稀有とシズの休暇旅行Ⅵ
「テレサさんー、それはなんですかー?」
「私は奴隷です。呼び捨てで構いません。これは私の武器です」
「うん、わかったけどー、そのー、武器の形状っていうかー?」
「? 魔法剣と呼ばれるものです。魔法・魔術を扱うための杖がございますよね? あれだけでは近づいてきた魔物に対して腰にさしておいた短剣や剣を抜かねばなりません。これは魔法・魔術の媒体としても扱える上、元が剣なので、近づいてきた魔物にはこちらで対処することができるのです。考案したのは奴隷商人です」
あの奴隷商人って何者なんだろうね? いやいや、バリバリの冒険者か何かだったのかよ? なんでそんな発想できるんだよ。転生者かなんかなのかな? 神託を受け取ったとか。
わからないけど、とりあえずすごい人なんだろうな。
「テレサ、ちょっと見せてくれる?」
「はい、ご主人様」
形状は五十センチと少し、どっちかというと六十センチくらいの刃渡りを持った短剣。反撃、受け流しと言った行為ならば相当の威力を与えることができるだろう。いや、そういうふうに作られたのか。
オーダーメイドというやつか。それともあの奴隷商人本人が作り上げた一振りなのか。
軽く降ってみるが、普段から百十センチあたりの刃渡りばかり振っているせいか、違和感しか感じない上、どう考えてもテレサが成長してしまえばこんなの使わなくなりそうな予感がした。
テレサは大体アイリスより年上ではあるが、多分元々そういう体型なのか、身長が平均から並外れて低い。多分男子だったらボクと同程度の身長に育つだろうってくらいには。
そんなテレサが成長してもまあまだギリギリ扱えるかもしれないが、それでも多少振り動作を変えなくてはならない上、それに慣れていくまでも時間がかかる。簡単に言えば、どう抗おうと絶対に成長に伴い、テレサはこれの刃渡りを伸ばすことになる、というわけだ。
そりゃ時間をかけてじっくり成長する身長と同じくずっと使い続けば慣れるなんてまず当たり前だが、戦闘中の失敗が絶対に起こる。身長に対し、武器の刃渡りが短ければそれは扱いずらさと失敗のしやすさが上がる。あくまでもボクの思ったことだけど。実際はどうなのかはわからない。
「はい、返すよ」
「…………」
無言でそれを受け取り、素早く腰にさす。名前とかあるのかな? 杖剣、とか? 安直すぎるけど、まあ意外とすんなりしているのはシンプルだからか。
シンプルの方がすんなり通るってよくいうよね。無駄にゴテゴテしていると、何かを狙っている、と自分から言いふらしているようなものだし。
まあそれはそうとして。迷宮ってそんなに難しかったっけ? 元々『七星』に勧誘するつもりで購入した奴隷ですから、構成員になるか、幹部になるかは迷宮での働き次第。使えなければ即捨てる予定だ。
それに、迷宮で鍛えていたなら鍛えた階層分の強さは必ず得ているはずだ。十分な強さは期待できる。最低でも、ボクの下働きになってもらう予定だし。
で、その上で気になるのが、このレベルの奴隷で、忠義に細かく、その上主絶対守る思考君と迷宮に潜ったらどうなるか。
結論からいこう。ボクとルスは多分上層では必要なく、中層の中でも下の方でルスが参戦、ボクの出番は? ルスの強さは重々理解している。雪梅よりも強いだろうし、何よりも長年生きた老龍の経験というか、知識というか、そう言った面だけでも戦えるような化け物だし……。
はてさて、迷宮で出番がなくなるのを恐れましたので、現在ルスにテレサが小さすぎて迷宮に入れないらしく、強さの説明をあーだこーださせているうちにテレサにちょこっと入れ知恵やらを施す。
「テレサ、迷宮はみんなで攻略するものだからね? ボクを守る場所じゃない」
「ですが、主人様は優先される絶対です」
「だ〜か〜ら〜。それをやめろって言ってるの。ルスもちゃんと守るし、他の冒険者さんも守るの」
「無駄です。冒険者とは自己責任です。東風の国では魂は風に運ばれる故に迷宮で死ぬのは最低の死、と比喩されているため、迷宮内だけでは助け合いが普通ですが、ここは違います」
「…………」
なんと言えばいいか、もうよくわからなかった。冒険者ならば自己責任は当たり前だし、東風の国とやらがどこかも知らんし、まずこの知識の塊というアイテム名がつきそうな存在二号さんが何考えているかもよくわからない。
「なんでそんなにボクを守るの? 戦闘奴隷なら主を絶対守るってわけでもないだろうし。君は護衛奴隷じゃないんだよ?」
そう、戦闘奴隷は護衛ではない。護衛は護衛奴隷という専用の奴隷がいる。そっちはそっちで命を捨ててまで主人を守るらしいので、もはやルスに適任である。
「それは……」
「はっきり素直に」
「命令ですか?」
「そ。命令だよ。でも、いつか命令じゃなくなるよ」
「………私が主人を気に入っているからです」
無表情の鉄仮面少女・テレサは抑揚もクソもない声音で、そう言った。言い捨てたわけではないので、やはりそこに何かしらの思いがあるのは確実だろう。
気に入られているのは間違い無いが、なぜ気に入られているのやら。何かとルスにも気に入られているし、ボクって誰彼構わず気に入られるの? ノルンもそうだしさ。男子として男子に気に入られても何も思わないんだが……。
「…………」
今度こそ。何も言えなかった。さすがに気に入られているというのが嘘だとしても、これ以上何を言い返そうと気に入っているで片付けることがテレサにはできてしまう。絶対となった。
そう言えば『闇の使徒郵便』とやらをシズに教えてもらい、使って連絡したが、アイツ、いくいく、とか適当なこと返信してきやがって結局来てくれるのだろうか?
まあそれはそうとして。
予定通り迷宮まで来たんだけどさ。あ、ちなみにルスが頑張って説明してくれて、テレサの迷宮潜りは許された。
まあそれで、ってわけなんだけど。
「ここはどこ?」
私は誰? とまで言いたくなるが、抑えて返事を待つ。
「九十階層目です。ここは九十階層のセーフティーゾーンです。私が発見しました。近くを通った勇者一行に情報を譲っておいたので、発覚しているのは知っていました」
あ、そうですか。まずこの迷宮は百二十階層だそう。その中で一気に九十ですか? まずテレサってどんだけ強いの?
九十階層って結構やばいと思うんだ。一階層でも随分と差があるって言われてんのに九十って。おかしいでしょ。
「はあ。やっぱりボク一人で行くよ……」
ピンチになったら寝首掻きにやってくるかもしれないし。
「断ります」
「命令。ルスと同伴しろ。ボクの護衛はいらない」
「…………わかりました」
少し寂しそうに言ったけど、同情するつもりはない。
伊達に『淑女』級のステータスを持っているだけはある。ちなみに【深淵の歩】から得られたスキル効果は下に地面があれば空中を歩ける、という効果であった。二凸……魂の本体を得ること……すればどこでも歩けるかもしれない。水上歩行になるのかな? それとも下が最初地面でなくとも歩ける、とか? 三凸はないからなんとも言えない。
結構便利だが、さすがに一凸では五歩が限界みたい。試したけど、五歩以上はそのまま落下する感じ。
ちょうど、その時だっただろうか。
「あんレー? 君、本当ニ人間なノー?」
そんな声が聞こえ、ボクの後ろに悪夢のような力の権化が現れた。あくまで気配だけだが、それだけでも、禍々しさは十分伝わってくる。
いつも通り、戦うために振り向いた。
そこにいたのは……
ちょっと待ってほしい。
まず、なんだこの気持ち悪いリアル触手をはやした人型マック○ク○スケは。まず喋るとか聞いてねぇし! 原作でも喋らねぇわ! ふざけんな気持ち悪い。つか触手系魔物とかいらねぇし!
ただウネウネするだけだろ! 男子相手にはっ!
ん?
男子相手に、は?
その言葉を反芻し、慌てて、自分の胸部を触る。
あらまあ。なんということでしょう。フニフニとした感触がッ!
もうやだぁー、とこの日初めて人生を悲観した。
なんでこんな時に限って能力が裏目に出るんだよっ! と心の中で叫んだが、それで現実が変わるわけもなし。自分自身の能力には【破壊】は機能しない。改変はできないし、急にスキルを自由自在に操るなんてできるわけがない。
だがしかし! こいつはまだ喋るんだ! 何か話し合いで終わらせることができるかもしれない。
某有名なスケルトンが出てくるあの避けゲーでも話し合いでどうにかできるんだから、こっちでもできるはずだ。あれも魔物だし。
あ、殺せば終わりか。
いや……生理的に無理やわ。なんていうか、多分心の方が勝手に女子になってるのか、行動が途中で止まってしまう。
心が女子になってたら終わりだわアホ。
とりあえずスッパリ斬ってしまえ!
と。まあそこまでの威勢は良かったし、最近まあが口癖になっている自覚もあったし、とりあえずそれでいいや、と思って自分の排除欲に従って攻撃しに走った。
端的に言えば、それがまた間違っていた。相手が、本当に職種しか使わないのか、そこを疑うのを、忘れてたんだ。
グジャ、と音にならないような、何か、まず固形物ではなく、気体と液体の中間のような物質が背中にあたり、腹まで一気に貫通した。
これぐらいで、人は時間が経てば死ぬ。
つまり、ボクは今この場で、ある間違いを犯した。
どんなに向かっても触手はうねるだけで、余裕だと思い違いをした。そして正確には、暗闇であるこの場を目が慣れているからと放っておき、触手と本体だけに集中したのもいけなかった。
これの本質は、【深淵に沈む常世の闇】とか呼ばれるやつだ。というか、ゲームでいうところのラスボスなはずなんだけど。
なんでそんなラスボスが普通に闊歩しているんですかねぇ? え? テレサ強くない? こんなところで修行してたの? そういう考えが、今となってはでてくるも、残念ながらその時のボクにそんな余裕はなかった。
「うえぇ」
口の中にこみ上げてきた鮮血を吐き出し、次の行動に……移れなかった。
写ろうとして、すでに自分が地面に横たわっていることに気付いた。吐血して外に出て行った鮮血どももちゃんと地面に横たわって吐いていたらしい。
え?
時間に支配されている、とでも言えばいいのか。体がすでに、動かない。何もされていない。
多分、この時のボクもきっと理解していたんだろう。だが、それはあくまで頭の中……その本当に深い、深遠のさらに深淵。
結論から言おう。
ボク、鬼灯稀有は、この時点ですでに、死にかけていた。




