EP 6
月給2億のゴッドチューバー! 銃器をぶっ放す天使キュララ
ルナキンでの偽金貨騒動をなんとか銀貨十八枚の自腹で切り抜け、俺たちは這う這うの体で4LDKマンションの401号室へと帰還した。
リビングのソファに、たんこぶを擦りながら「うふふ、少し頭がクラクラいたしますわ♡」と微笑む天然サイコパスエルフのルナを放り投げる。
気絶から復帰したばかりだというのに、相変わらず後光が差すような神々しい笑顔だ。本当にタチが悪い。
「ふう……危うく偽造通貨行使の共犯で帝都警察本部に連行されるところだったぞ。まったく、お前らといると寿命がどれだけあっても足りん」
「も、申し訳ありませんリオン様……! ルナさんには後で私から、きっちりとコンプライアンスの重要性について三時間ほど正座で説教いたしますので……!」
キャルルが人参柄のハンカチを握りしめ、長い兎耳をぺたんと倒して恐縮しきっている。
その隣では、芋ジャージ姿のリーザがルナキンのレジ横からくすねてきた無料クーポン券をテーブルの上に並べ、「次回はポテトが無料ですわ……ぐふふ……」と涎を垂らしていた。
その時だった。
廊下の最奥、防音魔法がびっしりと施された重厚なドアが、ガチャリと音を立てて開いた。
「ハローエブリバディ〜! 本日のゴッドチューブ生配信『【寝起きドッキリ】魔導手榴弾のピンを抜いて隣の部屋に投げ込んでみたwww』、無事に同接八十万人突破で大盛況のうちに終了で〜す☆ ふぅ、マジでウケたしリスナーの財布ガバガバで草生えるわ〜」
現れたのは、息を呑むほどに華やかな美少女だった。
頭頂部には淡い黄金の光を放つ光輪(天使のエンジェルハイロゥ)がふわりと浮かび、背中には雪のように純白な小さな翼が一対。
ゆるく巻かれたストロベリーブロンドのツインテールに、アメジストのように煌めく大きな瞳。
オーバーサイズの魔導パーカーからスラリと伸びる絶対領域、手元には最新型の魔導スマートフォンを器用に操る長い指先。
天界セレスティアから人間界へ舞い降りた、大陸トップクラスのメガインフルエンサー——ゴッドチューバー天使・キュララその人であった。
「あ、キュララちゃん! 配信お疲れ様ですわ!」
「おつかれ〜キャルル。……ん? てか誰その男。制服着てるし、帝都のお巡りさん? え、まさかキャルルの満月の日のカチコミが遂に本部にバレてガサ入れ入った感じ〜?」
キュララは手元のスマホをリオンへ向け、ペロッと舌を出した。
「初めまして。アルディス外れ交番勤務の巡査長、リオン・フォン・アルディスだ。ガサ入れじゃなくて、君の同居人たちの保護者面談みたいなもんだよ」
「へー! リオンっちね! あ、ちなみにウチ、月給二億円のトップ配信者だから☆ 案件とスパチャで毎月魔導口座が爆発してんの。よろしくね〜!」
屈託のない笑顔で、とんでもない額面の月収をサラリと言ってのける天使。
手取り十六万の小市民公務員である俺の心臓に、鋭利な刃物がブスリと突き刺さった。
純金百キロのルナといい、月給二億のキュララといい、このシェアハウスの資本力はどうなっているんだ。
ピンポーン、と玄関の魔導チャイムが鳴った。
「あ、ウチが頼んでた『ルナイーツ』届いたっぽい! 取ってくる〜!」
パタパタと小走りで玄関へ向かったキュララが抱えて戻ってきたのは、漆塗りの豪奢な三段重箱だった。
蓋を開けた瞬間、リビングに神々しいまでの磯の香りと、炊き立ての酢飯の甘酸っぱい匂いが立ち込める。
「じゃーん! 帝都随一の高級寿司屋『太郎回転寿司・極み離れ』の、特上プレミアム握り桶盛り合わせ〜! 金箔が散らされた本マグロの大トロに、北方海域獲れたての濃厚ウニ、プチプチ弾ける極上イクラ! リスナーが『キュララたんの美味しい顔が見たい!』ってルナPayで三百万全額奢ってくれたんだよね〜☆」
割り箸をパチンと割り、キュララは大トロを一貫つまんで口へ放り込んだ。
「んん〜〜〜っっ! 脂がジュワッと溶けて最高〜〜! やっぱり人の金で食う特上寿司は脳汁出まくるわ〜!」
恍惚の表情を浮かべるキュララ。
——その真横で、ギリギリギリギリ……! と激しい歯ぎしりの音が鳴り響いていた。
見れば、リーザが血走った目でキュララの寿司桶を睨みつけている。
手元にあるのは、百均のプラスチックボウル。
中に入っているのは——今朝、帝都の公園でむしり取ってきたばかりのタンポポの葉とオオバコ、そしてタローソンで貰ってきた無料の粗塩をパラパラと振りかけただけの、名状しがたき『雑草青汁サラダ』だった。
「……ぐ、ぐぬぬぬぬ……っ! 大トロ……ウニ……イクラ……! 同じ屋根の下に住んでいながら、片や月給二億円で特上寿司、片や年収数千円で公園の野草……! これが……これが資本主義の生んだ暗黒の格差社会ですのね……ッ!」
バリボリ、ジャキジャキ……!
苦虫を噛み潰したような顔で、青臭い雑草を涙目で咀嚼するリーザ。
「あ、リーザちゃんも食べる? ……って言いたいとこだけど、ウチら『大食い企画の裏で一口だけ食って、カメラの下に隠れたリーザちゃんに残りのカツ丼十杯を食べさせるヤラセ配信』でこの前炎上しかけたからなぁ〜。コンプラ的にリスナーの差し入れは分けられないんだよね☆」
「鬼! 悪魔! 金の亡者天使ーーッ!!」
「天使だけど〜? てか貧乏が嫌なら、リオンっちに頼んで交番の福利厚生カツ丼毎日せびればいいじゃん」
「税金と俺のポケットマネーを当てにするな」
俺が呆れて突っ込んだ、その時だった。
ピピッ! ピピッ! ピピッ!
キュララがテーブルに置いていた魔導スマホから、けたたましい緊急警戒アラートが鳴り響いた。
「ん〜? なにこれ……帝都警察本部の広域犯罪速報? ……うわ、ヤッバ!」
キュララが空中に魔導ホログラムを展開する。
映し出されたのは、帝都中央銀行の防犯魔導カメラの映像だった。
重厚な戦闘服に身を包み、魔導ライフルや軍用バズーカで重武装した男たちが、銀行の窓口を破壊して行員たちを床に組み伏せている。
『帝都警察のブタどもに告ぐ! 俺たちは転生者武装集団【ブラック・バレット】だ! 金庫の金貨一万枚と魔導装甲車を用意しろ! さもなくば、この人質五十名の首を一人ずつ刎ねていくぞッ!!』
画面の中で、リーダーと思しき筋骨隆々の巨漢が、ドス黒いオーラを纏った巨大な戦斧を振り回して吠えていた。
「うわぁ……銀行強盗だ。しかも転生者のスキル持ち武装集団じゃん。帝都の騎士団も包囲してるけど、人質取られて手が出せないっぽいね〜」
「……っ!」
画面を見た瞬間、俺の頭の中で何かがカチリと音を立てて切り替わった。
普段の「手取り十六万の平穏な小市民でいたい」という怠惰な心が、急速に冷却されていく。
前世の社畜時代、過労死寸前の極限状態でも決して投げ出さなかった現場責任者としての覚悟。そして天使長ヴァルキュリアから十年にわたって叩き込まれた、治安を守る執行官としての冷徹な闘志が、全身の血を沸騰させた。
「場所は帝都中央通り、交番の管轄からそう遠くないな。……行くぞ」
「えっ、リオン様!?」
キャルルが驚いたように兎耳を跳ね上げる。
「相手は重武装のテロリストですわ! 交番のお巡りさん一人で突入するのは危険すぎます!」
「人質が五十人いるんだ。のんびり本部の突入部隊を待ってたら、何人か見せしめに殺される。……それに、俺のスキルを忘れたか?」
俺は腰のニューナンブ魔導拳銃を確かめ、背中のホルスターに『魔改造レミントンM870』をガチリとセットした。
鋭く据わった俺の視線を見て、キュララがパッと目を輝かせた。
「マジ!? リオンっち、あのテロリストに殴り込みかける気!? 超ウケる、それ絶対神回じゃん!! 同接三百万人はカタいっしょ!!」
「配信のネタにする気満々だな……。いいかキュララ、カメラを回すなら貴様の上空からの索敵能力と通信網を全面的に提供しろ。特定班を動員できるな?」
「りょーかい☆ ウチのリスナー特定班は、大陸一のスピードを誇るから任せてよ!」
「よし。キャルル、ルナ、リーザ、お前たちも来い。全員で包囲網を敷いて、一網打尽にするぞ!」
「「「はいっ!!」」」
数分後。帝都中央銀行の周囲は、帝都騎士団の防護バリケードによって厳重に封鎖されていた。
だが、銀行内部には人質が盾に取られており、騎士団も迂闊に突入できず膠着状態に陥っている。
そんな厳戒態勢の銀行の正面玄関上空に——突如として、けたたましい魔導スピーカーの電子音が鳴り響いた。
『ヘイヘイヘーイ! 帝都の悪党ども、息してる〜〜!? ゴッドチューブ緊急生配信!【銀行強盗のアジトに上空から凸撃してみたwww】始まりだよ〜〜ん!!』
頭上を仰ぎ見た強盗団と騎士団が、一斉に目を見張った。
青空を背に、純白の翼を羽ばたかせてホバリングする天使キュララ!
彼女の周りには何十台もの魔導配信ドローンが飛び交い、銀行の全方位を高画質で撮影・生中継している。
『な、なんだあのクソガキはァ!? 撃ち落とせッ!!』
銀行の窓から強盗団のライフル兵が銃口を向けた、その瞬間。
「ホーリー・メイクアップ!!」
キュララが叫ぶと、眩い聖なる光が彼女の身体を包み込んだ。
パーカー姿が一変、白銀と黄金で装飾された神聖なるパワードアーマーへと瞬時に変身を遂げる。
そしてその華奢な両腕に現れたのは——最新鋭の米軍特殊部隊仕様アサルトライフル『M4カービン』!
「カメラ目線で〜、ファイヤー☆」
ダダダダダダダダダダダダッッ!!
上空から降り注ぐ正確無比な制圧射撃!
聖なる魔導弾が窓ガラスを粉砕し、強盗団のライフル兵たちの武器だけをピンポイントで弾き飛ばしていく!
さらにキュララはスマホの画面をタップした。
「リスナーのみんな、特定班の出番だよ〜! あのデカブツのリーダーの顔面、データベースと照合プリーズ!」
『特定完了! 本名:タカシ・ヤマダ(32歳)! 転生前は無職の引きこもり! 実家は帝都下町のパン屋! 母親の名前はヤマダ・トミコ(58歳)! 電話番号はこちら!!』
コメント欄に爆速で流れる個人情報とデジタルタトゥー!
「な、なんで俺の個人情報がァァァッ!?」
「そこまでだ」
粉砕された正面玄関の煙を割って、一人の男が静かに歩み出た。
アルディス外れ交番の制服を身に纏い、黒革の警察手帳を掲げた俺——リオン・フォン・アルディスだ。
「大宇宙管理局・カスハラ部・執行部巡査長、リオン・フォン・アルディスだ。人質を解放し、直ちに投降しろ」
「ふ、ふざけんじゃねえぞただの交番のポリ公がァッ!! 俺のユニークスキル【剛力爆砕】で、てめえの頭蓋骨を消し飛ばしてやるッ!!」
リーダーのタカシが咆哮し、巨大な戦斧を両手で振り上げる。
斧の刃に凝縮される、岩盤をも粉砕する破壊の赤黒い魔力光。
だが、俺の犬の嗅覚は、すでに彼の全身から立ち上る「恐怖」と「嘘」の匂いを完全に分析し終えていた。
「——職務質問および、行政執行を行う」
俺は警察手帳をタカシの眉間に突きつけ、冷徹に言い放った。
「大宇宙管理局・執行部の権限により、貴様のチート能力を強制凍結する!」
カキィィィィィィンッッ!!
甲高い凍結音が響き渡り、タカシの戦斧に宿っていた赤黒い魔力がガラスのように粉々に砕け散った。
「な……!? お、俺の力が……スキルが発動しねえええっ!?」
「今ですわ、皆様!」
俺の後方から、キャルルが疾風の如く飛び出した。
足元に輝くのは、タローマン特注の重作業用安全靴。
音速の踏み込みとともに、強盗団の護衛たちのみぞおちへ、必殺の打撃が叩き込まれる!
「月影流——『顎砕き』ッ!!」
ドゴォォォンッ!
巨漢の護衛二人が吹き飛び、銀行の壁にめり込んで白目を剥いた。
さらにルナが優雅に指を鳴らす。
「あらあら、逃げてはいけませんよ♡ 『茨の檻』」
大理石の床から一斉に太い植物のツルが噴き出し、残りの強盗たちを一瞬にしてミノムシのように縛り上げた。
そしてトドメとばかりに、芋ジャージ姿のリーザが『お賽銭箱型掃除機』のノズルを構えて突撃する!
「強奪した金貨袋、すべて回収させていただきますわァァァッ!!」
ズボボボボボボボボボッッ!!
強盗団が金庫から奪っていた金貨袋が、蛇腹ホースの中へと怒涛の勢いで吸い込まれていく。
「ひ、ヒィィッ! バケモノどもめ! だが俺にはまだ人質が——」
武器を失い、後ずさるタカシ。
その時、上空のキュララのスマホから、大音量の着信音がスピーカー越しに街中へ響き渡った。
トゥルルルルル! ガチャ!
『もしもしッ!? タカシかいッ!? あんた、ゴッドチューブで全世界に銀行強盗の生配信晒されてるよッ!! 近所のパン屋の常連さんたちから電話が鳴り止まないんだよッ!! 母ちゃん情けなくて涙も出ないよ! 今すぐお巡りさんに謝って自首しなさいッ!!』
「か、母ちゃん……ッ!?」
スピーカーから響く実の母親の悲痛な怒号に、タカシの顔面が真っ青から土気色へと変色した。
同接三百万人の前で公開処刑されたマザコン強盗犯のメンタルは、完全に粉みじんに粉砕されていた。
「う、うわあああああああんッ! 母ちゃんごめんなさああああいッ!!」
その場に泣き崩れ、両手を頭の上に乗せてうずくまるタカシ。
俺は静かに歩み寄り、背中の『魔改造レミントンM870』を引き抜いてポンプアクションを鳴らした。
ジャキンッ!
「——帝都刑法第八十一条、強盗・人質立てこもり現行犯で逮捕する」
冷徹に告げ、タカシの両手首に鋼鉄の手錠を噛み合わせた。
カチャリ。
「ワッパ完了だ。……北方極寒海域、マグローザ一本釣り漁船へドナドナ送りだな」
事件は人質の被害ゼロ、負傷者ゼロという完全勝利で幕を閉じた。
駆けつけた帝都騎士団が唖然とする中、強盗団全員が護送馬車へと積み込まれていく。
『キュララちゃん最高〜! リオン巡査長カッコよすぎ! スパチャ一千万円ナイスゥ〜!』
キュララの配信画面には虹色の高額スパチャが滝のように流れ、コメント欄は狂乱の宴と化していた。
「やったねリオンっち! 今日の配信、宇宙歴代同接ランキング入ったよ〜! これボーナス弾まなきゃね☆」
「俺の給料には一円も還元されないけどな……。だが、これで昇級試験のポイントはガッツリ稼げたはずだ」
手帳に検挙実績を書き込みながら、俺はふうと息を吐いた。
月給二億の天使キュララが加わったことで、この凸凹チームの制圧能力と情報拡散力は凶悪なまでに完成してしまったらしい。
「リオン様、本当にお見事でしたわ……♡」
キャルルが頬を染めてすり寄ってきて、俺の心音に聞き入る。
「あの大トロ、一貫くらい食べたかったですわ……」
リーザがキュララの寿司桶の残り香を嗅いで咽び泣く。
「ふふ、強盗さんたちの腎臓を少し分けていただけば、もっと有意義でしたのに♡」
ルナが物騒極まりない感想を漏らす。
やれやれと首を横に振りながら、俺は交番へと戻る足を速めた。
しかし——帝都の夕暮れの街並みを見つめる俺の『犬のお巡りさん』の嗅覚が、冷たい風に乗って微かな不穏の匂いを捉えていた。
(……この匂い、実家のアルディス伯爵家……グレゴール親父の私兵どもの匂いだ)
母マリアが働くホームセンター『タローマン』の方角から、黒い敵意が静かに忍び寄ってきていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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