虫
アリアと神隠しにあってから僕は慌ただしく王宮に帰っていた。
まだ正確な事情がわからない以上、グレイ公爵と相談しこの件は内密にすることとなった。
そのため予定通りに帰らなければならなかったのだ。
あのあとアリアとは話をしなかった。
彼女の前世の話は驚いたが前世の彼女もアリアもあまり変わらないと思った。
前世の彼女も正直で優しかった。
あの瞬間、焚き火の前で想いが通じ合っているような気がした。
だが思い違いだった。
彼女は自分を25歳だと思っているようだった。
グレイ公爵の胸で泣いている彼女を見て激しい嫉妬を覚えた。
彼女は25歳だと思っているのではない。
25歳になりたいのだと思った。
アリアとのことが整理できないまま、オリヴィア・スリザリンが王宮を訪れる日が来てしまった。
随分前にスリザリン公爵と約束した見合いだった。
「コバルト殿下、お招き頂きありがとうございます。」
にっこりと微笑まれた。
以前ジャックの誕生日で見た雰囲気とは随分と違うことに驚く。
とりあえず庭がよく見えるテラスに案内する。
「コバルト殿下、お願いがございます。」
席について早々オリヴィア嬢が口を開いた。
「アリア様を妻にしないでください。」
「何?」
「アリア様を妻にしないでください。」
オリヴィアの瞳は真剣そのものだった。
「アリア様は王宮にはあげられません。代わりに私が何でも致します。」
「…僕は自由に妻を選ぶ権利がある。」
「はい。ですがアリア様は選ばないで下さい。」
「なぜあなたに決める権利が?」
「権利はありません。ですからお願いしているのです。」
全く会話にならなかった。
かなり驚いた。
アリアはこのご令嬢を素敵だと言っていたがどの辺りなのだろう。
ぽかーんとしていたのだが、なぜか自然とアリアに対する怒りが湧いて来た。
これは、あまりにもひどい。
このオリヴィアもアリアの差し金なのではないかという気がして来た。
アリアが僕と結婚したくないがために彼女を送って来たのではないだろうか。
そんなことはないだろうと打ち消そうとするがモヤモヤとした暗闇が自分を支配するようだった。
大体、前世の記憶が蘇ったら僕を好きじゃなくなるなんて。
…プツン
僕はもうアリアと絶対結婚しようと思った。
前世の記憶なんて関係ない。
前世がマッチョ好きなら6歳の記憶に戻してやる。
無理なら絶対マッチョになってやる。
「殿下?」
その前にこのアリア推薦のご令嬢を僕から徹底的に離さなければならない。
ひどい方法を思い付いた。
「オリヴィア嬢、虫を見に行こう。」
王宮の片隅に僕の小さな研究室があった。
生きた虫を王宮に入れると騒がれるのでこちらに置いている。
ずらりと温度管理された水槽で虫たちが生活している。
「これが僕の趣味だよ。」
オリヴィアの顔が引きつった気がした。
ここにいるのはグレイ家の森から採取した貴重な虫たちだ。
「どれでも好きなものを触っていいよ。」
「…」
「君は虫が好きなんだよね?」
「…はい、大好きです。」
オリヴィアは恐る恐るバッタの水槽に手を伸ばす。
「その子は毒があるよ。」
オリヴィアが慌てて腕を引っ込めた。
「その右の子は毒はないよ。」
毛むくじゃらの大きなクモを指差した。
意を決したようにオリヴィアがクモを鷲掴みにした。
「え、いたっ」
「毒はないけど毛が痛いんだよね。怪我はない?」
オリヴィアがかなり無機質な表情で僕を見た。
僕の意図を察したようだった。
「毒がないものを教えてください。全て触ります。」
明らかに嫌がっているが気合で虫を触りだした。
「この虫はどこにいた虫なのですか?」
「…グレイ公爵家の森」
「ヘぇこれが…」
触るたびに段々と虫が平気になってくるオリヴィアにうんざりして来た。
「じゃあ次はもっとたくさんの虫を見よう」
オリヴィアを案内しアリアからプレゼントされた700匹の虫の標本を見せた。
「これは…素晴らしいです。
こんなに詳しく記されているなんて…。」
オリヴィアは虫より研究内容が気になるようだ。
ウキウキと標本を見始めたので腹が立って来た。
「…この抜け殻は…?」
「…これが何か?」
アリアが僕を避け始める前の最後の日にくれた蛇の抜け殻だが説明する気になれない。
「いえ…」
オリヴィアは蛇の抜け殻を熱心に見つめていた。
僕は最終兵器を使うことに決めた。
執事に特別な料理を用意するように指示を出した。
執事はちょっと驚愕していたがきちんと用意してくれるだろう。
「オリヴィア嬢、今日はここで夕飯を食べて行ってくれ。」
「…はい。喜んで。」
簡易的に用意した食堂で僕らが席に着くと次々と大量の「虫料理」が運ばれて来た。
「これが僕のいつもの食事なんだ。」
嘘である。
虫を研究する過程で人間にも食べられる虫もいるかを研究していた。
これは試作品だが、基本的には味が良くないためよっぽどの理由がない限りは食べないという結論が出ている。
と言っても食べられないわけではないので僕は虫スープを一口すすった。
オリヴィアは驚愕に目を見開いている。
少し震える手でスプーンを取り、虫スープを口に運んだ。
そのガッツに衝撃を受けた。
「ゲホッ」
が、オリヴィアは思いっきり吐き出した。
完全にオエっと言っている。
この虫スープ、マズイのだから当然だ。
「…申し訳ありません。」
オリヴィアはほとんど泣いていた。
しかしこの後オリヴィアは何故か毎日虫料理にチャレンジしに来た。
僕は何故か気合いに感動して断ることができない。
一口食べては吐き出して帰っていく。
1週間ほど続けたある日
「申し訳ありません。私には無理です。」
ついにオリヴィアは泣いた。
初日に手に刺さった蜘蛛の唐揚げを見た時だった。
勝った、と思った。
この時の僕は勝負に勝つことしか考えていなかった。
目的が果たされなかったオリヴィアは当然このことをスリザリン公爵に報告する。
そしてスリザリン公爵が別の手を講じてくるのは当然のことだった。
僕は「食虫王子」として国中で悪評がばらまかれた
しかもオリヴィアと並行して僕はピーター3姉妹にも同じことをしていた。
そもそも3人は虫を触ることすらできなかったのだが念には念を入れて虫晩餐会にも招待した。
もちろん1日で懲りてもう二度とくることはなかったが、こちらも大いに悪評をばら撒いてくれた。
狙い通りといえば狙い通りだったのだが、考えなしの行動を後から大いに後悔した。
人の噂はなかなか消えないからである。




