第13話 シュゼットは、星空を眺める
陽が中天を過ぎる頃、わたし達は再び湖の周りの遊歩道の散策に戻った。
そうして湖の周囲を1周して別荘の前に戻ってくる頃には、陽がだいぶ傾いていた。
湖面は夕焼けを映してオレンジ色に染まっている。
別荘に戻ると、わたしはエメが淹れてくれた紅茶を飲みながらひと休みして、エメはその間、帰り支度を始めた。
明日の朝にはこちらを出発するので、帰り支度は今日中に終えておかなければならないだろう。
エメはクローゼットに収納した衣装を1つずつ丁寧に畳んでトランクケースにしまっていく。
それをぼんやりと眺めがら、わたしは明日、日常に戻ることを少し淋しく感じていた。
夕食の時になに気なく、そんなことを口にすると、
「もし良ければ、一緒に星を見ないか?」
夕食後、レナルド様はわたしを2階のバルコニーへ誘ってくださった。
バルコニーから見上げた空には三日月と満天の星空があった。
凪いだ湖面には鏡のように三日月が映り込んでいる。
「わぁ……素晴らしいですね!」
街灯の多い王都では、こんなにうつくしい星空は見られない。
レナルド様に別荘にお招きいただいて本当に良かった。
「レナルド様、この度は別荘にお招きいただきまして、ありがとうございました。わたし、とても楽しかったですわ」
明日、日常に戻るのが名残惜しいくらいに。
わたしは星空からレナルド様に視線を移すと、お礼を伝えた。
「私も君と過ごせてとても楽しかった。来年もまた一緒にここに来よう」
来年……。来年の今頃には、レナルド様は既にリリアーヌに出会っているはずだ。
けれど、まだ恋仲にはなっていないのかもしれない。
それならば、来年もまた一緒に来られるかしら……?
そうだと良いなと願いながら、レナルド様に尋ねる。
「もし、来年の今頃、レナルド様のお気持ちがお変わりなければ、また誘ってくださいますか?」
「ああ、必ず」
レナルド様は力強く頷いてくださったけれど、わたしはそれが叶わないかもしれないことを知っている。
だって、レナルド様はリリアーヌのことを好きになるはずだもの。
レナルド様とリリアーヌが恋仲になったら、身を引いて円満に婚約を解消をする。
わたしの決意に変わりはないけれど、それを少し淋しいと感じてしまうのは、きっとこの非日常な時間がとても楽しかったせいね。
ひとしきり星空を満喫した後、レナルド様はわたしを部屋まで送ってくださった。
部屋の前まで来ると、レナルド様はふいにわたしの名前を呼んだ。
「シュゼット」
呼ばれてレナルド様を見上げると、彼の顔がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
ふわりと柑橘系の香りがする。
一瞬だけ、額になにか柔らかいものが触れた。
それがレナルド様の唇で、彼がわたしの額に口付けたのだと思い至ると、急に胸の鼓動が大きく跳ねて、顔が熱くなった。
「……!?!?」
「おやすみ、良い夢を」
「……お、おやすみ、なさい、ませ……」
なんとかそれだけ返すと、わたしは逃げるように部屋の中に入って、後ろ手で扉を閉めた。
扉を閉めた途端、そのまま背中を預けてずるずると座りこんでしまう。
どきどきと早鐘を打つ鼓動が早く治まるように願いながら、ぎゅっと胸元を押さえる。
お、驚いたわ。
急にどうなさったのかしら?
呆然としたまま胸元を押さえて座り込むわたしを見て、エメが驚いた声を上げた。
「まあ、シュゼット様! どうなさいましたの!? お顔が真っ赤ですわ!」
「な、なんでもない! なんでもないの!! それよりも荷造りをありがとう、エメ! わたしはとっても疲れたから、先に休むわね!!」
わたしは一方的にそう言ってベッドに頭まですっぽりともぐり込む。
こんなにどきどきしていては、今夜はきっと眠れないわ。
そう思ったけれど、朝早く起きたり、1日中外にいたおかげで、いつの間にか眠りに落ちていた。




