闇夜に紛れし閃光①
「纏わる影よ」
中二病的なセリフを吐きつつ、刀を鞘から抜き放ち、一閃。
一時的とはいえ、彼女は間合いを拡大できる。それも、一メートルとか二メートルの話ではない。
いや、剣士からすれば、その程度でも十分脅威たりえるが、彼女はその五十倍。
実質、彼女の間合いは五十メートルあるのだ。
それでも、あいつらは抜けてくる。
仕事が終わらない。足止め。足止め。足止め。
殺してはいけない。
罪なき人を殺すのは、決して許されない。罪を背負っていようが、自分を殺そうとしていようが、簡単に殺すなど、そんな事はしてはいけない。
それが、あの人の教えだったから。
殺した事のある者とない者では、剣の重みが違う。殺した者は、剣に重みが増す。つまり、背負っていく。一生……。
「おいおい、少し前に気を付けろって言ったばかりだろ?」
「先生……」
彼女にとって、あの人とは先生である。
自分と同年代でありながら、その精神年齢は圧倒的に上。彼女に剣術や魔術をたたき込んでくれた、師匠なのだ。
彼女は彼を先生、と呼んだ。
彼はそれを受け入れた。ただそれだけの関係である。そのはずだった。
彼女はさらわれたことがある。
その時、先生が颯爽と駆けつけ、縄だけほどき、あとはそこらで売っている剣だけ渡して、修行修行、と特訓をさせられた。
結局、最後は彼の忠告とともに、助けてもらった。
同年代にお姫様抱っこをされたのは恥ずかしかったが、同時に心のどこかで嬉しいと思う自分がいたのも事実だった。
容姿端麗とは言われるが、彼女はとあることに悩んでいたりする。
それはそうとして、彼女は仕事にとりつかれた。
一日に何十件もの仕事を終わらせ、寝る間も惜しんで動き続ける。
寝たとしてもせいぜい三十分程度。少ししたらすぐに仕事だ。
そんな彼女は同時に、剣術や魔術と言った類にも秀でていた。
それ故に、貴族から狙われる日々。下手をすると王族が手を回してくる可能性すらある。今はまだそこまで噂が回っていないのだろうが、もし、もしも回ってしまえば、賞金をかけられる可能性があった。
それが、今の結果だ。
あの時、そう自覚したときに仕事を抑えて、遊びを取り入れればよかった。だが、彼女は働いた。誰かのために……。
そして、噂は王族の耳にまで入った。
当然、賞金をかけられた。生け捕り、という条件があるからこそ、死なない。とはいえ、それに乗じて殺される可能性もあった。
事実、一度だけ、本気で殺しにかかってきた人がいた。
あの時は通りかかった人が助けてくれたが、それでも運が悪ければ死んでいただろう。いや、殺し返せば……。あるいは、本気で生きようとすれば……。話は別だったかもしれないが……。
「さて、確保」
ギュッ、と。
彼女のことをいきなり、先生が抱きしめた。確保、という言葉と共に……。
彼女は抵抗する事はなかった。
しかし、これだけは、と。一つだけ訊こうとした。
「先生は、どっち側ですか」
「ん? どういうことかな?」
「先生は、私の味方なの? それとも、賞金狙いかしら?」
先生にそう聞くと、笑われた。
何が面白いのかしら。全くわからないわ。
「どっちでもないよ」
ピュッ、と。
彼女の剣が神速の動きで彼の首筋に当てられる。
予備動作もほとんどなしに、この速さ。
殺そうと思えば、先ほどの追手も殺せただろう。事実、先ほど放った抜刀には、追手の一人も目で追えていなかった。
というか、追ってというより賞金狙いの人間だろうが……。
「俺は君を幼なじみとして、俺の主にお目通りさせようと思ったのさ」
「…………?」
理解できない、という様子の彼女に、彼……先生……オリバー=アマンドは、彼女を抱き抱える。
「えっ……ちょ……」
普段は冷静沈着な彼女が、珍しく女の子らしい声を上げ、顔を真っ赤に染め上げる。
「さて、飛ばすか。早く行かないと四人、埋まっちゃうだろうからな」
タンッ、と。
軽快なステップをしていた時のような、聴いていて心地のいい音と共に、夜空を青と白の執行服を着た影が飛ぶ。
それに倣い、彼女でさえ気づけなかった存在が何人も飛び出す。
それらは、黒い服装をしていた。警戒して、降りようとした彼女を、大丈夫だとオリバーは静止する。
「あれは、俺の部下だよ。優秀な、ね」
事実、オリバーには十一人の執行官がいる。
オリバーを〇席とし、十一人。その十一の座に、序列はない。全員が平等であり、オリバーが認めた秀才たちである。
「我が主人、戻ったよ。七星に彼女を入れて欲しいんだけど……」
オリバーの視線の先には、七星の証をつけた9歳ほどの少女が立っていた。
オリバーは理解できる人間だ。すなわち、彼女は時雨だと理解できた。
「本当に時雨を従わせるか……すごいな……」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「はは、君はそんなことを言わなくていいんだよ。ふんぞり返ってれば全部俺が終わらせて、勝利を捧げるさ」
「うるさい、期待の星」
オリバーは苦笑しつつ、彼女を鬼灯の前に押し出した。
神に捧げる供物のように……。
「彼女は……雪梅。俺の弟子さ」




