EP 3
悪徳スカウトマンを検挙せよ! 犬の嗅覚と貧乏神の掃除機
ポンポコポンポコ、ポンポコポーン!
「はいっ、お腹を叩いてハゲ頭〜♪ 小銭を落とせば福が来る〜♪」
「だから取調室で鼻に五円玉詰めて腹太鼓鳴らすんじゃないって言ってるだろ!!」
リオンの怒声が、六畳間の取調室に木霊した。
アクアブルーの髪を揺らしながら臙脂色の芋ジャージ姿で熱唱していた自称・地下アイドル人魚姫リーザは、「えぇ〜、アンコールなしですの?」と不満そうに唇を尖らせ、ようやく鼻の穴から器用に五円玉をスポンと取り出した。
……器用すぎる。前世の日本の宴会芸でもここまでの逸材はそうそう見かけなかったぞ。
「ふう……まったく。腹が満たされたら今度はリサイタルかよ。君の胃袋の燃費はどうなってるんだ」
「カツ丼という極上の燃料を補給されたのですから、アーティストとして魂の叫びを奏でるのは当然の義務ですわ!」
「義務じゃないし、近所迷惑で苦情が入る。ほら、空になったどんぶりを片付けるから手袋を外せ」
リオンがやれやれと首を振りながらプラスチックの容器を片付けていると、交番の入り口に設置されたベルが、チリンチリンと鋭く鳴り響いた。
「おい、リーザ! いるんだろ、ここに!」
荒々しい怒号と共に、交番の正面扉が乱暴に開け放たれた。
入ってきたのは、テカテカと光る悪趣味な紫色のシルクスーツに身を包んだ、やせ型の男だった。
ジェルで撫で付けた脂ぎった黒髪に、耳にはジャラジャラと安物の魔導ピアス。手首にはこれ見よがしに金メッキの腕時計が光っている。
「ゲロッ!? げ、芸能事務所『ブラック・ドルフィン』のゲス田さん……っ!?」
「ゲス田じゃねえ、ゲスプだ! 探したぞクソガキが! 帝都中を走り回りやがって、こんなド田舎のハズレ交番に逃げ込んでカツ丼なんか食ってんじゃねえよ!」
男——ゲスプは唾を撒き散らしながら、土足で交番の床をドカドカと踏み荒らしてズカズカ入ってきた。
リオンの眉が、ピクッと跳ね上がる。
そして次の瞬間、リオンのユニークスキル『犬のお巡りさん』の嗅覚レーダーが、ゲスプの全身から立ち上る悪臭を克明に解析し始めた。
・安物の合成香水と煙草のヤニ臭
・借用書に塗られた『強制隷属インク』の魔力臭
・詐欺、横領、暴行、恐喝常習犯特有の腐った汗の匂い
・そして何より——全身から漂う「嘘の匂い」(科学的数値:致死量レベル)
「……おいおい。朝っぱらから生ゴミみたいな匂いを撒き散らして入ってくるなよ」
「あぁん? なんだてめえは。ただの交番の小僧巡査長がイキってんじゃねえぞ」
ゲスプはリオンの制服の階級章を小馬鹿にしたように一瞥すると、胸ポケットから丸めた羊皮紙を取り出し、バンッ! とリオンの事務机の上に叩きつけた。
「おい公務員、無駄足踏ませるな。そいつはウチの事務所所属のタレントだ。今日から帝国中央のVIP専門高級ラウンジで『特別接待(借金返済)』のシフトが入ってんだよ。さっさと引き渡せ」
「そ、そんなの嘘ですわ!」
リーザが取調室のドアから飛び出し、リオンの背中に隠れながら叫んだ。
「私は『路上ライブの許可証を発行してあげる』と言われて書類にサインしただけです! あんなの、後から勝手に契約内容を書き換えられたに決まってますわ!」
「ハッ! サインした時点で契約成立なんだよ! 違約金は金貨50枚……日本円換算で500万円だ! 払えねえなら、そのツラと身体を使って稼いでもらうしかねえだろうがよ!」
ゲスプは下卑た笑みを浮かべ、羊皮紙をリオンの目の前に突きつける。
「見ろよお巡りさん! これを見てもテメエは民事不介入を貫けねえってのか? んん?」
リオンは無言のまま、羊皮紙に目を落とした。
書類の末尾には、確かにリーザのサインがある。しかし、そのサインの上から、微弱な魔力干渉を隠蔽する魔導インクが重ね塗りされているのを、犬の嗅覚と前世の社畜営業仕込みの書類査定眼は見逃さなかった。
「……なるほどな」
「へへっ、分かればいいんだよ。さあリーザ、来い!」
「動くな」
リオンの声は、極めて静かだった。
しかし、その一言には、ゲスプの足を床に縫い付けるような絶対的な重圧が籠もっていた。
リオンは腰のホルスターから、黒い艶消しの手帳を取り出し、パチンと音を立てて開いて見せる。
金文字で刻まれた紋章が、朝の木漏れ日を浴びて神々しく輝いた。
「大宇宙管理局・カスハラ部・執行部巡査長、リオン・フォン・アルディスだ」
「は、はぁ……!? 大宇宙……カスハラ……? 何を寝言言ってやがる!」
「職務質問を行う。貴様、名をゲスプ。転生者だな?」
「だ、だから何だ! 俺は神様からチートスキル『絶対服従の契約書』を貰ってこの世界にやってきた選ばれし者なんだよ! 下級貴族の落ちこぼれ警官ごときが調子に乗るんじゃねえ!」
ゲスプの瞳が血走り、羊皮紙からドス黒い魔力の触手が噴き出した。
契約書の文字が赤黒く発光し、リーザの首筋に向かって伸びていく。
「死ねやクソガキ! 契約破棄のペナルティで脳みそ焼き切って、ただの人形にしてやるぜええッ!!」
「リオン様っ!!」
悲鳴を上げるリーザ。
だが、リオンの表情には、焦りも恐怖も微塵もなかった。
元ブラック家電量販店の営業時代、理不尽に怒鳴り散らすモンスターカスタマーを何千人と冷徹に処理してきた男の目が、すっと据わる。
「——公務執行妨害、違法奴隷契約偽造、および恐喝未遂」
リオンは警察手帳をゲスプの顔面に突き出し、凛とした通る声で宣告した。
「大宇宙管理局・カスハラ部・執行部の権限により、貴様のチート能力を強制凍結する!」
ガギィィィィィィンッッ!!
空間が割れるような甲高い金属音が響き渡った。
ゲスプの羊皮紙から立ち上っていた黒い魔力触手が、まるで氷漬けにされたかのように白く凍りつき、パラパラとガラスの粉塵となって砕け散ったのだ。
「な……!? お、俺の……俺のチートスキルが……消えた……!? 魔力が出ねえ!? ステータスが……全部グレーアウトしてやがるッ!?」
「悪徳転生者のチートなんざ、大宇宙の最高法規の前ではただの不法アドオンアプリに過ぎないんだよ。……さあ、リーザ」
「は、はいっ!?」
「あいつのへそくりと隠し資産の場所、わかるか?」
リオンに促されたリーザは、一瞬キョトンとした後、ニチャア……と邪悪極まりない笑みを浮かべた。
彼女がジャージのポケットから取り出したのは——真ん中に大きな『賽銭』の文字が彫り込まれ、先端に蛇腹ホースと吸込口が取り付けられた、奇妙極まりない木箱型魔導具だった。
貧乏神の神器、通称『お賽銭箱型掃除機』である。
「ふふふ……! 分かりますとも! 私のような年収数千円の極貧人魚は、他人の懐にある『小銭の匂い』だけは千里先からでも嗅ぎ分けられますのよ!!」
「おい、何をす気だやめろ! それは俺が今までカモたちから巻き上げた——」
スイッチ、オン!
ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
交番内に強烈なサイクロンが巻き起こった。
掃除機のノズルがゲスプの懐と異次元ポケットに向けられた瞬間、バシュッ! バシュシュシュシュッ! と凄まじい勢いで金貨、銀貨、紙幣、宝石、さらにはルナPayの電子チャージカードが吸い込まれていく!
「ぎゃああああああああっっ!? 俺の金貨300枚があああっ! 電子マネーの残高がゼロになっていくううううっ!!」
「吸い込みますわ! 吸い込みますわよ〜〜!! 悪党のあぶく銭は、すべて被害者への返還原資として我が賽銭箱が胃袋へ収めますのーーッ!!」
ジュボボボボボッ! と最後の銅貨一枚まで綺麗サッパリ吸引され、ゲスプの財布はぺちゃんこの抜け殻と化した。
チートを凍結され、全財産を吸い尽くされたゲスプは、顔を真っ赤にして隠し持っていたナイフを抜いた。
「て、てめえら……! ぶっ殺してやるッ!!」
「往生際が悪い」
カチャリ。
乾いた重厚な金属音が、交番内に冷たく響いた。
リオンがガンラックから引き抜いたのは、鈍色に輝く主武装——『魔改造レミントンM870』。
前世の社畜時代に叩き込まれた完璧な所作と、天使長ヴァルキュリアによる地獄の軍事訓練で研ぎ澄まされた銃口が、寸分の狂いもなくゲスプの鳩尾を捉えていた。
「——非致死性ゴム弾装填。動くな」
「ひっ……!?」
「3」
「ちょ、待っ——」
「2」
「ごめんなさ——」
「1」
ドォォォォォォンッ!!
炸薬の轟音とともに放たれた超重量ゴム弾が、ゲスプの腹部にクリーンヒットした。
「ごへぇぇっ!?」とカエルのような潰れた悲鳴を上げ、ゲスプの身体がくの字に折れ曲がって交番の壁まで吹き飛ぶ。
壁に激突して床に転がったゲスプの背中に、リオンは流れるようなフットワークで膝を乗せ、腰から引き抜いた鋼鉄の手錠を右手首と左手首に素早く噛み合わせた。
ガチャリ。
「帝都刑法第百十二条、詐欺および恐喝未遂の現行犯で逮捕する。……ワッパ完了だ」
静寂が戻った交番の中、ゲスプは泡を吹いて気絶していた。
リオンは手慣れた手つきで事務机の固定電話を取り上げ、受話器を耳に当てる。
「もしもし、帝都警察本部警備部? アルディス外れ交番のリオン巡査長です。……ええ、悪徳転生者崩れの詐欺師を現行犯逮捕しました。身元確認と被害届の照合をお願いします。処分? そうですね……」
リオンは白目を剥いているゲスプを一瞥し、冷ややかに告げた。
「——北方極寒海域のマグローザ一本釣り漁船、またはドンガン地下炭鉱への強制送還で回してください」
三十分後。
本部の護送馬車によってゲスプがドナドナと連行されていき、交番には再び静けさが戻っていた。
スチール机のノートPCに『検挙実績:1件(詐欺・恐喝未遂)』の文字が入力され、リオンの昇級ポイントが加算される。
「ふう……朝から一仕事終わったな」
急須から淹れ直した緑茶を啜り、リオンが息を吐く。
その横で、リーザは目をキラキラと輝かせながら、両手を組んでリオンを見つめていた。
「す、すごいですわリオン様……! あんな悪徳チート野郎を、言葉一つで無力化して、あのデカい鉄の筒でドカンと一撃……! カッコよすぎますわ!」
「お巡りさんの普通の仕事だよ。それよりリーザ、お前のお賽銭掃除機、めちゃくちゃ凶悪だな」
「ふふん、私の『貧乏神』の権能を舐めてもらっては困りますわ! 悪党の不義の富ほど、美味しく吸い込めるものはありませんのよ!」
誇らしげに胸を張るリーザだったが、ふと壁の掛け時計を見て「ハッ!」と青ざめた。
「し、しまっ……! もうすぐお昼ですわ! 早く帰らないと、キャルルさんに『家賃の支払いか、命の支払いか』の二者択一を迫られてしまいます!」
「キャルル……さっき言ってた、4LDKマンションのシェアハウス仲間か?」
「ええ! 元獣人王国の姫君で、普段はとっても優しい聖母のような方なのですが、お金の滞納と不誠実な嘘にはとてつもなく厳格でして……! リオン様、お願いです! 私の身の潔白と事件の証人として、一緒に家に来てくださいましーーッ!」
リーザはリオンの制服の裾にすがりつき、涙目で懇願してきた。
「はぁ……。管外の巡回届を出してないんだが……まあ、事情聴取の継続という名目なら通るか」
やれやれと肩をすくめるリオン。
しかし、この時の彼はまだ知らなかった。
向かう先にあるシェアハウスに、安全靴を履いたヤンデレ亡命姫だけでなく、常識を遥かに超越したさらなる問題児たちが待ち構えているということを——。
読んでいただきありがとうございます。
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