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第12話 シュゼットは、湖を散策する

 ベルクール公爵領の別荘に来た翌日の朝。


 昨日早めに休んだこともあり、わたしは陽が昇り切らない早朝に目が覚めた。


 まだ少し早いかしら? 


 そう思いながら窓の外を見ると、昨日昼食を食べたバルコニーでレナルド様が読書をしているのが見えた。


 わたしはエメに手伝ってもらって急いで身嗜みを整える。


 今日はドレスではなく動きやすいワンピースにした。


 白いワンピースは繊細なレースやフリルがたくさんあしらわれた可愛らしいデザインだ。髪はポニーテールにして、白いリボンを結ぶ。ネックレスとイヤリングはシンプルなデザインのペリドット。


 支度を終えたわたしは、レナルド様のいる2階のバルコニーへと足早に向かった。




「おはようございます、レナルド様」


 レナルド様はわたしに気がつくと、読んでいた本を閉じて淡く微笑んだ。


「おはよう、シュゼット。ずいぶん早いな」

「レナルド様こそ」


 早朝にもかかわらず、レナルド様はきっちりと身なりを整えていた。


 皺のない白いシャツに黒いネクタイをしている。

 タイを留めるピンの宝石は、偶然にもわたしと同じペリドットのようだった。


 お揃いのものを身に着けているだなんて、まるで恋人同士みたいでなんだか照れてしまうわ。


 そんなことを考えながらレナルド様の向かいの席に座ると、すぐに朝食が供された。


 ジューシーな厚切りベーコンにふわふわなスクランブルエッグ、新鮮な野菜のサラダ、舌触りの良いかぼちゃの冷製スープ。そしてサクサクしたクロワッサン。


 眼前には澄んだ水をたたえる大きな湖に、青々とした木々の隙間から差し込む朝日。


 公爵家のシェフの腕が良いのは言うまでもないことだけれど、うつくしい自然の中で食べる朝食はより一層おいしかった。


 わたしとレナルド様は穏やかな会話を楽しみながら、ゆったりとした贅沢な時間を過ごした。



♢♢♢



 朝食のあと、わたしは白いレースのパラソルを差しながら、レナルド様のエスコートで湖の周りに造られた遊歩道を散策した。


 わたし達の少し後ろにはエメと公爵家の護衛が数人付き従ってくれている。


 木々の隙間から木漏れ日が差し込み、朝日を反射した湖がきらきらと輝いている。


 遊歩道を半分ほど歩いたところで、湖にせり出す桟橋があらわれた。

 桟橋には1艘のボートが繋いであった。


「まあ、ボートがありますわ!」

「乗ってみるか?」

「レナルド様、漕げますの?」

「ああ」


 レナルド様はそう言って先にボートに乗ると、こちらに手を差し伸べる。


 その手を取りながら恐る恐るボートに乗ると、わたしが乗った拍子にボートが小さく左右に揺れた。


「きゃっ」


 バランスを崩したわたしは、そのままレナルド様の胸に飛び込むかたちになった。


 ふわりとレナルド様の柑橘系の香水の香りがしてどきりとする。


 レナルド様は難なくわたしを抱きとめると、そのままわたしの手と腰を支えてボートに座らせてくださった。


「大丈夫か?」

「ええ。あの、レナルド様、ありがとうございます」


 どきどきと早鐘を打つ鼓動を悟られないように、なるべく平静に言う。


 レナルド様はきっと気にしていらっしゃらないのに、わたしだけ変に意識してしまうなんていやだわ。


 そう思いながら向かいに腰を下ろしたレナルド様を見ると、手で口元を隠して顔を背けていた。


 心なしか耳が赤いような気がするわ。

 どうされたのかしら?


「レナルド様? どうかなさいまして?」

「いや、問題ない。それより、準備は良いか」

「ええ、大丈夫ですわ」


 レナルド様にそう答えると、わたしは振り返って桟橋にいるエメに声をかける。


「エメ! わたしはレナルド様とボートに乗って来るから、少し待っていてね!」

「かしこまりました。レナルド様、シュゼット様、どうぞお気をつけて」


 桟橋にくくりつけられたロープを外して、レナルド様がオールを漕ぐと、ボートはゆっくりと湖上を滑り出した。


 レナルド様がオールを漕ぐ度にボートは進み、心地良い湖上の風が頬を撫でる。


「気持ちが良いですね!」

「ああ」


 湖のちょうど中央あたりにくると、レナルド様はふいにオールを漕ぐ手を止めた。


 水面に目をやると澄んだ水底に魚が泳いでいるのが見えた。


「……シュゼットは、来月末が誕生日だろう?」


 レナルド様は唐突に切り出した。


「ええ、そうですが……」

「もし、私の色の宝飾品を贈ったら、身に着けてくれるだろうか?」

「え」

「私の色は女性が好むものではないだろう」


 レナルド様はダークブラウンの髪と黒い瞳だ。

 確かにダークブラウンも黒も、女性が好んで身につける色ではないのかもしれない。


 けれど。


「いいえ。わたしのことを思って贈ってくださったものでしたら、どんなものでもありがたく身に着けさせていただきますわ」

「そうか」


 レナルド様はどこか安堵したようにつぶやいた。


 それを見て、「もしかしたら」と、わたしはある可能性に思い至った。


 時を遡る前、レナルド様から当たりさわりのない流行りものばかり贈られたのは、わたしに興味がないからではなく、そういう理由だったのかしら。


 自分の色は女性が好まないだろうからと。


「レナルド様! わたし、レナルド様からの贈りものを楽しみにしておりますわね!」


 励ますようにいたずらっぽくそう言うと、レナルド様は淡く微笑んだ。


「ああ」


 そのまま湖の外周沿いに半周してから、わたし達は桟橋へ戻った。



 ♢♢♢



 桟橋に戻る頃にはだいぶ陽が高くなっていた。


 そろそろお昼が近いのかしら?


 桟橋から遊歩道に戻りしばらく歩くと、少し開けた木陰に出た。


 わたし達はそこで敷きものを広げて昼食をとることにした。


 私たちがボートに乗っている間にエメが別荘から持ってきてくれた大きなバスケットの中には、色とりどりの食べ物が入っていた。


 サンドイッチはエビとレタス、サーモンとアボカドとクリームチーズ、トマトとたまごとベーコン。

 果物はさくらんぼ、メロン、フランボワーズ、桃。

 それに加えて揚げ物にサラダもある。


 きらきらと輝く木漏れ日が降り注ぐ中、わたしとレナルド様は隣に座って食事にした。


 朝食の時も感じたけれど、うつくしい自然の中で食べる食事は一際おいしかった。


 おなかがいっぱいになったわたしたちは、食後もしばらくそこで休むことにした。


 いつもよりも会話が少なかったけれど、不思議と気まずくはなかった。


 湖の方に目を向けると、陽の光を反射した湖面がきらきらと輝き、青々とした木々の遥か上、真っ青な夏空を白い入道雲がゆっくりと流れていく。


 なんて穏やかで満たされた時間なのかしら。


 こんな時間がずっと続けば良いのにと思ってしまう。


 わたしはレナルド様に贖罪をしなければならないのに。


 レナルド様とリリアーヌの仲を取り持ち、円満に婚約を解消して身を引くこと。

 それまでの間、レナルド様にとって良い婚約者でいること。


 それが彼に対するわたしの贖罪だ。


 だから、彼と一緒にいられるのはあと1年弱。


 初めからわかりきっていたことなのに、なんだか急にそれが淋しく感じられた。


 きっとそう思ってしまうのは、今のこの時間が名残惜しいせいね。


 この非日常な時間が日常に戻ることを名残惜しく感じさせるのだろう。


 ええ、きっとそうに違いないわ。

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