幾星霜を煌く星々 Ⅱ
はぁはぁ……ようやくここまできたっ!
「もう……」
総体今日過は頭を抱えたい衝動に襲われつつ、『神の真意』として品位を疑われないために抑えつつ、中身なき彼女へと視線を向ける。
彼女は壊れた。
こればかりは治せない。例え、生前異世界に召喚され、捨てられ、さらに裏切られ、強力な仲間を得たのにより強い敵が出てきて、自分以外太刀打ちできなくて……そんな状況になっても誰も見捨てず、王国を壊すという一心で世界には向かう……つまり闇落ちした。だが、その程度ならば治せるのだ。
彼女には、それを実現してしまえるほどの力がある。
「あなたはあなた! 自分でそういったじゃない!」
「…………」
「もぉおおお‼︎‼︎」
久しぶりに抑えめとは言え声を張り上げた。心の中で溜まっていたストレス軍団が少し減った気がしたが、総体今日過は気にしない。いつものようにキランッ! と決めることももうしない・
「お前はっ、塚原ゆかりだっつってんだよ!!」
彼女の前髪をグッと掴み、無理やり視線を合わせる。多少乱暴にしたからか、彼女の抵抗が少なかったのと彼女が無抵抗でそのまま下に力がいっていたせいでブチブチと音がして、彼女の髪が数本抜ける。
無理やり、答えをいう。答えをどうしても得る必要があり、得ることのできない人間には、これが一番なのだ。
正しい道の歩き方を知らなくてもそれを自分でやり切るという意志がある人はそれでいい。だが、それがない人には、無理やりでもいいから正しい道の歩き方を教えなければいけないのだ。
いきなり答えを得ることは絶対にできない。
それと同じで、いきなり答えを教えられたからって、それと同じようにできるわけではない。それを噛み砕き、ある程度理解してこそ、正しい道の歩き方を知ることができるのだ。
「……………」
「あなたはあなたっていったけど……ごめん……ちょっと違ったね……。あなたは、塚原ゆかり。鬼灯家と塚原家の間に生まれた、妹二人を持つ、女の子よ」
彼女の記憶と総体の話には食い違いがあった。彼女はもともと男性であり、生まれながらにして男性であった。
そのはずだった。
「はぁ……それじゃ……話しますか」
数年前になるかな……
「や」
「鬼灯ちゃん……☆」
「そだよん」
頭にぐーを当てながらそういう少年は鬼灯稀有。その実年齢は優に五千を超える。神々と並ぶ悪魔である。
与えられた能力を自分に定着させることで、その力を自分のものにし、神々を超える力を人のみで手に入れた。
「何をしに来たのかな☆」
「見てわかんない〜?」
「ごめんね☆」
鬼灯稀有と私は懇意であった。二人揃ってもと人間だからか、神しかいない場などではよく隣に座っていた。残虐の権化であった彼は、たった一人の女性を殺したことで優しさを手に入れた。
私たちの会話は支離滅裂だったけど、暗黙の了解だとか以心伝心だとか、そっちの方向性で通じ合ってた。
鬼灯は片手に私がプレゼントしたポーチを持っていた。
返却しに来たのかな? って焦ったけど、今の鬼灯はそんなことはしないって思った。もちろん、そんなことはなかった。
鬼灯はポーチの中から一枚の申請書を出して、私に押し付けて来た。
「まあ見てわかると思うんだけどさ」
「うん……」
私は少し暗くなった。
鬼灯は、こんなことは絶対にしない、という性格であったのだから……。
「ちょっと、未来を知りたいんだ」
普通、未来を見ることのできる神はいない。スクルドやノルンのような神々でも、パラレルワールドの全てを知っているわけではない、ということだ。彼らが知らされるのはあくまでも一部の未来。
いくつかのパラレルワールドのすべての未来を知らされるだけなのだ。
ただ、一人だけ例外がある。
私だ。
私は世界そのもの。世界という枠組みを超えているたった二人の神。一人は幼なじみである『始祖なる空隙』……ケイオスだ。彼? 彼女? どっちだったかは忘れちゃったけど、ケイオスは私と同じ世界そのもので、世界を構成する側。私は構成された世界を調整する。家主と管理人みたいな関係だ。
ただ、違いがある。
ケイオスは世界を構成するだけで、干渉するには別の身体を生み出し、そちらに力を削ぐ必要がある。
その点、私はこの体でそのまま世界のすべてに干渉できる。例え、誰かの人生であろうと……。ま、そんなことしないけどね。
つまり、過去も未来も干渉し放題なのだ。ケーキ食べ放題の時間が無限になったような感じ? あ、伝わらなかったか……。
とりあえず、私にかかれば誰かにその未来を見せることもできる。神々が神託をしたい、というときは私がその未来を教えて、それを神々が自分の好きように選び、それを私が発生させるということになっている。
もちろん、私だって代替わりする……はずだ。
「なん、で……?」
「う〜ん……ボクってば最強じゃん?」
「ま、まぁね」
「ボクの家ってボクが生まれてから一人だけ逸材が生まれるようになったんだよ。まぁそれでボクが毎回毎回生まれ変わってる〜、とかアホがいってくれちゃったせいで、ボクの名前が永遠と引き継がれちゃってね〜」
「つまり……」
「そゆこと」
「ボクはボクの偽物全てを殺さなきゃいけないってこと」
人神。人から為った神。
彼らは、偶像が禁止されている。たまたま同姓同名の場合とそうでない場合、その人神に起こる影響が違う。
もし、たまたまであったなら、その場合、人神に起こる影響は何もない。
しかし、例え冗談であっても偶像としての意図を込めて名前をつけた場合、人神の存在に亀裂が入る。
それを恐れたケイオスは、人神全体に……
例え子供であっても自分の偶像は殺すよういったのだ。
「それでね……ちょっとどんなのが生まれんのかなぁ〜って……」
「碌でなしっていっておく」
「…………それは、名前のせいで?」
「まぁ、二パターン。名前のせいで調子に乗るバカと、名前のせいで過度な期待をされて、力尽きるパターン」
「…………マシなのはないのかよ………」
素が出ている。ま、きっと彼にとっては全てが素なのだろう。
「何百年先でもいいなら」
「?」
「その子はたまたま親が知って、鬼灯稀有って名前を与えられる。それと同時に、塚原ゆかり、という名前を婿に入った側の当主さんが与える。つまり、二重で名前を与えられた子」
「詳しく教えてくれる?」
「ええ……」
………………………………………………
「それで今に至るってわけ」
「……………」
「わかる? あなたは最初から鬼灯稀有だったけど、同時に塚原ゆかりでもあったの」
理解できてる、できてない、そのどちらも言わせない。させる気もない。
総体今日過は、『鬼灯』でさえ知らないほどに傲慢で強欲。生憎と色欲等は神であるが故か、それとも『総体』であるからか、持ち合わせていないが、七大罪を相当量ため込んでいる。
「あなたが誰とか、そういうのに私はやっぱり興味湧かないわ」
急に砕けた口調でそういうと、総体今日過はゆっくりと立ち上がり、短く、つまらない話をしたとばかりに彼女……塚原ゆかりの手をとり、それと、とこう告げた。
「あなたは生まれた時から女子だったよ。でもね……鬼灯はその現実を破壊しちゃったから、あなたは男として認識されたの。途中でTS能力を手に入れたようだけど、意識、どうだった?」
「乗っ取られてた……いや……今の私が乗っ取ろうとしてたっていうの!?」
「正解! あなたは死んだことと、選定試験……その最後の関門である既存の神への勝利を収めたから、真の意味での『あなた』が生まれて、ま、あとはあなたが覚えている通りよ」
正直、彼女はどれが自分の記憶でどれが鬼灯としての自分の記憶なのかが全くわからない。どこから自分でどこから鬼灯なのか。
というかまず、鬼灯=塚原なのか……。
「はぁ……やっぱり、人は嫌い……」
でも、と総体今日過のその愚痴るだけに見えた口は予期せぬ言葉をはいた。
「あなたは、気に入った」
直後、後ろに押され、彼女は手をつくこともなく、暗闇へと落ちていった。
…………………………………………………
「世壊へようこそ」
鬼灯稀有は、覚醒した少女に向かってそう言った。
助けは誰もいない。
ダアトもすでに敗北している。鬼灯稀有とは、そういう存在なのだ。世界そのものである『総体』も『空隙』も、両者を同時に相手取っても殺しうる力を持った、正真正銘最強の存在。
それがどうした。
「『同調』」
力は増やせる。魂の器に限界が来ない限りは、永遠と。そして、彼女の器は鬼灯と塚原の二人分。そして鬼灯の先祖返りでもある彼女は、実質『鬼灯稀有』二人分の器を持っていると言える。
「あなたは、私が会った鬼灯稀有?」
「ざんね〜ん。違いまぁす」
「そう……」
「そだよん」
どちらが正しいことをしたのか……。そんなのは、勝者の前で通る理屈ではない。勝者こそが道理であり、正義であり、敗者は強制的に悪となり、道理から外れた存在になってしまう。
何度でもいう。正義と悪の戦いなんて、そんなものは初めから存在しない。
この世界の全ては、自分の醜い正義の押し付け合い。
正義か悪かなんて、ない。
見方を変えれば勇者と魔王が変わるように、戦争とはそういうものなのだ。
「ボクが生きるか、君が生きるか……」
「関係ない。あなたは私の敵」
「そうですかい」
これ以上、言葉は、必要あるのか……。
「私の旅に……終点はない」
「…………」
「さぁ……」
横に両手を広げる。
その手に握られるのは薄いピンクのような色のオーラをともしたレイピアよりも細く、物を斬るための道具には見えない剣と、同じ形で、しかし、彼女の両腕に呼応しているのか、薄青の剣が握られる。
両方とも、どれだけ動かしやすいのか、そして何よりも、どれだけ繊細に切れるかを重視した、意味のわからない剣。細い物を斬るのには、向いていないはずだ。
はず、だ。
スパン、と。
わずかな力の奔流を、その剣は切り裂いた。
その剣の正体が何か、鬼灯は知らない。
「チェ、なにその剣」
「セフィラ単体であなたに敵わないなら、変えればいい」
そう。この剣は、二つで一つのこの剣は〈世渡りの剣〉でこそあるが、本質が変わった。
セフィロトの一部であった木の枝から始まったこの剣は……。
塚原ゆかりと共に成長し……セフィロト事態へと成り変わったのだ。
そう、現セフィロトがいないなら、残った因子で再構成されるのだから。
「…………はぁ?」
鬼灯は普通に半ギレしていた。逆切れと言うよりも、完全にブチ切れていたかもしれないが、見かけだけならば半ギレであった。
「…………じゃぁ……君は神に限りなく近くなったんだ……」
「?」
「「まぁ、そんなところだろうにゃ」」
声が二つ。
片方はついさっき聞いたばかりの声。もう一つは……
「初めましてだにゃ。ニャーはケイオス。ニューたちで言うところの『始祖にゃる空隙』って奴だにゃ」
彼女の見た目は、ケイオス……カオス、と言う名前からは想像もつかないほどに猫であった。いやもう、普通に猫であった。どこぞの狩猟ゲームに出てくるオトモ並みに。
「ニャーは名前に因んでカオスニャキャラにニャってるのにゃー」
会話自体カオスだ、とは誰も言わなかった。
字面に並べたら絶対に見づらいだろうなー、と総体|(←※元凶)など汗をかいている。
「ケットシーって種族にしたはずなんだけどねー……あははは……」
数秒の間、沈黙があった。
「大ッ変申し訳ございませんでしたぁッッ☆☆☆」
総体今日過。一か八か誠心誠意の大博打ならぬ大土下座であった。
閑話休題。
「それで、ゆかりんはどうなったわけ〜?」
どこかの女子高生みたいな喋り方|(※鬼灯は女声です)をする鬼灯は、意外なことに納得がいっていないのか、総体の方を向きながら、そう言った。
意外とどすの利いた声ではあったが、まぁそんな物、鬼灯の可愛らしい少女の声の前には沈黙させられた。
「まぁ、簡単に言えばセフィロトを全て取り込んだ、って言うニョが一番ニャのかニャー?」
「……………はぁ?」
鬼灯、二度目の半ギレ。これには流石のケイオスもビビった。ちびりはしない。まずそう言う期間全般、総体にも空隙にもないから……。
と言うかそもそも、鬼灯に対応する際はかなり気を付けなくてはならない。神々の中で彼を注視しないものは一人もいない。
まぁ、数人、おバカ三人組とも言われるロキ、ヘルメス、エリスの三人だ。ちなみにエリスは何かとヘルメスに呼び出されてはおバカなことをロキとやらかしてしまう、ちょっと残念女神で有名な子だ。
どこぞの世界とは違い、胸パッドはしていないが……。それでも結局貧相であることに変わりはないらしい。
そんな彼らを除き、注視しないものはいない。
「まぁまぁ……どうせこれからどうするかは彼女が決めるんだしさ?」
「殴っていい? いいよね?」
「………………」
ゆかりは終始、無言であった。
と言うかなにを言えばいいのか……。こんな神々のトップ集団の中で一人寂しく突っ立って……。あ、そこの人、マッチはいりませんか? って喧しいわぁ! というどう考えても滑る未来しか見えない妄想が頭の中で湧き上がっていたのは内緒らしい。
ちなみにこのことは今日過からすればお見通しで、あとで見返して爆笑される羽目になることを、彼女はまだ知らない。
「それで、ニャーたちはニャんでここに来たニョニャ」
そんな喋り方してて噛まないその口がすごいです、とゆかりは結構素直にそう思った。
と言うかなんで自分が来た目的を知らないんだよ。
「うーん……ゆかりはどうしたいの★」
「…………」
「おーい★」
ゆかりは終始無言であった……。
「うヲーい☆」
「あ、これって決めていいやつ?」
「さっきからそう言ってるけどニャー。まぁそもそも、ニャーにはニューたちの運命を決めれるほどの力はニャいんだけどニャー」
「もちろん、私たちの裁量で決まるよ。完全に幸運すぎる人生なんて、そう簡単に作れないし、作らせたくないもん。あなたはちゃんと苦労を知ってる。今更、楽なんて知って欲しくないもん」
ゆかりんにとって苦労って本当にあったのかな〜? 的なことをほざこうとした鬼灯は早め早めの対応を、とケイオスに口の動きを封じられている。
ちなみに地力だけならケイオスが圧倒的に優っている。この場にいるケイオスは、総体、鬼灯、塚原の三名を足しても足りないほどの力を保有している。
「鬼灯稀有に戻ることはできないの?」
「それは無理なニェがいだニャー。ニューの肉体はもうニャいわけでニャ。肉体を戻すとニャると、一度世界を再構成しニャきゃニャらニャいのニャ」
「まぁ、要するに、あなたの肉体を戻すことはできるけど、そうすると、あなたの肉体を取り込んで生まれた擬似自然種を崩さなきゃならないの」
「自然種はわかるかニャ? ニャーみたいニャのを言うのニャ」
別に、と総体がいろいろ補足しつつ、地味にケイオスは鬼灯に拘束を破壊され、総体が密かに望んでいた通り、猿轡に手足を縛られて放られている。
が、ケイオスには猫の牙があるので、普通に猿轡は噛みちぎられた。
「まぁ、そんな世界を構成する種族をそう簡単には崩せないってわけ。ま、あなたがもし自然種に成り変わってくれるならいいけどね」
「…………殺したらどうなるの?」
「その時はそのとき。また新しく、自然種候補が自然種になるか……ま、でも擬似自然種だし、殺しても影響はないわね。今特に殺されるとまずいのは……」
総体はいつものような星付きな喋り方ではなく、至って真剣な喋り方で、ケイオスを指差し、
「一人はケイ。当たり前だけど、ケイが消えればこの世界も消える。もちろん、私がそんなことはさせない。でも、鬼灯みたいな特例がいる。あなただって例に漏れず、鬼灯以上の力を持ってる。そして、二人目。冰の自然種・コキュートス。愛称はキューコかトス。彼女の力は……自然種でも類を見ないほど、とだけ言えば大体わかるかな?」
「トストスはニャーみたいニャのでも、ニャー以外の、普通の自然種とも違うのニャー。言うニャらば、一番最初の、原初の自然種ってところだニャー」
ケイオスが最初の自然種なわけではない。自然種の中で、コキュートスとは、自然そのものから生まれ、様々な種類の自然種が生まれたことで、冰のみを司ることになった、自然そのものなのだ。
既存の自然種は全て、彼女の劣化版。劣化版というよりかは、彼女の力を与えられただけ。
「ニャーはケットシーって猫の妖精の外見に、種族を無理やり空間の自然種にさせられただけなニャのニャ」
「と言うか話脱線しすぎ」
「誰かさんが調子に乗らずに死ななければこんなことにはならなかったんだよ〜?」
微妙に圧をかけつつ、自分の出番が全くなかったことに少し腹を立てている鬼灯は、ゆっくりとゆかりの肩に手を回し、当然のように裏拳をくらって鼻血を出している。
「日本に戻るもよし、他の世界に行くもよし、元の世界に戻るもよし、相対にかかれば大体のことはしてくれるからね〜」
少し髪を切りすぎたかな? とかどうでもいいことを呟きながら、鬼灯は〝ついで〟でゆかりにどっちの意味でも適当なことを教える。
「…………私は、どうするのが正解なんだろ……?」
「それを考えるのがあなたの役目だよ☆ でも、これだけは覚えていてね★」
総体はゆっくりと並んで張り合っている二人のところまでいき、ゆかりの方に体を向けた。
セフィラたちはもういない。全員、ゆかりの中にいるのだから……。
見かけだけならば、四人。だが、ゆかりにとっては違う。そして、総体もそれを理解している。
そして何よりも……。
「あなたが選んだ道は、誰かが必ず支えてくれるってことをね☆ ほら、ちょうど、あなたの後ろにいるじゃない」
ホラー映画みたいなことを言いながら、総体は塚原の後ろでたたずんでいた二人を指さした。
黒い帽子に黒いマント、執事の服を着こなした男性と、やらせなのか、嫌がりつつも、メイド服を着こなし、ピシッとしている少女。
メイド服の少女は鬼滅の刃であるが、では執事服は誰なのか……。
「本当なら燕尾服にしたかったんじゃがな……」
「ジジイが燕尾服とか馬鹿も休み休み言えよ……。第一、貴様の趣味はどうなっているんだ、オーディン……」
「仕方なかろう? 私が持っている服など、ワルキューレが来ていた服と私の服くらいしかないのじゃから」
「言い方が変態のソレだッ!」
オーディン。オティヌスと全知全能を分け合い、全能を与えられた正真正銘戦争の神。
「鬼灯……いや、今は塚原じゃったか? 私が、オーディン。オルト、とでもよんでくれたまえ」
「なにがたまえだ糞爺。マゾも極まれりだな」
「…………あ、私マゾ認定食らってたんじゃな」
「あ?いつもいつもワルキューレどもにぶどう酒以外ちゃんとくえと言われて笑いながら大丈夫大丈夫言うジジイのどこが常人なんだ? あぁ?」
「それマゾじゃなくないかのぉ!!?」
「私が知るか。そこら辺は鬼灯に聞け」
言葉の槍で滅多刺しにされ、今にも力尽きそうなオーディンに対し、永遠とオティヌスは蔑視をむけていた。が、オティヌス本人、自分自身の片割れとも言えるオーディンに対し、オーディンが思っているよりも多くの尊敬の眼差しを持っている。
全知をオティヌスに奪われておきながら、戦争の神としての力を全く衰えさせず、逆にこれくらいのハンデがちょうどいいとばかりにおバカ三人組を相手取ったり、こうして堂々と他の神々に姿を見せたり……。オティヌスならばまずできないようなことでさえ、オーディンはやってのけたのだ。
通常、神は力が半減すれば取り戻そうと躍起になるか、取り戻すのを諦め、引きこもりながら神としての責務を全うするか、その二択になる。
対して、オーディンはそれでも神々の中でも中位から上位にかけての実力者であるロキ、ヘルメス、エリスを同時|(エリスは力を抑制している)に勝ち、神々の間で時折行われる会議でも、全知を本当に失ったのかどうか怪しいほどの知略を披露して見せた。
「ニョーらはニューを気にかけてるのニャー。頼ってやるといいのニャー」
「…………」
本当に、自分がオティヌスの横にいていいのだろうか……、塚原ゆかりの脳裏にそんな言葉がよぎるが……それらは全て総体に聞かされた言葉で吹き飛ぶ。
鬼灯は塚原。塚原は鬼灯。それでいい。
「…………選べニャいニャら、ニャーが選択肢を絞ってやるニぃ……」
「やめ、なさいっ!」
「離すにゃー!! セクハラだにゃー!! 助けてニャー!!」
総体に貧相(少なくとも、総体よりはある)な胸やら尻尾やらを触られ(無論他の場所も触られている)助けて助けて叫ぶケイオスの元に、鬼灯が近寄り……。
「うんうん。今楽にしてあげるからね〜」
「ちょっまっ……」
ケイオスが鬼灯に殴られる瞬間であった。
「ぷっ……」
誰かが吹いた。しかし、随分と長引いた抗争をいまだにひきづっているオーディン・オティヌスではない。
ならば誰なのか。
終始無言であったわけではない。だが、終始無表情であったゆかりが、ついに笑ったのだ。
まぁ、正直言ってしまうと、今まで溜まりに溜まっていた、『面白い』と言う感情が、ここに来て爆発したのだ。
「あははは……」
これで壊れなければまあ百点満点だろう。もちろん、これで壊れることはなかった。と言うかこの程度で壊れたらそれはもう鬼灯稀有の因子を引き継ぎすぎたとしか言いようがない。
鬼灯稀有は自分で拘束移動したがゆえに、多少の音で鼓膜が破れ、それで八つ当たりにとその場にいた全ての人間を鏖殺した記録があるほどだ。ちなみに、総体のみが知ることとは言え、鬼灯はなんと自分の笑い声で鼓膜が破れたのだ。
その程度で人を皆殺しにする。さすがは理不尽の所業であった。
「と言うか……」
「ゆかりって笑うんだね」
「………………ポッ」
なんと言うか、ひどいネタというか、細かくないのに伝わらないネタというか……。
とりあえず、また……
「さーせん」
大土下座の犠牲者が出たらしい。
閑話休題
「さっきから脱線が多いけどニャー。そろそろ、ゆかりともお別れの時間が近づいてるのニャー」
「え……?」
「ニャにをう。元々魂だけで深淵にいる方がおかしいのニャー。ゆかりんは特別だったのニャー」
「当たり前じゃん。ボクが魂の保護をしてたんだよ?」
ボクが育てましたという顔で鬼灯はドヤっているが、総体とケイオスはそんなことをしている暇じゃないとばかりにゆかりへと近づく。
「あなたに選んで欲しい道は大きく分けて三つ」
「このまま〜、神になってもらう」
「元が異分子だからな、死んでもらう、というのも他の神々は考えるだろうな」
「知識記憶とEP記憶を一部引き継いで転生してもらうのニャー」
そして、次の瞬間、この場が、深淵が崩壊した。
「まずっ……!!?」
「鬼灯、ちゃんと維持して!」
「ちょっ! 無理言わんといてな!!」
鬼灯は珍しく全力でこの場に魂を引き留めようとする。
『死んだ魂』
その保護は……諦めるしか……
「相変わらずですねー、みなさん」
天秤を手に持ち、ジャッカルの頭をした黒い肌の獣人。
ミイラ作りの神、アヌビス。
「魂の保護なら、僕を呼んでくれればよかったのに……。そんな秘密を守ってるから、こんなことになるんだよ」
ゆかりの魂の保護は、アヌビスであろうと数分しかできないとは言え、それで十分である。
「あのぉー……助けてくれるのは嬉しいんだけど……」
これ、と言いながら、ゆかりは自分の身体に巻かれた白い布を持ち上げる。
ゆかりは、包帯で思いっきりグルグル巻き……ミイラにされた。
それもやはりアヌビスのミイラ作りの神としての特性か。
「それで、さっさと決めちゃってくれる★」
地味にド下手なウィンクをかまし、総体はそう言った。
「…………オティ」
「わかっている。貴様が選ぶべき道など、私たちからすれば一つしかない」
「ここにはいて欲しくないのじゃが、死んでも欲しくない。じゃから、」
「生まれ変わっておいで」
全てを確信していたかのように、ケイオスが口を挟んだ。
そう、全て、ケイオスの手のひらの上の出来事だったのだ。魂の保護だけはしない、と決めていた総体が、その契りを破らなかった時点で、こんなことになると予想はしていた。
だからこそ、ゆかりと言う十一人の神を統合した力を持つ神が生まれるかもしれない、と言いふらし、総体の目から徹底的に逃げ、追加で神にさせると言う選択肢を総体にいい、この時点で二つの大きな選択肢を作りあげ、どちらもゆかりが選ばぬようにし、その上で自分の目的を明確にする。
「…………なるほどねぇ……君は君でボクたちに隠れて色々やってたんだね〜」
「なっ……えっ……?」
オーディンとオティヌスは知っていたからか、無言であったが、鬼灯と総体は驚愕していた。もともと、ケイオスはそんなに高位の思考力は持っていない。せいぜい普通の一般人程度のはずだった。
いや、それすらも違うのか……。
「ニャーの思い通りに動いてくれるのは、ニューだけニャ。ニャーのお気に入りはみんニャ死んじゃうのニャ……だから、サーシャだけは、サーシャだけは死ニャせニャいで欲しいのニャ。わがままを言っていいニャら、サーズ、アクアこの二人も守って欲しいのニャ」
たったそれだけのために、神々に総体今日過への猜疑心を植え付けさせたのだ。やはり、こう言うところではバカであった。しかし、それは結果だけであって、苦労した結果こうなったとはいえ、無論、楽な道もあったがそれを考えられぬバカさ。しかし、苦労するならするだけ、頭の良さが発揮されている。
ケイオスとはそう言う人物である。
「頼むのニャ」
鬼灯に首根っこを掴まれ、猫の特性か、抵抗できなくなったケイオスは、ただただゆかりからの返答を待つだけであった。
すでに転生が決定したからか、アヌビスの包帯グルグル巻きは解かれている。
ゆかりには時間がないのか、体が発光し始めた。
「…………私にとって、サーシャがどんな人なのかはわからないけど……、でも、私に与えてくれてばっかのおバカさんには、ちゃんとお返しをあげなきゃね!」
そういい、ゆかりは笑顔を見せ、手を振った。
ちなみに、この後起こった出来事として、二人揃って不幸になる人物がいた。
「えっ……! なら私にも」「ちょっ、ボクには……!!?」
二人の言葉は重なっていたが、しかし、ゆかりはもういなかった。
もう、転生してしまった。ケイオスの調整で十歳から記憶を引き継ぐことになっている。意思・感情は塚原ゆかりと同質なので、もしゆかりが変な行動をしようとも怪しまれることはない。
それに、セットで神様が二人ほどついてくるのだ。
お目付役にはなってくれるだろう。
総体今日過は肩から力を抜き、弱々しくこう言った。
鬼灯稀有はいらつきながらも、一段落した状況に感謝し、こう言った。
ケイオスは思い通りになってくれることを願い、こう言った。
「世界の果てを見ておいで、塚原ちゃん」
「子孫も、悪くないね〜」
「神様………どうか成功してくださいっ……」
もちろん、この後この発言についてボコられるのは明白であった。




