12.
王宮の一角にあるサロン。
王族たちが、談話室として使っている場所だ。
数年ぶりに穏やかな顔で、エルミナとファラ、そしてヤンクとアレミアがテーブルを囲んでいた。
ファラもアレミアも、十七歳としては落ち着いた雰囲気を持つ、大人びた少女だった。
夫同士が仲直りをした今、ファラとアレミアも同い年の義姉妹だ。
今では穏やかな友情を育みつつあった。
エルミナが己の考えをヤンクに述べ、意見を求めた。
ヤンクがうなずいて応える。
「……なるほどな。
弟夫婦がそんな事になっていたか。
これは兄として、一肌脱がねばなるまい」
アレミアが静かに意見を述べる。
「ですが、少し危ない橋になりますよ?
大丈夫でしょうか」
エルミナが困ったように頭を掻く。
「私だけで済ませられれば一番良かったんですけどね。
竜将の証を失った私では、もう力不足です。
あとはもう、ヤンク兄上に頼らざるを得ません」
ファラが微笑みながら意見を述べる。
「リオさんは逞しい方です。
きっと大丈夫ですよ」
ヤンクが大笑いをしながらそれに応える。
「ハハハ! あれは逞しいを超えた何かだ。
お転婆すぎて、どこに跳ねて行くかわからん。
それが怖い所だな」
エルミナが微笑んで話を纏める。
「――では、賛同して頂けるということでよろしいですか?」
ヤンクとアレミアが静かにうなずいた。
エルミナが満足気にうなずき、ファラと共に席を立った。
「あとはお任せします。
ミルスの扱いは、ヤンク兄上が一番ご存じのはずだ」
サロンから立ち去るエルミナの後姿を見ながら、ヤンクがつぶく。
「――あんな穏やかなエルミナを、また見ることが出来るとはな」
アレミアがうなずいた。
「懐かしいですね。三年前を思い出します。
ですが穏やかな笑顔の下で、考える事は相変わらずあくどい気がしますけどね」
「ハハハ! 人はそう簡単には変われん。
なに、今回の悪巧みぐらいなら、乗ってやっても構わんだろう」
****
朝になり、侍女に起こされて、リオがベッドから上体を起こす。
本当はとっくに目覚めていた。
だが、『王子妃を起こすのも侍女の仕事だから、寝ていて欲しい』と言われしまい、しかたなく布団の中で寝たふりをする毎日だ。
リオの体は依然として、平民としての生活リズムのままだ。
寝ていろと言われても、自然と目が覚めてしまうのは防げない。
侍女たちに世話をされるがままに顔を洗い、制服に着替え、髪を整えてもらう。
だいぶ慣れてきたが、やはり他人に世話をされるというのは落ち着かなかった。
朝食の席について、ようやくミルスと顔を合わせる。
各王子や国王は、それぞれ別の建物を割り当てられている。
国王は王宮で、王子たちは離宮で生活をするのだ。
それぞれのダイニングで、別々に食事を取るのが通例となっている。
つまり、この食卓に居るのはリオとミルスのみである。
二人の間に子供が生まれれば、その子供はこの食卓に加わる事になるだろう。
――この夫は、いつになったら同じ部屋で寝るのかしら。
密かにため息をつきながら、リオは静かに朝食を口に運んでいく。
自分の性的魅力の無さなど、ミルスに言われるまでもなく分かっている。
同級生と比べても慎ましい体つきなのだ。劣等感も持っている。
だが『さすがに前と後ろの区別ぐらいはつくぞ?』と、密かに憤ってみたりもした。
慎ましいと言っても学級内で下位に甘んじる程度。
十五歳なりに、女性らしい体つきではあるのだ。
いつかは夫に自分の魅力を認めてもらう日が来るのだろうか、と思うこともある。
だがミルスから妻として見られる事を思うと、やはりどこか気恥ずかしさが残った。
一週間を過ぎる中で、ミルスを夫として認めつつある自分に、この時のリオはまだ気が付いていなかった。
朝食を食べ終わり、ミルスと共に席を立つ。
無言で馬車に向かい、いつものようにミルスの手を取って馬車に乗り込んだ。
いつものように、馬車の中は静寂に包まれている。
ミルスもリオも、互いに不要な会話をしないからだ。
互いが別々の窓の外を眺め、流れる景色をただ瞳に映していた。
そしてふと、リオがあることに気が付いた――景色に見覚えがない。
「――ねぇ、ミルス。いつもと道が違うわ」
ミルスの目が険しくなり、窓の外を確認した後、御者に叫ぶ。
「おい! 道が違う! どういうことだ!」
御者は振り返る事もなく、馬を走らせていく。
リオが眉をひそめてミルスに尋ねる。
「どういうこと? こんなことはよくあるの?」
険しい顔のまま、ミルスが応える。
「いや、そんな事はない。
御者はいつもの使用人だし、周囲にはいつも通り騎兵も随行している。
だが道が違うのは確かだ」
馬車はやがて、王宮と街の間にある小高い丘で停車した。
リオが周囲の気配を探るが、騎兵たちが静かに立ち止まっている気配がするだけだった。
御者は何も言わずに、背中を向けたままだ。
「降りろ、ということかしら」
「……降りてみよう」
先にミルスが降り、辺りの安全を目で確認してからリオの手を取り、馬車から降ろした。
二人が周囲を確認すると、そこは丘の中でも開けた場所だった。
「――待っていましたよ」
馬車の反対側、死角になっている位置から声が聞こえた。
ミルスとリオが慌てて馬車を回り込むと、そこにはエルミナとファラの姿があった。
険しい顔でミルスがエルミナに尋ねる。
「これはなんの悪ふざけなんだ?」
にこやかな笑みでエルミナが応える。
「ミルスたちに、絆の大切さを理解してもらおうと思いまして。
ちょっとした野外授業です」
エルミナが手で合図をすると共に、馬車と騎兵たちが遠くに下がっていった。
その場に残るのはミルスとリオ、そしてエルミナとファラだけだ。
ミルスが不敵な笑みで尋ねる。
「わざわざこんな場を設けたんだ。
本気でやって構わない――そういうことだな?」
エルミナは穏やかな表情でうなずき、魔力を練り始める。
「油断をすると死にますよ――では始めましょう!」
エルミナの巨大な魔力の槍が、ミルスとリオに襲い掛かった。




