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幾星霜を煌く星々 Ⅰ

「よォ」


 誰かが言った。


「初めましてかァ?」


 誰かが言った。


「何とか言ッてくれよ。寂しいじャねェか」







 誰かが言った。







「なァ」


 誰かが、動いた。


「お前、本当ォは気付いてンだろ」


 誰かが一方的に話す。


「自分は、本物じャねェッてよ」


 話を聞く誰かは、黙るだけであった。何かを口走ることも、そこから動くことも、結局どちらもしなかった。ただただ、一方的に話され、一方的に聞くだけ。


「お前、なンか言ッたらどォだよ。それとも、何もいえねェのか?」


 誰かは、そう言った後、返答も聞かず、少ししたら勝手に笑い出した。その声は、消して聞いていて心地いいようなものではなかった。高音で、まるで魔女か何かのような笑い方。

立ち尽くし、話を聞く人は、ただその笑い声を顔色一つ変えずに聞いていた。


「オイオイ、イイ加減反応ォしてくれよ、寂しいッつッてンだろォがよ」


 その言葉には重みが、圧が、力が、全てが、籠もっていた。その声だけでも、話す『人』の実力の高さが窺えた。

何もしなくても最強になれるような、そんな全てであった。


 黒褐色の風が靡く。


 紅蓮の炎に焼かれ、降り注ぐ恵は赤く染まっていた。


「チッ」


 話す『人』はゆっくりと聞く『人』に向かって歩いていく。


「お前の名前は鬼灯稀有じャねェッつッてンだろォが」


 誰かが…………もういい。やめてくれ……。


 そんな言葉が、聞く『人』から聞こえた。


「ア?」


 話す『人』は不機嫌そうに、そう言った。まるでこれから始まる寸前であったショータイムを急に延期にされたかのような、そんな苛立ちのこもった声であった。


「テメェ………今ァ、なンつッた?」


 ゴギッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ という網田の音が響き渡る。ほとんど音がしていなかったからか、二人しか音源がいないからか、遮蔽物がないからか、その音はよく響いただろう。

話す『人』は、聞く『人』を殴ったのだ。


「オイオイ、この程度でくたばンじャねェぞ」


 そこの誰かが言った。




「お楽しみはこれからだからなァ‼︎‼︎」



 誰かは、もう止まる事はなかった。





 闇が見ている。


 RPGのように究極の選択を求められる。そんな場面ではない。もっと理不尽な場面だ。

戦うしかないなんて、そんな選択肢しか求められない。他の選択肢は死ぬ以外ない。


 光が垣間見え、闇に喰われる。


 誰かが助けてくれるなんて事はない。

やるかやらないかの二択。死ぬか生きるかの二択。


「テメェが生きよォと死のォと悲しむ奴ァもォいねェ」

「好き勝手にやれっていうの?」

「…………よォやく……よォやくだ……」


 きく『人』は首を傾げていた。殴られたことに対して抱く感情は虚無。怒りは愚か悲しみすら感じず、それ以前に、痛みすら感じずに、いまだのけぞった体勢ですらない彼女はそこに立っていた。

対して、話す『人』は、驚いたとでも言いたげの聞く『人』を見ながら笑っていた。


「苦労ッてほどでもねェが、こォしていた甲斐があッたみてェだなァ、オイッ‼︎‼︎」


 一人で淡々と話す。


「それがテメェの魂の本質ッてわけか‼︎‼︎」


 イエスともノーとも言わぬ聴く『人』に苛立ちさえも覚えないほどに、彼は楽しんでいた。

そう。


 楽しんでいた。


「ンで? その程度で終わるよォな本質じャねェだろォなァ?」


 バキンッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎⁉︎ とまるで結界が壊れたかのような激しい音が響き渡り、話す『人』……もとい鬼灯稀有が動き出す。

その速度は音速など比にもならない。その速度はまさに神速。光を置いて行っているせいか、彼の行動の仕方は、気配に頼ったもののみであった。


「さァて、殺し合ォじャねェか」


 時間は過ぎるばかりだ。


「オイオイ、ターン制だとか、攻守切り替えだとか、そンな甘ェ考えしてンじャねェぞ。所詮、この世に安置なンてモンはねェンだ。殺すか、殺されるかだ」


 どこかのお花のようなことを言いながら、攻撃も防御もせずにしている聴く『人』に、イラついた鬼灯は、渋々と、祢々切丸と呼ばれるありえないほどん巨大な刀を構える。

それで悟ったのか、聴く『人』は、剣を抜く。




「誰かに道を決められるのは、シャクね」


 聴く『人』は、彼女は、ゆっくりと、〈世渡りの剣〉を引き抜く。


 自分は誰なのか。


 彼の話を聞いてなお、思い出せないそのこと。いや、その話と記憶は関係はない。ただ、彼の話……その声に意味があった。


「私は、私だから……。私は、死んだわけじゃない」


 ただ。ただ……。ただただ、笑い合っていたかった。


 隣に、愛する人がいて、縁側で彼に寄り添って、膝に飼い猫を乗せて、笑い合えれば、それでいい。他愛ない話でもなんでも、楽しくなる。


 それを為せれば……


 いいや、為すのが……


「それが、私だから……。死ぬなんて……。諦めなんて、最初からないっ!」

「訳の分かンねェこと言うンじャねェよ。急に話変えやがッてよォ。一人で勝手に結論づけてンじャねェよ」

「私とあなたは違う!」


 彼女がそう言い続ける間も、彼の攻撃は止まることはなかった。


 彼女は、祢々切丸の一撃を、〈世渡りの剣〉で受け止め、弾き返す。その巨大さ故に大きな労力がいるとはいえ、それを避ける労力と指して変わらない労力だった。

一撃一撃が致命傷級なのに対し、彼女は全てをそらすか弾き返している。明らかに対比がおかしい。3:1だったとして、なぜ1が勝つのか……。


 彼女は……『鬼灯稀有』だ。


 だが……、たとえ彼女が鬼灯稀有であろうと、彼もまた鬼灯稀有なのだ。

しかし、彼が先に生まれた鬼灯稀有であるならば、自分は何者なのか。鬼灯稀有とは別なのか。それとも、鬼灯稀有と名乗っていただけの別の何かなのか。


 私は誰なのか。


 私は、何者でもない。


 新しい、生命だ。どこにいようと、鬼灯稀有になることはできない。私は私にしかなれない。


「そう……、私は私。あなたはあなたなのね……」

「ア? 勝手に自分で気付いて納得しやがッてよォ……。お前さッきッから鬱陶ォしいンだよ、セミならセミらしく子供のおもちャになッてろ」


 彼……、鬼灯稀有の言葉は、すでに彼女の耳には入っていない。少なくとも、彼女がそれに関して、何かを思うことは決してない。彼の言葉に、感情が左右されるようなことはない。

彼女は彼女。彼は彼。思いも考えも何も違って当然だ。


 でも……だとしても……譲れないことの一つや二つくらいあって当然だ。


「全体的に、あなたが気に入らない!」

「さッきッから言ッてンだけどな」「あなたは、ただ殺したいだけ!」


 声が重なった。


「そうだッつッてやるよ。初回サービスだ」

「ふざけないでっ!」


 その叫び声に対し、鬼灯稀有は、彼は冷静であった。


「ふざけるな? そンで? じャあオレにどォしろと? 考えもしねェで喋ッてンじャねェよ。サル並みか?」

「人を殺したいだけの人間が、ふざけてない?」


 そう、と呟く。


 破った殻を喰らって成長する蝶のように……。

彼女もまた、その新しい魂の本質は、元の本質であった『鬼灯』を喰らい、より強くなる。


 生物の成長に限界は、理論上存在しない。心の強さが力となるならば、尚更である。強い意志を持ったものが勝つ世界。だが、どんな相手にも自分のルールを押し付けるものは、どんな相手と戦っても、勝つことはない。

尊重し、理解しているものこそが、その世界で最強となる。


 不屈の勇者は、だからこそ強い。

絶対に、屈せず、諦めず、自害せずにいたからこそ、仲間と支え合ったからこそ強く、誰よりも強く、そして敵を撃ち倒し、魔王を、魔神を、邪神を倒すことができた。


 彼がここで恐怖するものは何か。急激なパワーアップ? 地力で大幅に負けているのに力を増加させたとして、彼女ができることが、彼女の大元も言える彼にできないわけがない。すぐさま埋められてしまうだけだ。

ならばどうするべきか……



「一人でできることには限界がある。でも……」



「アァ? 何ほざいてやがる」



 彼女は、ゆっくりと〈世渡りの剣〉を自身の体と平行になるように持ち、左手でその刀身を思いっきり握り締めた。

手から血が滴り、そのまま指から力が抜け始め、だんだんとプラプラし始め、次の瞬間には治り、彼女は剣ごと再生したせいで肉と肉の間に挟まり、固定された〈世渡りの剣〉を力任せに引き抜いた。


 血が飛び散り、そしてそれらは収束し、十一の血溜まりへと変化していく。


 そして、血溜まりが様々な色に発光し……

白く光った血溜まりから、赤く光ったものから、蒼く光ったものから、発光しなかったものから、全ての血溜まりから、一人ずつ、人影が順番に出てくる。


 まるで規則でもあるかのように……


 彼女の言葉は、引き継がれる。


「二人になれば、それは二倍になる」


 アルビノの、昔とは一風変わり、丸くなってしまった少年。


「私は私のできることを……」


 悲しそうにしつつ、みんなのことを大事そうに見守っている青髪の巫女のような服装の少女。


「僕は僕のできることを……」


 オレンジの髪をした学生服の少年。


「それは、各々にしかできないこと」


 灰色の長い髪をツインテールにした白いワイシャツにジーパン、ブーツを履いた高校生くらいの少女。


「だとしても、集まれば、それは一つになる」


 白と青のおり混ざったフードを身に纏った青年然とした黒髪の男。


「勇者は一人じゃない。支えられ、支えあって成り立っている」


 紫紺色の髪をサイドポニーにした軍服の少女。


「一人で何かできるなんて考えてんならぶっ飛ばすぞ」


 平静を保ちながら峻厳とした態度を崩さない、陸軍の鬼教官のような軍服の赤髪の大男。


「美しく戦うというのは、泥試合の逆ということではない。正々堂々? 関係ない。美しい戦いというのは、楽しむものだ。殺し合いなどではない。だが、相愛の死合は美しい」


 少し頭のおかしい発言をし、金の髪をくるりといじり、自分にうっとりしている女性。その服装は前者二人と同じく軍服。


「もし、その全てを手に入れたならば、それは試合に負けようが、彼らにとっての『勝利』となる」


 緑の髪をなびかせ、紅葉の刺繍を入れた袴を着ている男性。腰には日本刀に見立てて作り出された両刃刀がある。




「『一つは全てのために(ワンフォーオール)』」「『全ては一つのために(オールフォーワン)』」



 声は二つ。


 人間でも魔族でも、たとえ龍族だろうとありえない髪色……虹、七色に光る髪を持った女性。その手に握られているのは剣であった。そして、隣にいる異質な少女よりも後ろで、玉座に座っていた。


 異様な雰囲気を漂わせ、一番前に歩いて行った少女は、虹の髪を持つ女性とともにそういった。ラグビーの言葉である。

その少女の髪はあろうことか白髪などではない。透明なのだ。しかし、それで髪が透け、肌が見えることはなく、透明の髪の下に黒い髪があるようにみえた。


 少女は非力そうな見かけによらず、俊敏な動きで彼女の元まで動き、そしてそのまま彼女の手にある〈世渡りの剣〉、その刃を自身の人差し指でなぞり、指を切る。

人差し指はメスでも入れたかのようにぱっくりとわれ、中から朱色の肉が覗いていた。それでも声ひとつ出さず、顔を歪めることもなかった。


 そして……


「やっと見つけた……」


 『鬼灯稀有』を睨みつけ、その華奢の体が、内側から盛り上がり、その盛り上がりはだんだんと左右の腕に収束し、その大きさは彼女の身長の三分の二はあろうかという大きさにまで盛り上がる時もあった。


 そしてそれは一瞬、治ったかと思われた瞬間に、一気に変化を彼女の両腕にもたらした。



 蒼く光り輝く、右腕

 赫く光り輝く、左腕



 奇しくも、鬼灯稀有があつかった『扉を叩く赫き腕』と同じ。そして何よりも、その右腕は初代勇者が持っていたという右腕と同じ、蒼く光り輝くものであった。

だが、それよりももっと目を引くものがあった。


 彼女の瞳は、元々は透明で、遠くから見れば瞳がどれかすらわからないほどの色合いであったが、近くで見ればきちんと見えていた。

しかし、今はその右目の瞳孔は緑に染まり、その周り、こうさいは蒼く染まっていた。左は逆で、同じように瞳孔は緑だが、周りは赫く染まっていた。


 緑。


 初代魔王の瞳孔は緑で、左右の光彩は蒼と赫で分かれたという。



「『無限光』………」



 その効果、『扉を叩く赫き腕』『扉を開く蒼き腕』その50%を得る。


 つまり、この時点において、少女は、それぞれ150%の効力を発揮する両腕を手に入れたと言える。



「マルクト………私……私が……」


 マルクト、と呼ばれた玉座に座る女性は、ゆっくりと頷きながら、その剣の柄に手を伸ばし、握った。

それと同時に、少女が喋る。


「ダアト、やるわよ……」

「私こそが……っ‼︎‼︎ セフィロトなんだ……ッッ‼‼︎‼︎」



 狂ったような笑みを浮かべながら、少女はそう叫んだ。

その手には、彼女が持つ〈世渡りの剣〉と全く同じ刀身を持った、しかし、その色は黒に染まり、紅い筋が浮かび上がり、禍々しくなっていた。


 そして、剣に共鳴するかのように彼女の左目が変化する。

その赫の虹彩から筋がのび、その筋は目の外へ……。結膜は黒く染まっていた。


 剣の柄を握りしめた女性は、姿が一変する。女王然としていたその姿は、白い、神話に出てくる神々が来ているかのような服へと変わった。七色だった髪は、どこまでも奥のある、星空へと変わっていた。その星空は、星は、動いていた。しかし、朝が来ることはない。

剣は、白金の布で包まれていき、次第に光を強め、一つの闇へと転じていた。刀身も何もなかった。闇一色……見分けがつかなかった。横から見れば、鍔の突起があるのがわかるくらいで、それがなければ、どこから刀身でどこから柄かの見分けがつかない。


 そして何よりも、その闇一色の剣からは、闘気が迸るように、闇が柄から剣先へ、剣先から柄へと闇が迸っていた。


「チッ。ンでテメェらがいンだよ」

「我らは不変なり。神出鬼没の神々とはまた違う。似通った現象ではあるが、我らは現象だ。神々はあくまで魔術的なもの。その違いすらわからぬとは……」


 赤髪の大男はそう言いながら『鬼灯稀有』を睨みつけた。


「アァ? うッせェな。どォせ、すぐ死ぬンだからよォ、黙ッ……」


「分を弁えよ」


 ア? と『鬼灯稀有』が苛立ちをあらわにする。その声には自分が負けるのではないかという不純物は一切ない。

ただ、自分こそが『絶対正義』とでもいうかのような純粋なものしか入っていなかった。


 誰かが間違っているわけではない。


 正義の押し付け合いでしかない。泥沼。


「お前ら……秩序ッてなァ本当ォに面倒ォな奴らだなァ‼︎  アァ? オイッ‼︎‼︎」


 直後。


 ドゴッッッ、と。

鬼灯稀有の『破壊』を象徴する両腕と、ダアトの『世界』を象徴する両腕が、衝突した。


 力の割合で言えば、150%であるダアトが有利である、だが、鬼灯にはそれらでさえ無へと返す『破壊』の根源がある。

結果は、相討ちになる。


 はずだった。


「ッッ‼︎‼︎⁉︎」


 鬼灯は、後ろへと大きく弾かれた。それも、彼女の両腕で……。


 『扉を開く蒼き腕』の効果は、他の物への付与である。重ね掛けはできないが、同じ『扉を開く蒼き腕』の効果以外とは重ね掛けができる。そして何よりも、これは自分自身にも重ね掛けができる上、『扉を叩く赫き腕』とは全くの別物であるが故に、その両腕に、『扉を開く蒼き腕』の効果は発動する。

つまり、その効果の量で、鬼灯は負けた。


「なるほどなァ……。考える奴ァ嫌いじャねェ」


 鬼灯の能力は、秩序の、理の破壊。消失した秩序、理の再生。またはその破壊によって生まれた新たな秩序の破壊。つまり、鬼灯が『破壊』を重ねて使った場合、ループし、最終的にむへと還元される。ゆえに鬼灯自身、滅多に扱うことはなかった。

だが、鬼灯は今、ダアトの力を目の当たりにして、そんな馬鹿馬鹿しく、リスクすら考慮していなかった自分を嘲笑い、吹っ切れた。


 この時点において、ダアトは鬼灯の両手に触れることができなくなり、触れられることもできなくなった。


 しかし、今のダアトがその程度で止まるとは思えない。


「あははっ‼︎‼︎」

「コイツっ‼︎⁉︎」


 鬼灯稀有は戦慄した。あろうことか、ダアトは自分自身ではなく、地面を一つ一つ皮下剥がし、丸め、それを投げ始めたのだ。

本来ならば痛くも痒くもないのだが……。『扉を開く蒼き腕』の恐ろしさは、これなのだ。無機物だろうと有機物だろうと、とりあえず自分の意思で全ての物質。それこそ素粒子単位で攻撃力を、威力を上げることができるのだ。


 つまり、潜在的な50%があるからこそできる技でもあるが、空気に付与すると、風が吹くだけで惨劇が起こるのだ。


「が………ぁ……」


 声すら出させない威力の攻撃が意図もなく投げられる。これ以上の恐怖が、どこにあるだろうか。



 鬼灯稀有への勝利を、彼女でさえ確信した。

ダアトはそれほどの力の権化であった。


もしものために術式を大量に用意していたマルクトでさえ、束の間言葉を失った。




だがしかし、ここで彼女の中に一つの疑問が浮かんだ。



 昔の私は、この能力の本質を知っている。



 この能力の本質は、



どんな怪我だろうと、例え死であろうと、この力は、破壊し、反転し、生へと強制的に変えてしまうのだ……。




 彼女がそれを思ったのと、ほぼ同時。



「あはは。ずいぶんと調子に乗ってるみたいだね〜」



 ダアトの力の奔流が蝋燭の火を吹き消したかのように、掻き消え、その代わり、不可視の爆発が発生し、それはギリギリマルクトと彼女の手前で消えた。

しかし、力をかき消され、一時的に何もできなくなったダアトは、逃げる術なく、巻き込まれ、吹き飛ばされた。


 側から見れば、何も起こっていないはずなのにダアトが吹き飛んだように見えただろう。なぜなら、音すらしなかったのだから……。


 話し方も、声も、雰囲気も、全く違う。

その力の奔流、その流れ方すら違う。『破壊』はとっくに制御下に置かれ、その力は触れなくても発動する。普通は目に見えない力の奔流。それに混ざり、破壊の奔流が、現れた。


「ゆかり、君は本当に、変わらないみたいだね」


 彼、鬼灯稀有は吹き飛ばされたダアトと、マルクトの横に立つ彼女を交互に見た。


 そして、ダアトを軽く足でつつき、意識がないことを確認した。


 そして、その瞬間に、彼は、生まれ変わった鬼灯稀有は、ゆかり、とよんだ彼女の首を掴み、地面に叩きつけていた。




 地面に顔を叩きつけられる直後、ゆかり、という名前に反応し、彼女は走馬灯を見ていた。


 私は誰なのか。


 私は鬼灯稀有?


 違う。


 なら、誰なの……。中学の卒業写真に写っている私は、一体誰なのか……。


 走馬灯を超え、その先にあったのは懐かしい高校の教室であった。

そこには大量の自分が写った写真が収められている写真立てがあった。


「私は誰なの?」


 答えはきっと、もう知っている。でも、自分で否定しているだけだ。

見ず知らず、寡聞にして聞いたこともない名前が自分なのだとして、それ以上に気分が悪くなることはない。


 今までの自分が全て偽物だと言われればそりゃあ気分が悪くなるものであった。


「答えは出てるはずだよ☆」


 だ……れ………?


「神々、その全てって言えばいいかな? 本体としては初めまして★ 『神の真意』総体今日過ですっ☆」


 彼女は制服を着ていた。そして、ゆっくりと、地面にへたれこみ、彼女自身でさえも気づかなかった涙を、その華奢な手で拭き取った。


「あなたは……自分の思う自分になればいいの★」


 総体今日過は、彼女を、今は中身なき彼女を導く。


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