世界に抗う少女 Ⅵ
鬼灯稀有には才能なんてものはない。昔からそこにあるのはただ自分のために不和をなくすということだけであった。喧嘩が起これば両成敗。自分が起こしても結局は両成敗。
正義か悪かそんなのどうだっていい。結局、喧嘩なんて戦争と一緒で、自分たちの考えの押し付け合い、薄い一枚の壁で遮った程度の正義の押し付け合いなのだ。誰が正しいとか、そう言ったものは鬼灯にはなかった。
それに、両成敗と言っても、実際に手を下すのではなく、鬼灯が密かに集めていた情報……悪事を教師に告げ口するだけ。そしてもし片方にそれがなければそいつは喧嘩をおこした張本人として告げる。それをし続けることで、自然と鬼灯は教師に信頼され、周りからはただの『その他大勢』という認識をされる。
そのはずだった。その転機となったのが、異世界への転移。鬼灯は頭がよかった。それでも超人と言うほどには届かない。超人の前は? 一般人や平均ではない。だが、残念ながらこれと言って自慢できるほど、身体能力は周りより優れてはいなかったのだ。
無論、一年間と半年間ほど毎日十キロを二往復し続け、テニス、バスケなどに打ち込んでもみたが、結局そこの先生たちからは、伸び代が全くと言っていいほどない、とキッパリと言われてしまった。
才能がないわけではない。むしろ逆で、頭がいいからか、連携等には圧倒的に向いている、がしかし、それを為せるほどの身体能力がなかった。
そして、今。
鬼灯稀有には、『全て』がある。
殺せば殺すほど無尽蔵に増やすことのできる身体能力。圧倒的な知識・頭脳。特殊な能力。オティヌスやオーディン のような『全』ではないにしろ、人からすれば『全て』がある。逆に、これ以上何があると言うほどの。
鬼灯は強くなった。オリバーの前世である執行疾風のような、『全て』を手に入れた。オリバーは魔神に打ち勝つことで手に入れた。しかし、鬼灯は、自分の努力という形で手に入れた。その差は大きい。
たった一人倒して得た結晶と何人もの屍を超えて手に入れた結晶は違う。もし一人倒して得た力が、それが彼の一段目程度ならば話は違っただろうが、生憎そんなご都合主義みたいな展開はない。
鬼灯は、真の意味での結晶なのだ。
努力を惜しまなかったのがここに来て功をなしただけの話ではない。ただ一つを目標に強くなるという決意を初めて持ったからこそなのだ。そんなこと、誰でもできるが、できるがゆえに難しい。みんな、できて当たり前のことほどできないことが多いのだ。
そして何より、この決意を無意識のうちに覚えていた稀有だからこそ、とも言える。
「随分とご都合主義な頭だな」
「みんなそうだよねー」
オティヌスは無視をした。いちいち構っているような余裕は両者ともないが、鬼灯はどう考えても並列で思考している。スキルもなしに、完全に並列思考ができているのだ。話す思考とオティヌス攻略のための思考。その両立ができているからこそこんな眼根ができているのだ。オティヌスが人間だったとしても、そんな真似はできない。
オティヌスは、鬼灯を改めて化け物認定した。散々化け物だと思っていたのが、ただの一端だったのだ。異端異形その類である。
鬼灯からすれば、なんと言ったことのないいつも通りの罵声と変わらないのだが……。
「この世にさー、ご都合主義以外の思考を持った奴なんていないよねー。あはは」
鬼灯はだんだんと狂い始めている。オティヌス の目にはそんな風に映った。もちろん、それは計画の予定が狂っているとかではない。純粋に、狂気へと染まり始めているのだ。
それこそ、魔神やオティヌス達を統括する『神話』といった化け物たちよりも狂っている。
これが、正真正銘の怪物なんだ、とオティヌスは思った。
しかし、それを言えばオティヌスだって〈選定の騎士〉と呼ばれる怪物なのだ。
結局、両者共々に怪物であった。神と人間、その差を抜きにしても。
「誰かを傷つけても結局自分は捕まらないなんてさ、ご都合主義な思考だよね。罪を償う時は神にだってくる。もしボクが助けを呼んで、誰かが助けに来てくれる? ノン。そんな事はないさ。ご都合主義じゃない奴は、用意周到なのさ」
鬼灯は、パチン、と指を鳴らし、そのまま手の甲を下に人差し指と親指が垂直になるようにオティヌスに人差し指を向けた。指をさした。
ロックオン……
………完了。
ショットガンを持ってるわけでもなんでもない。
ただ、真っ直ぐに、ないはずの左腕、そのつなぎ目たる肩を動かす。
凡そ三百年か四百年ほど前現れた少女は、純白の衣に身を包み、オレンジに光り輝く左腕を持っていた。その少女は非力だったが、左腕の力は『神の創った至高の生物』を凌いだという。
そして、今の鬼灯にあるのはその結晶か。
赤く光り輝くそれを、人はなんと呼ぶのか。
「『扉を叩く赫き腕』」
ドゴォッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎
と鬼灯は身をかがめ、地面にその赫い左腕を叩きつけた。
ただそれだけのはずだった。
元よりここは土があるわけではない。あるのはただ真っ白な空間。そこに扉があったり、黒以外何も映さない窓があったり、ただそれだけの空隙であった。何かがあるわけじゃない。
そう、空隙の中にある白い空間、白い空隙なのだ。水の中にある空気の泡のように、あるだけ。
なら、壊せる。神の創ったものは意味があるからこそ壊せない。同じ神でしか、壊せない。では、意味がなければ? ただあるだけ。たまに雑事に使うだけ。
そんな雑な作りなものでも意味があったなら壊れなかっただろう。だが、ここはたまたま選んだだけであり、そしてまだ改造されていない。
つまり、まだ〈選定〉に使われる空間とは認識されていない。ならば、壊せる。あくまで可能性だが、どこまで行っても可能性。
ただ、鬼灯は負けるかけは、無駄なことはしない主義。
そんな鬼灯が無駄を、しくじることは、滅多にない!
鬼灯が地面に赫い左腕をぶつけた直後、ぴしり、ではなく、バキンッッ、という結界でも破壊したかのような、ダンジョンコアを破壊した時と似た音が響き、白い空間の一部が砕け散った。外から何かが衝突して、開いた穴かのように。上なき部屋に角があって、そして穴があいた。
外には空気すらないのか、それとも文字通り空隙が広がり、完全な虚無と闇だけが広がっている。
まず、開いた穴から空気が出ていかない。今更なぜと思うようなことはない。呆れすぎて呆れることすらなくなったように、鬼灯にはもう驚く必要はなかった。死んだのに肉体がある時点で驚きはなくなっていた。
外で戦えるのかどうか。
衝撃でがたつき、崩れ始め、瞬連を使った鬼灯をオティヌスが見失ったのと同時に、外に出る。
鬼灯の思った通り、足場は、あった。黒い空間にまるで一点の曇りもないガラスが敷き詰められているように……。だが、それが壊れることはない。
これは足場という意味を持っている上、まず下に行きたいと思えば下に行ける。上に限界はない。下に行こうと思えば行ける。つまり、重力と無重力のスイッチが自分自身の脳内で自由にできるのだ。
足場ではない。
下にゆっくり行ってみるも、こっちも限界がないのか、永遠と降りることができる。
歩くこともできる。底無し沼に沈むのではなく、個々人に合わせて底無し沼の嵩が下がっていくと言ったほうがいい。それを不可視にした。
そして、手では、腕では、掴めない、さわれない。足で踏んだり蹴ったりはできるが、それ以外ではほぼ触れることはできない。無論、倒れるだったり膝を突くだったり、そう言ったことはできるが、手で掴もうとすれば、足場など関係なく貫通する。つまり、壊せる 怖せない以前に、触れないのだ。
足で思いっきり踏み込んだりしてもびくともしないのは足では威力が足りないから。でも腕やら全身やらで攻められると壊れる。だったら触らせないければいい、そういうことなのだろう。
ちょうど、上で白い空間の壁が壊され、オティヌスが出てきて……
鬼灯はすぐさま視線を下に戻した。戦争の神様がなぜスカート系なのかはわからないが……。
とりあえず降りてくるのをじっと待つことにした。
こんな戦いの時でも鬼灯は結局アホであった。その頭を有効活用しすぎというか、娯楽に興味がないというか……。とっくに何色であったかなど忘れていろいろ策略を考え込む始末。
まあ今は女性なのだから、別に見たって文句は言われない気がするが……。そういう問題ではないようだ。
とりあえず、視線で前を、察知力を背面に大きく向けることで後ろはカバーし、何かとすんなり手に収まっている〈世渡りの剣〉を無形の位で構える。
「人間……まさか私の思っている通りのことしてたりしないだろうな!」
「いや……うん。してないよー」
虚偽を織り交ぜていない、純粋な声に、それを信じきれないどう考えても不純な女神様は理不尽であった。
「…………お前、見ただろ」
「………忘れちゃったなー」
「はあ?」
オティヌスはその金色の鋼で作られた槍を構え、鬼灯に向かったなげた。
オティヌスとオーディンの扱う二対に分かたれた槍は、どちらも威力は半減しているが、その分効果は一緒である。
つまり、だ。
その槍は、標的に絶対に当たるのだ。
理不尽。
元より『主神の槍』は投擲槍である。
そして絶対命中という効果と敵を貫いたあと自動的に手元に戻る、この二つがある。これはもともと『この槍は正しい場所にとまったままでいない』という効果の解釈、見方により生まれたものである。
そしてこれらは二つのグングニルに半分ずつ存在する。オティヌスの槍は絶対命中するという効果がある。
ただ、ここで忘れてはいけないことがある。あくまでこれらは解釈の仕方によって生まれただけ。
つまり、本質は別にある。オティヌスはそれを理解している。
「ぐッ…………‼︎‼︎⁉︎」
鬼灯の赫い左腕に突き刺さった『主神の槍』は自ら動き出したのだ。
ただし、それがオティヌスの方へ向かうことはない。
槍は自ら鬼灯の心臓目掛けて斬り裂き始めた。貫いたまま、そのまま斬り裂き始める。骨など軽々と壊して。
それが起こると予期していたオティヌスは、平然とこちらを見つめたまま動かない。強いていえばそのプラチナゴールドの髪をクルクルと回していたり、服装を気にしたりしている。
しかし、鬼灯の腕は特殊である。
生きたい、まだ復讐したい。そう願ったと同時に頭の中に左腕の権能が浮かび上がる。
「再生」
「!?」
その言葉ど同時に、切り裂いた瞬間から再生する。切り裂いたあとは一刹那も残らない。
曰く、初代魔王と懇意である初代勇者は蒼く煌く右腕を持ち、その右腕からは様々な魔術を融合した一撃や斬撃打撃、両方を同時に兼ね揃えた、ありえないほどの威力を誇る攻撃を持ったという。また、その右腕が触れたものは全て同じ効果を任意で付与できるという優れもの。その効果は右腕が基盤だとしても、右腕から全身に付与することができた。
とある伝承には、
勇者は攻撃の蒼を灯した。
では勇者に守られる民たちはどうなったのか。
彼らは勇者に守られる必要がないようになるため、相反する防御の赫を灯したという。
そうあった。だが、その伝承はあくまで一部の事実を元にして作られたフィクション。
そうサーシャはいった。
だが、サーシャはどこまでがノーフィクション、事実かを言っていない。
赫い右腕は、実在していたのではないか。
それを鬼灯は証明した。だがしかし、攻撃力魔dメオが上がった理由に説明がつかなかった。
鬼灯はそれを権能を見て理解した。勇者の蒼は攻撃を司り、上昇も減少もできたという。
ならば、再生の反対、腐蝕があるのではないか。
『扉を叩く赫き腕』
その権能、再生と腐蝕を司るっ!
この場でいう扉とは世界の扉、この世の深奥。
世界への挑戦権みたいなものだ。それが三原色『蒼』『赫』『翠』で揃った時に、手は一つとなり、扉は叩かれる、というそうだ。
が、今の鬼灯はそんなことなど知らない。手に入れた能力の名前と権能以外、何も。
鬼灯はそれを理解した上で、一応警戒しながらとはいえ、ゆっくりと斬り裂き続け、そろそろ肩に差し掛かろうという『主神の槍』の槍を掴み。
そして、槍は普通にすっぽ抜けた。
特段鬼灯が何かしたわけでもない。ただ純粋に、『主神の槍』と『扉を叩く赫き腕』の力の優先度で『主神の槍』が負けただけである。
純粋に神よりも世界への挑戦権、その力の証がかっただけ。
「それで?」
「世界を改変できるわけでもなし」
「僕に」「俺に」「私に」
「敗北をしたことは消せない」
鬼灯が一方的に話しかける。オティヌスは純粋な戦争の神ではない。あくまでその豪大な力を示せるのが戦争の神という言葉しかなかっただけなのだ。
それも神器があったときの話。
今のオティヌス は槍術に特化しすぎたがゆえに他の武器を扱う知識はあっても運用する実力・積み重ねはない。別に槍の神ではないので、他の武器も扱えるが、積み重ねがゼロな以上、鬼灯と渡り合うのは至難の技だ。
ましてや、神器すら封じて見せた彼に、一体どんな武器を使えばいいのか。〈世渡りの剣〉は神でもない、意志すら持たぬ剣の分際で自分自身で世界を転移した。つまり、神器以上である。
石のある神器とない神器では明確な力の差があるが、神器でないのに転移……しかも異界へと踏み入れ、主人についていくなど、神器を超えている。
例え完全な『主神の槍』だろうと、異界へと踏み入れることはできない。正しい場所にとどまることはないのだから。
だが、〈世渡りの剣〉はその名の通り、世界線を渡った。
それは神器という言葉で収まるものではない。
「私の負けだ」
「そっか。認めるんだね」
「あぁん?」
「いや、なんでもないっす」
「貴様が勝手に喧嘩ふっかけてきたんだろぉがっっ!!! それがっ! なんだっ!」
手元に戻ってきた『主神の槍』でオティヌスは鬼灯をツンツンする。
これでもかとブチ切れるオティヌスは、鬼灯を貫かんと様々な手法で槍を振るう。それこそ、この地形を利用してまで……。
「ちょっ! ストップ! 終わったって喧嘩は終わりぃぃぃっ‼︎⁉︎」
「待つかこんのクソ野朗っ‼︎‼︎ せっかく理解し合えると思ったんだぞっっっ‼︎‼︎‼︎」
鬼灯の絶叫が、その場に響き渡った。
しかし、それを聞いたものはおかしいことに誰一人としていなかった。
オティヌスさん、ネタキャラにならなければいいけど……。




