神隠し 3
洞窟で目覚めるとコバルト殿下がいなかった。
自分が眠ってしまったことをひどく恥じた。
殿下はこの森に来たこともないのに一人で不安にさせてしまった!
しかも殿下が一人で外に出るなんておかしい。
胸騒ぎがして武器を持って外に飛び出した。
殿下が熊に襲われているのを見て無我夢中で戦った。
ふたりとも無事だったが殿下が号泣してしまった。
殿下が長いまつげの下の青い瞳からポタポタと透明な涙を流している。
目の周りも赤くなりぐいっと涙を拭うたび青色の髪が揺れた。
「僕は男で…年上なのに…」
絶対にこの状況で言うのは不謹慎だが私は殿下を「かわいい」と思ってしまった。
泣いている殿下がかわいくて抱きしめた。
その上、前世のことまで口走っていた。
そして今、お互いの間にシーンと沈黙が流れている。
私たちは黙々と小枝を拾い洞窟の焚き火の前に戻ることにした。
迷ったが白い蛇の抜け殻も一緒に持ち帰る。
「アリア、さっきの話なんだけど…」
焚き火に小枝を焚べながら殿下が呟く。
私は前世の話を殿下にするのは問題がないと思ったが、自分が年上であると言うのはなぜかとても恥ずかしかった。
2回目の人生も合わせれば私は25歳なのだ。
「前世って本当なの?」
「…本当です。私はここじゃない国に住んでいました。
女の子だったのですが17歳の時に事故で死にました。」
「…」
「6歳の時に前世の記憶が蘇ったのです。
殿下は何も悪くないのに17歳の私には6歳の私の行動は恥ずかしすぎて殿下を避けてしまいました。」
「…僕は悪くない…?」
その言葉に反射的に顔を上げるとまたちょっと泣きそうな殿下と目が合った。
私のせいで殿下はとてつもなく傷ついたのだ。
自分が情けなかった。
「僕の部屋のせいじゃないの?」
「殿下のお部屋、ですか?
お部屋には行ったことがないと思います。」
汚いのだろうか。
首をかしげると殿下はちょっと俯いてしまった。
「そっか…」
「あの、私の自分勝手が起こしたことで、殿下は何も悪くないのです。
私は17歳の記憶がありながら8歳の殿下を傷つけて本当に申し訳ありません。」
「君はずっと謝ってばかりだね…」
「…それ以外何も…」
「それより前世が聞きたい。この世界と違うの?」
殿下の目は焚き火が写り込んでキラキラと輝いていた。
「…ここよりも文明が発達した世界でした。
馬ではなく車と呼ばれるガソリンで動く乗り物に乗っていました。」
「ガソリン?」
「ガソリンのことは私もよくわかっていないのですが…
多分石油を加工したものでアルコールのようによく燃えるものです。」
「へーすごいなぁ。生き物はいたの?」
「はい。この世界の生き物たちとよく似ています。
ただこの世界の生き物に比べてどれも小さめで…」
殿下に質問されるたびに私は前世の話をした。
とにかく誠実に話をしようと努力した。
殿下はただ真剣に話を聞いてくれた。
「すごい。君の前世は物語の中の世界みたいだな。」
殿下はキラキラ目を輝かせていて幼い子どものようだった。
「…私、気持ち悪くないですか?」
「どこが?」
「前世なんて誰にも信じてもらえないと思っていました…。
しかも14歳の体に25歳が入っているなんて気持ち悪いですよね。」
「…僕にはよく分からない。
君はアリアとして生きてまだ14年だし混ざった状態なら8年だし…
何歳にでもなれるはずだよ。」
殿下は首を傾げている。
「…そうなんでしょうか。」
「…25歳もいいけど、僕は14歳でいてくれた方が嬉しい。」
殿下の言葉にちょっと怖くなった。
やっぱり何年も先に人生を生きている人など嫌なのではないか、と思った。
でも私を見てにっこり笑っている殿下はただかわいかった。
「殿下…。」
私はきっと殿下を好きなんだと思った。
6歳の時と同じか、それ以上に。
「殿下、私、絶対に殿下に幸せになって頂きたいのです。」
「うん。」
私が幸せにしたい!
一瞬そう思ったがすぐに打ち消した。
殿下が幸せになるにはオリヴィアと一緒になるしかない、そう思った。
「…もしかして、またオリヴィア嬢のこと考えてる?」
私の殿下への感情は恋愛というには何かが振り切れてしまっている気がした。
男の人として好きというよりまるでアイドルのような存在だった。
殿下を愛している完璧なご令嬢がいる。
こんなに気持ち悪い感情を殿下に背負わせるわけにはいかない。
「殿下、オリヴィア様と必ず幸せになってください!」
「ちょっ」
殿下が何か呟こうとした瞬間、辺りの暗闇がパッと開けた。
「探せ!」
「どこで見失ったんだ?!」
周りで大きな怒鳴り声が響いている。
「お父様?」
いつの間にか森の入り口に戻っていた。
「アリア!殿下!」
私たちは一気に護衛たちに囲まれる。
「戻ってきた!」
誰かが大きな声で叫んでいる。
「アリア、大丈夫か?!」
「はい…」
父に抱きしめられた。
私は父の腕の中でわんわん泣いた。
自分がなんで泣いているのかもうよくわからなかった。
そのあとは何が何だか大慌てで時間が過ぎていき、ゆっくり話す暇もなく殿下は王宮に帰っていった。
(できればオリヴィア様とのこともっと話しておきたかった…。)
でもこれから他の公爵令嬢ともデートだと言っていたしきっと大丈夫だろう。
殿下には幸せになってもらいたい。
25歳ではない。
本物の16歳の少女と。




