【番外編】食虫夫婦
【番外編】
コバルト殿下と婚約してから半年が経った。
ふたりとも新しくはじまったことが一旦落ち着き忙しさが日常になってきた。
私は王宮での教育に慣れコバルト殿下のスリザリン家との共同調査も少しずつ進んでいるようだ。
伐採し過ぎて禿げてしまった山にグレイ家の森から採取した木を植えようという話になっているらしい。
私には難しくてよくわからないがウキウキと頑張っているコバルト殿下にはときめいた。
まだ実感が湧かないが結婚は私が成人する2年後に行うことになった。
私は2年の間に教育を終わらせ王宮に慣れる。2年後には王宮に住むことになる。
まだ王宮には住んでいないが王宮で開かれるパーティには婚約者としてコバルト殿下と一緒に出席している。
パーティの終了時間は遅いので参加すると王宮に泊まることになった。
そんな時はいつもアリア部屋に近い客間に泊めてもらい夜こっそり殿下と会った。
こっそりと言ってももちろん護衛の人たちにはバレている。
私たちは今日も虫の標本に囲まれておしゃべりをしていた。
コバルト殿下の研究成果が飾られた通称アリア部屋には真ん中にソファが置いてある。
そこに並んで座りおしゃべりするのがお決まりだ。
お互いのことを知りたくていくら時間があっても足りなかった。
兄や父から聞いたエピソードでもコバルト殿下の口から聞くと新鮮に感じた。
「そういえば婚約前にコバルト殿下の悪評が立ちましたよね。
殿下が虫を食べているなんてどうして噂が立ったのでしょう。」
突然、私たちが婚約する前に広められた悪評のことを思い出した。
首を傾げるが隣に座っている殿下がこちらを見ない。
「…オリヴィア様から殿下は私と結婚したくて虫の形のお菓子でイタズラしたとお聞きしました。
本当ですか?」
少し期待する気持ちだった。
コバルト殿下が私と結婚したいと思ってそんなことをしたならかわいい。
「…半分本当で半分間違ってる。」
私たちは暗い部屋でロウソクの灯りでおしゃべりをしているのでコバルト殿下の横顔がロウソクのゆれでちらちらと光っている。
なんだ結婚したかったからじゃないのかと私は残念に思った。
「虫の形のお菓子じゃなくて本物の虫を出した。」
「えっ…」
コバルト殿下が少し恥ずかしそうな顔をして横目で私を見た。
「…他の公爵令嬢が候補からいなくなればアリアは僕と結婚すると思ったから。」
コバルト殿下は恥ずかしそうに手で顔を隠して俯いた。
私はまたも胸がぎゅうとして苦しくなっていた。
ふたりでいるときの私の心臓はおかしくなってしまったのでないかと思うくらい感情豊かだ。
「…っ、う、嬉しいです。」
素直にそう伝えた。コバルト殿下がゴロンと動いた。
「……恥ずかしい…」
コバルト殿下が小さな声で呟いている。
想いを伝え合うのはまだ照れる。
私は恥ずかしがってそっぽを向いてしまった殿下に半身近づく。
「ブル様、大好きです。」
コバルト殿下は私の方を向いてそっと私の髪に触れた。
「アリア…」
コバルト殿下が触れるだけのキスをした。
「ふ、ふふ」
「笑わないで。」
「だってご令嬢に虫を食べさせるなんて。」
コバルト殿下は明らかに恥ずかしいという顔をしていた。
「あんなに噂になると思わなくて反省してる…」
それから私たちは食虫の話になった。
この国では肉を食べるのも珍しいように食虫の文化もなかった。
「日本では珍しいですが前世では食虫する国もありましたよ。」
「そうなの?!」
コバルト殿下の目がキラキラと輝いた。
私が前世の話をすると殿下はいつも嬉しそうだ。
「アリア!僕の虫料理も見てよ!」
目がキラキラしている。
これは…食べる流れになってしまうのではと思ったがキラキラした目で見られると断ることなどできない。
「は、はい。」
私はコバルト殿下に弱いのだ。
その次の休日、早速虫料理を提供された。
中々のキツイ見た目で食べる前から口の中が酸っぱくなった。
使われている虫に甲虫が多い。
「い、頂きます。」
私は思い切って甲虫が浮いたオレンジ色のスープを飲んだ。
土の匂いがして虫を感じるとうっとなった。
頑張って吐き出さなかった。
「アリア…食べてくれてありがとう。」
コバルト殿下が涙目で見ていた。
感動させてしまったらしい。
「どうだった?」
「お、美味しくはないですね。」
「うん。」
しっかり頷かれコバルト殿下も美味しくないと思ってるんだと安心した。
「虫が多いし食べられるようになれば国にもいいと思ったんだけど…」
確かに動物たちより圧倒的に虫が多い。
虫が生活しやすい国なのだろう。
「蝗害が起きた時なんかは無理に食べるけどマズイらしい。」
私は日本の歴史の授業を思い出しここでも蝗害が起きるんだなと思った。
「イナゴを甘辛く煮たものを食べるんですよね?」
「甘辛く…?」
コバルト殿下が首を傾げたので虫料理を見るとどれも固そうな虫の素材を生かしたまま作られていた。
「私は食べたことはないのですがすごく濃い味付けをしていました。」
「なるほど。」
「あ、あと、柔らかい虫の方が食べられると思います。」
コバルト殿下はうんうんと頷いて聞いている。
「蜂の幼虫なんかは栄養があって食べる文化がありました。」
私は知っている限りの虫を食べる文化を話した。
コバルト殿下の目がどんどんキラキラしてくる。
私はわーかわいいと思っていた。
「アリア、すごい!
僕らなら絶対食べられる虫料理ができるよ!」
「は、はい」
ああ、これは断れない予感。
コバルト殿下がキラキラした目で私を見つめている。
「一緒に作ろう!」
「…はい」
私は頷いていた。
「アリア、ありがとう!」
コバルト殿下に抱きしめられてキュンとした。
殿下が嬉しそうならなんでもいいと思った。
そして私たちは食べられる虫の研究をはじめた。
私も作ったことがなかったのでかなり思考錯誤したがなんとか食べられるものになった。
お酒を使って臭みを消したのが大成功だった。
「すごい!食べられる!」
「臭くない!」
他の研究者の人たちも喜んでくれた。
私たちは身内だけで大喜びした状態で蝗害が起きた時のためにレシピを公開した。
良かれと思ってやったのだが以前のコバルト殿下の噂にまた火をつけてしまった。
そして私たちは名実ともに「食虫王子」と「食虫姫」になった。
両陛下には怒られた。貴族には冷たい目で見られた。
気を使う人には「食べてみたけど中々でした」と慰められた。
できれば時間を戻したいがコバルト殿下はとても満足気だった。
それなら「食虫夫婦」でもいいと私は思った。




