酸っぱい恋模様だった。けれども中盤にさしかかると、身分違いの幼馴染の少女との結婚を両親に反対された青年が、自身と釣り合う身分の別の女性に心を移しかける。


 結局は身分違いの幼馴染の少女と結ばれてハッピーエンドで終わったけれど、「甘酸っぱい気持ちになれる」どころか、わたしは苦い気持ちになった。


 劇中の簡単に他の女性に目移りをしかけた青年が時を遡る前のレナルド様を、身分違いの青年と少女が公爵家嫡男のレナルド様と庶子の男爵令嬢のリリアーヌを連想させたからだ。


 わたしはさしずめ、あの身分の釣り合う女性の役どころかしらね……。


 今は婚約者としてわたしを尊重してくださるレナルド様も、この物語のように最終的にはリリアーヌを選ぶのだろう。


「……わたし、浮気性な男性など絶対にいやですわ……」


「……シュゼット」


 レナルド様はおもむろにわたしの手を取り、両手で挟むようにしてそっと握ると、まっすぐにわたしの目を見つめて言った。


「私は、生涯君だけを愛すると誓うよ」


「レナルド様……」


 その誓いが果たされないことを知っているわたしは、レナルド様の眼差しから逃れるようにそっと目を逸らす。


 時を遡る前と行動を変えたことで、わたしとレナルド様は以前よりも親しくなった。


 けれども、それはレナルド様がまだリリアーヌに出会っていないからだ。


 レナルド様がリリアーヌに出会えば、きっとまた彼女のことを好きになるに違いない。


 だって、レナルド様は命懸けでリリアーヌを庇うほど、彼女のことを想っていたのだから。


 わたしはなんとも言えない苦い思いがじわじわと胸の内に広がっていくのを感じていた。

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