EP 8
大宇宙管理局・執行部権限発動! イキり転生者のチート強制凍結
大型総合ホームセンター『タローマン』帝都南店、その資材館の休憩ラウンジに、張り詰めた沈黙が落ちた。
宙を舞う木屑。ひび割れた魔導タイル床。
そして、俺——アルディス外れ交番巡査長、リオン・フォン・アルディスが突きつけた黒革の警察手帳。
金文字で刻まれた『大宇宙管理局・カスハラ部・執行部』の紋章が、逆巻く炎の照り返しを受けて神々しくも冷徹な光を放っていた。
「——大宇宙管理局・カスハラ部・執行部の権限により、貴様のチート能力を強制凍結する!」
俺の唇から紡ぎ出された宣告。
それは、この世界を管理する上位次元の最高法規に基づいた、絶対不可侵の行政執行命令だった。
ピキィィィィィィィィンッッ!!
空気が凍りつくような、甲高くも澄み渡った金属質の破壊音が店内に木霊した。
巨漢の用心棒バランが両手に滾らせていた紅蓮の爆炎——ユニークスキル【爆裂火薬付与】の禍々しいオーラが、まるで超低温の液体窒素を浴びせられたかのように白く凍結していく。
青白い霜が魔力の陽炎を覆い尽くし、次の瞬間、サラサラと粉末状のガラス片となって虚空へ霧散した。
「な……ッ!? な、なんだ……!? 炎が……俺の魔力が消えただと……!?」
バランが血走った目を剥き出し、自分の分厚い掌を何度も握り直す。
だが、いくら魔力回路を激振させようと、指先からは煙の一筋すら立ち上らない。
「馬鹿な……! 俺のステータスウィンドウが……全項目、真っ暗にグレーアウトしてやがるッ!? 【爆裂火薬付与】だけじゃねえ、筋力強化も、火炎耐性も……何もかも使えねえぞッ!?」
「言ったはずだぞ、バラン」
俺は冷え切った視線で、狼狽える巨漢を見据えた。
普段なら「手取り十六万の小市民公務員」として、給湯室の緑茶を啜りながら事なかれ主義を決め込んでいる俺だ。だが、母マリアを脅かし、善良な市民が働くタローマンを焼き払おうとしたこいつの凶行は、俺の中の『現場責任者スイッチ』を完全に押し切っていた。
「理不尽なチート能力を振り回して他人の日常を土足で踏みにじるイキり転生者のスキルなんざ、大宇宙管理局から見ればただの違法クラックツールに過ぎないんだよ。不法アドオンアプリは強制アンインストールがお似合いだ」
「ふ、ふざけんじゃねえぞオラァッ!! スキルが使えなくたってなあ、俺にはこの電磁スタンバットと、鍛え上げた百五十キロの筋肉があんだよォッ!!」
逆上したバランが、床に縫い付けられていた電磁バットを力任せに引き抜き、俺の頭蓋骨目掛けてフルスイングで振り抜こうと腕を跳ね上げた。
「死ねや、落ちこぼれの三男坊がああああっ!!」
「リオン様の前で、その汚らわしい棍棒を振り上げるなど——言語道断ですわッ!!」
疾風が奔った。
俺が動くまでもなかった。
横合いから踏み込んだのは、プラチナブロンドの長い兎耳を殺気で逆立たせた月兎族の亡命姫・キャルル。
彼女の足元——鋼鉄の先芯が埋め込まれた『タローマン特注・重作業用安全靴(対ドラゴン踏み付け強化型)』が、床を蹴り抜いて爆発的な推進力を生み出す。
ゴゥッ! と大気を切り裂く音速の踏み込み。
キャルルは低く沈み込みながら、体重の全てを乗せた右掌底を、バランの突き出た顎の先端へと下からカチ上げた!
「月影流体術——『顎砕き(あごくだき)』ッッ!!」
ドッガァァァァァンッッ!!
鈍重な破壊音が響き、百五十キロのバランの巨体がふわりと浮き上がった。
下顎の骨が軋みを上げ、脳を直接揺さぶられたバランの白目が露わになる。
並の人間ならこの一撃で即死していてもおかしくない衝撃だ。
「がはっ……!? あ、あが……っ!?」
「ひ、ヒィィッ! バランのアニキが素手の一撃で浮かされたァ!?」
「撃て、撃てェッ! あのウサギ女をハチの巣にしろッ!」
背後に控えていたアルディス伯爵家の黒マント私兵二名が、腰の魔導連発銃を抜き放とうとした。
——だが、その銃口がキャルルを捉えるよりも早く、頭上から華やかな電子音声が響き渡った。
「はーいそこまで〜☆ ゴッドチューブ緊急生配信【タローマンで暴れる伯爵家のチンピラ私兵を天使が成敗してみたwww】、ただいま同接五百万人突破で〜す!!」
パッと資材館の天井付近が神々しい黄金の光に包まれる。
純白の翼を広げてホバリングする月給二億円のトップインフルエンサー・天使キュララ!
彼女の全身が眩い装甲に包まれる。
「ホーリー・メイクアップ!!」
パワードアーマーへと変身を遂げたキュララの両手に現れたのは、米軍特殊部隊仕様のアサルトライフル『M4カービン』!
キュララはウインクを飛ばしながら、一切の躊躇なく引き金を絞った。
ダダダダダダダダダダダダッッ!!
「ぎゃああああああっ!?」
「お、俺の手首があああっ!?」
上空からの神業じみた精密射撃!
放たれた神聖魔導弾は、私兵二名が握っていた魔導銃のシリンダーと引き金を寸分の狂いもなく粉砕し、彼らの手首を激痛で麻痺させた。銃を取り落とし、床を転げ回る私兵たち。
「リスナーのみんな、特定班カモン☆ はい、あの私兵二人の顔面認証完了〜!」
キュララが空中に展開したホログラム画面に、恐ろしいスピードでコメントと個人情報が雪崩れ込んでくる。
『特定完了! 左の男:アルディス伯爵家私兵隊・ギルバート(28歳)! 実家は帝都下町のパン粉屋! 裏垢で貴族令嬢の悪口を垂れ流してるチー牛!』
『右の男:同じく私兵隊・ボブ(31歳)! キャバクラのツケが金貨二十枚溜まってて親父に泣きついてる最中! 実家の電話番号はこちら!!』
「な、なんで俺のキャバクラの借金までバレてんだァァァッ!?」
私兵ボブの魔導通信石が、けたたましい着信音を鳴らし始めた。
スピーカーから漏れ出す、父親の怒号。
『もしもしボブかッ!? あんたタローマンで何やってんだいッ! ゴッドチューブで全世界にお前の面が晒されて、実家のパン粉屋に抗議の生卵が投げ込まれてるんだよッ! 今すぐ土下座してお巡りさんに捕まりなさいッ!!』
「お、親父ィィィィィッ!?」
デジタルタトゥーの恐怖に私兵たちの精神が完全に崩壊していく。
だが、まだ終わらない。
資材館の奥から、純白のローブを優雅に揺らしながら次期エルフ女王候補ルナが歩み出た。
「あらあら、逃げようとなさるなんて無駄な足掻きですわ♡ 『茨の檻』」
ルナが細い指先をスッと翻すと、タローマンの資材棚に積まれていた木材や観葉植物の鉢植えから、無数の太い荊の蔓が蛇のように猛烈な勢いで噴き出した。
蔓は宙を舞う私兵たちと、よろめきながら立ち上がろうとしていたバランの四肢に瞬時に巻き付き、ぐるぐる巻きのミノムシのようにガチガチに拘束する!
「ぐぬぅぅっ!? な、なんだこの植物……抜け出せねえっ!?」
「うふふ、暴れれば暴れるほど、世界樹の棘から『猛烈な筋肉弛緩毒』が染み出しますのよ♡ おとなしくしていらっしゃいな♡」
天使のような微笑みで凶悪な毒をプレゼンするルナ。
そして——トドメの強奪者が、臙脂色の芋ジャージを棚引かせて疾走してきた!
「悪党の隠し財産と裏金……私の『貧乏神』の嗅覚からは、絶対に逃げられませんわァァァッ!!」
人魚姫リーザが抱え持った『お賽銭箱型掃除機』!
吸込ノズルが、身動きの取れないバランと私兵たちの胸ポケット、そして異次元ポーチへ向けて突き刺さる!
スイッチ、マキシマム・オン!!
ズボボボボボボボボボボボッッ!!
「ぎゃああああああああっ!? 俺の伯爵家からの前受金、金貨百枚がああああっ!」
「ルナPayの残高も、隠し持ってた換金用の金塊も吸い取られていくうううっ!!」
「吸い込みますわ! すべて吸い込みますわよ〜〜!! 貴方たちの不義の富は、タローマンの修繕費および、私の向こう半年分のカツ丼代として全額没収ですのーーッ!!」
ジュボボボッ! と音を立てて最後の銅貨一枚、さらには魔導クレジットカードのポイントに至るまで綺麗サッパリ吸引され、三人の財布はペラペラの紙くずと化した。
全財産を吸い尽くされ、毒の蔓に縛られたバランだったが、なおもその瞳には凶暴な光が残っていた。
「く、クソが……! スキルが消えても……金がなくなっても……これがある限り、俺の勝ちだぁぁぁっ!」
バランが奥歯で噛み砕こうとしたのは、先ほど手元に隠し持っていたガラスアンプル——高純度濃縮された違法魔導薬品『陽薬草の過剰濃縮液』だった。
割れれば自爆性の猛烈な爆発と猛毒の熱波が資材館を包み込む。
「この店ごと……てめえら全員、道連れにしてやるぜえええッ!!」
「——させねえよ」
ジャキィンッッ!!
乾いた重厚な金属音が、バランの耳元で冷酷に響き渡った。
俺が背中のガンラックから引き抜いた主武装——『魔改造レミントンM870』。
前世の社畜時代に叩き込まれた迅速な初動対応と、天使長ヴァルキュリアによる地獄の特訓で研ぎ澄まされた銃口が、寸分のブレもなくバランが咥えようとしたガラスアンプルの先端を正確に捉えていた。
「装填弾薬——属性魔導弾『クリムゾン・バレット(極小爆縮型)』」
俺の『犬のお巡りさん』の嗅覚が、アンプルの薬液の配合比率をミリ単位で解析し終える。
ただ破壊するのではない。
爆縮の熱量によって、薬品の揮発成分を一瞬で焼き切り、無力化するための精密射撃。
「消し飛べ」
ズドォォォォォォンッッ!!
レミントンM870の銃口から吐き出された紅蓮の光弾が、バランの口元からわずか数ミリの空間を撃ち抜いた。
激しい閃光とともに、危険極まりないガラスアンプルが粉々に粉砕され、内部の『陽薬草の濃縮液』が超高温の魔力熱によって一瞬で無害な水蒸気へと燃え尽きる!
バランの口内には、ただ苦い燃えカスの灰だけが残された。
「ぶ、ふべぇぇっ!? あ、アンプルが……一瞬で灰に……!?」
「終わりだ、バラン」
俺は流れるような動作でショットガンを背中へ戻すと、腰のホルスターから鈍色に輝く鋼鉄の手錠を引き抜いた。
膝をバランの背骨に乗せ、体重をかけて床に組み伏せる。
ガチャリ。
ガチャンッ。
冷たい鋼鉄の輪が、バランの両手首を完璧に拘束した。
「帝都刑法第百三十条、威力業務妨害、建造物等損壊未遂、恐喝、ならびに特定危険違法薬物所持の現行犯で逮捕する。……ワッパ完了だ」
静寂が資材館に戻った。
チートを凍結され、顎を砕かれ、全財産を吸われ、最後の一手まで完全に封じられたバランは、もはや抵抗する気力すら残っておらず、泥のように床へ突っ伏して泡を吹いていた。
「う、うぅ……俺の……俺のチート無双人生が……こんなホームセンターの資材館で……」
「お前の行き先は華やかなハーレムじゃねえよ」
俺はバランの後頭部を見下ろし、冷ややかに告げた。
「北方極寒海域のマグローザ一本釣り漁船か、あるいはドンガン地下炭鉱でツルハシを振るう強制労働だ。そこで一生、自分が壊そうとした社会のインフラに感謝しながら汗水流して働きな」
十五分後。
通報を受けて駆けつけた帝都警察本部の警備護送馬車が、資材館のバックヤード前に横付けされた。
駆けつけた屈強な本部警官たちが、完全に戦意を喪失したバランと私兵二名を縄で縛り上げ、護送車の鉄格子の中へと放り込んでいく。
「いやあ、見事な手際だったぞ、アルディス外れ交番のリオン巡査長! あの危険な転生者用心棒バランを、店舗の被害を最小限に抑えて無傷で現行犯逮捕するとはな!」
本部の警部補が感心したように俺の肩を叩く。
「いえ、日頃の訓練の成果と、現場に居合わせた協力者たちのおかげです」
「うむ! この検挙実績は直ちに本部の査定会議へ送る。君の昇級試験の推薦枠、確実に前進したと思っていいぞ!」
本部の警官たちがバランたちを乗せてドナドナと走り去っていくのを見送り、俺は深く、長く息を吐き出した。
肩の力を抜き、制服の埃を払う。
「ふう……。なんとか、タローマンを燃やされずに済んだな」
「リオン……!」
駆け寄ってきたのは、緑のエプロンを両手で握りしめた母マリアだった。
その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「母さん、怪我はなかった?」
「ええ、私は大丈夫よ……! それよりリオン、本当にありがとう……! こんなに強くなって、立派にお巡りさんのお仕事をして……母さん、誇らしいわ……!」
母マリアが俺の手をぎゅっと包み込む。
その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた緊張がほどけていくのを感じた。
するとすかさず、横からキャルルが猛烈な勢いで割り込んできた。
「お母様! リオン様のこの勇敢で凛々しいお姿、ご覧になられましたか!? 悪党を前に一歩も退かず、法と正義を執行するそのお姿……! 私の心音が、まるで教会の鐘のように高らかに鳴り響いておりますわ……♡ リオン様、やっぱり貴方は私の魂の伴侶です……!」
「キャルルさん、感動の親子対面を台無しにする勢いで心音に執着するのやめて!?」
「ふふふ、お母様が無事で何よりでしたわ♡ もしお怪我をなさっていたら、あの男たちの手足を切り落としてタローマンの腐葉土に混ぜ込むところでしたのに♡」
「ルナさんも笑顔で猟奇的なこと言わないで!?」
「リオンっち、おつかれ〜! 今の逮捕シーンの切り抜き動画、ゴッドチューブのショート動画でバズり散らかして再生数一千万回超えたよ☆ 『イケメン警察官のチート凍結ショットガン最高!』ってコメントで埋まってる〜!」
「ネットの拡散力が恐ろしすぎるんだよ……」
頭を抱える俺の足元で、リーザはお賽銭箱型掃除機の底を開け、ジャラジャラと吸い込んだ金貨を数えながら至福の表情を浮かべていた。
「ふふ……ふへへ……金貨百枚……! これで今夜は、タローソンの高級肉まんが食べ放題ですわぁぁぁ!!」
「おいコラ、それは事件の押収品だ! 勝手に私腹を肥やすな、証拠品として本部に提出するぞ!」
「ひゃああっ! お巡りさんのケチーーッ!!」
いつもの賑やかすぎる掛け合いに、母マリアがくすくすと笑い声をあげた。
資材館の店員たちも集まってきて、拍手と感謝の言葉を口々に投げかけてくれる。
だが——。
俺の『犬のお巡りさん』の嗅覚レーダーは、バランが床に落としていった黒革の書類カバンから漂う、決定的な「異臭」を見逃していなかった。
「……ん?」
俺は屈み込み、カバンのファスナーを開けた。
中から出てきたのは、分厚い羊皮紙の束。
そこには、アルディス伯爵家の血判印とともに、帝国全土を揺るがしかねないドス黒い記録が克明に記されていたのだ。
・『違法魔導薬品・陽薬草の密輸ルートおよび裏金分配表』
・『帝国国税局に対する過去十年間の巨額脱税工作記録』
・『平民労働者の違法奴隷売買契約書(グレゴール伯爵直筆サイン入り)』
「これ、は……」
目を見張る俺の横で、ルナがエメラルドの瞳を妖しく細め、純白の指先で書類の端を撫でた。
「あらあら……ずいぶんと真っ黒な『裏帳簿』ですこと♡ 世界樹の根が吸い上げる腐敗の泥よりも、ずっと濃厚で醜い悪意が詰まっておりますわね♡」
「アルディス伯爵家……父グレゴールと、兄貴たちの仕業か」
俺の呟きに、キュララがニチャアと邪悪な笑みを浮かべて魔導スマホを構えた。
「ねえリオンっち☆ これ、ウチの配信で全世界に大公開しちゃったら……あの偉そうな伯爵家、一発で社会的即死(炎上)確定じゃない?」
「……ああ。その通りだ」
俺は書類をきっちりと閉じ、制服の胸ポケットへと収めた。
十年前、無能のハズレスキルだと罵られ、母マリアと共に寒風吹きすさぶ荒れ地へと叩き出された日の屈辱。
そして今なお、こうして暴力と権力を使って俺たちのささやかな生活を脅かそうとする傲慢な貴族たち。
普段は争いを好まない小市民巡査長だが——売られた喧嘩を途中で投げ出すほど、お人好しでもない。
「キャルル、リーザ、ルナ、キュララ。……明日は朝から、帝都一等地のアルディス伯爵邸へ出張捜査(ガサ入れ)に行くぞ」
「「「「了解ですわ(了解〜☆)!!」」」」
四人の美少女たちの声が、力強く重なった。
腐敗した名門貴族アルディス伯爵家に対し、異世界のお巡りさんがワッパを片手に引導を渡す時が、遂にやってこようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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