EP 14
強盗サブスク『暴行しない券』の押し売り山賊団を職質せよ!
ピリピリとした重苦しい静寂が、新設されたばかりのポポロ村駐在所の正面玄関を包み込んでいた。
つい数分前まで、給湯室のステンレス流し台から漂っていた『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』の甘辛く香ばしい湯気と、具だくさん豚汁の豊かな味噌の香り。
そんな至福の昼食風景は、外から轟いた大爆発の衝撃波によって一瞬で吹き飛ばされていた。
「……せっかく肉椎茸のジューシーな旨味が、お米の一粒一粒に染み渡って至福の時を過ごしていたというのに……」
俺——リオン・フォン・アルディス巡査長は、食べ終えたばかりのどんぶりを事務机の端に静かに置いた。
制服のネクタイを締め直し、腰のホルスターに収まった『ニューナンブ魔導回転式拳銃』の装填を確認する。
カチャリ、と鈍い金属音が執務室に響いた。
「許せませんわ……! 断じて許せませんわよーーッ!!」
怒髪天を衝く勢いで吠えたのは、臙脂色の芋ジャージを着た人魚姫リーザだ。
手には、空になった豚汁のお椀と割り箸が怒りに震えながら握りしめられている。
「あと一口! 最後の一口の豚肉と煮崩れた大根を口に放り込もうとしたまさにその瞬間、あの野蛮な爆音のせいで手が滑り、大根が床に落ちてしまいましたのよ! 私の大切な、貴重な三大栄養素がァッ!!」
「拾って食うなよ? 三分ルールとか適用するなよ?」
「当たり前ですわ! 即座に拾って神速で胃袋へ回収いたしましたもの!!」
「食ったのかよ!!」
俺の電光石火のツッコミが炸裂する。
だが、隣に立つ新村長キャルルの纏う空気は、リーザの食い意地とは正反対に、絶対零度よりも冷え切っていた。
カチリ、カチリ。
タローマン特注・重作業用安全靴の鋼鉄の先芯が、床のタイルを規則正しく叩く。
人参柄のハンカチをポケットに仕舞い、プラチナブロンドの長い兎耳をピンと天へ向けたキャルルは、ルビーの瞳を深紅の殺意でギラリと光らせていた。
「……リオン様」
「は、はい」
「私の……いえ、私たちの愛の巣である駐在所の記念すべき初日の食卓を、下品な火薬の煙で汚した不届き者がおりますわね……?♡」
「愛の巣って言うな、公務の拠点だ! あとキャルルさん、背中から出てる闘気でホワイトボードの磁石がポロポロ落ちてるから少し抑えて!?」
「トクン……トクン……トクン……。ふふ、リオン様の心音、怒りと正義感で力強く脈打っておりますわ……♡ 素敵です、やっぱり私の殿方は世界一凛々しいお方……! あの下賤な害虫どもの顎と肋骨、すべて私が音速で粉砕して差し上げますわね♡」
「物騒すぎるから待て! まずはお巡りさんの手順を踏む!」
宥める俺の頭上から、ふわりと甘く危険な香気が漂い落ちてきた。
純白のエルフローブの裾を優雅に翻す次期女王候補ルナが、袖口から細長いガラス瓶を取り出し、エメラルドの瞳を妖艶に細めている。
「あらあら、皆様とても血気盛んですこと♡ リオン様、外の暴徒さんたちに、こちらの『呼吸するだけで肺胞が花畑になる世界樹の胞子エキス』を散布いたしましょうか?♡ 苦しむことなく、笑顔のまま永遠の眠りにつけますわよ♡」
「化学兵器禁止条約に真っ向からケンカ売るような劇薬を出すな!!」
「リスナーのみんな〜! 外でヤバい事件が始まったっぽいよ〜☆」
上空をホバリングする月給二億円天使キュララが、魔導スマホを器用に操作しながらドローンを起動させていた。
「緊急枠取った! 【速報! 新設駐在所に武装山賊団が突撃してきたから迎撃してみたwww】ね! 同接すでに百五十万人突破! 特定班もスタンバってるから、犯人の顔面を全世界に大公開して社会的即死プレゼントしちゃお〜☆」
『ピピッ。外部熱源反応、複数ヲ感知。装甲車両3台、人員およそ三十名。全員ガ旧式魔導重火器ヲ携行シテオリマス。リオン所長、出動命令ヲ』
漆黒の耐魔装甲を纏った巡査ゴーレム1号が、頭部の青色回転灯をチカチカと明滅させながら、背中のガンラックから大型の防弾シールドを展開した。
「よし……。全員、出動だ!」
俺は背中のホルスターから、鈍色の主武装——『魔改造レミントンM870』を引き抜き、ジャキィンと重厚なポンプアクションを響かせた。
駐在所の二重自動ドアをくぐり、村の中央広場へと足を踏み出すと、異様な熱波と排気ガスの悪臭が鼻腔を突き刺した。
広場の入り口を塞ぐように、黒鉄のトゲがびっしりと溶接された三台の武装トラックがエンジンを唸らせている。
その荷台やボンネットの上には、粗悪なレザージャケットにモヒカン頭、顔面にタトゥーを彫り込んだ凶悪面のアウトローたちが三十人近く群がり、下品な哄笑をあげていた。
「ギャハハハハッ! 見ろよ、新しくできた詰所からヒョロい制服のガキがノコノコ出てきやがったぜ!」
「おいおい、連れてる女どもが極上じゃねえか! ウサギの姉ちゃんに、エルフの別嬪、それに天使のガキまでいやがる!」
野卑な口笛が鳴り響く。
トラックの中央、ひときわ巨大な装甲車の屋根の上から、ドスドスと鈍い音を立てて一人の巨漢が飛び降りてきた。
身長は二メートル半を超え、首から下は分厚い魔導強化筋肉の塊。右腕には巨大な多連装ガトリング魔導銃が固定され、左肩には『強盗団ハングリーベア』の血塗られたエンブレムが刻まれている。
「よぉ、ポポロ村のブタども! 俺がこの辺り一帯を仕切る『暴行しない券』の総販売代理店——ハングリーベアの頭目、ガドック様だァッ!!」
ガドックと名乗った男は、肩に担いだガトリングの銃身で己の側頭部を乱暴に掻き、地面に唾を吐き捨てた。
「話は手短にしてやる! 前村長のクソジジイ・ロップが、村の安全保障積立金をネコババして魔族の女と雲の上へトンズラこきやがったのは知っての通りだ!」
「……知っての通り、じゃねえよ。なんで山賊が村の不祥事を把握してんだ」
俺がボソリと呟くと、ガドックはぎょろりとした目を剥き出して俺を睨みつけた。
「あぁん!? 当たり前だろうが! あのジジイが毎月払ってた上納金で、俺たちの『強盗サブスクリプション』が成り立ってたんだよ! 支払いが止まった以上、契約は即時解除! 今日からこの村は、完全なる『略奪解禁フリーエリア』だァッ!!」
ガドックは懐から、シワだらけの羊皮紙を取り出してバッと広げて見せた。
そこには、殴り書きのような悪筆で、驚くべき文面が踊っていた。
『強盗サブスク【暴行しない券】新規再契約プラン』
・基本プラン:月額金貨五百枚(村の全財産の半分)
・家族安心割引:今なら20%オフ!
・子供すくすく割:十歳未満は暴行免除(ただし食料は徴発)
・オプション:女子の拉致免除パック(別途金貨百枚)
「……おいおいおい。なんだそのふざけきった悪徳商法は」
俺のこめかみに、青筋がピキリと浮かび上がった。
前世の家電量販店時代、怪しげな抱き合わせオプションや解約困難なネット回線の契約を押し売りしようとする悪質ブローカーを山ほど見てきたが、ここまで露骨で凶悪な押し売りは見たことがない。
「命が惜しけりゃ、今すぐこの契約書にサインして、頭金の金貨五百枚をここに積み上げな! さもなくば、このガトリングで村の畑ごとミンチにして、ファミレスもコンビニも全部燃やし尽くしてやるぜええッ!!」
ヒャッハァァァッ! と山賊たちが一斉に魔導ライフルを天に向けて威嚇射撃を放つ。
——だが、その時だった。
ジャキン、ジャキン、ガチャリ……ッ!
広場を取り囲んでいた民家の窓や屋根の上から、無数の硬質で乾いた金属音が規則正しく一斉に鳴り響いたのだ。
ガドックたちがギョッとして顔を上げる。
民家の二階のベランダからは、割烹着を着たおばあさんが『魔導誘導バズーカ』の照準器をガドックの眉間にロックオンしていた。
路地裏の物陰からは、麦わら帽子の農夫たちが二十名以上、旧帝国軍仕様の九九式魔導ライフルのボルトアクションを一斉に引き、薬室に徹甲魔導弾を装填して銃口をズラリと並べている。
さらには、タローマンの資材棚の陰から、小学生くらいの少女が対戦車成形炸薬弾の信管をカチリと外して笑顔で構えていた。
「……あ、あぁん!? な、なんだテメエら農民のその重火器の山はァ!?」
さすがの山賊たちも、四方八方から向けられた軍隊並みの殺気に冷や汗を流し始めた。
そこへ、キャルルが静かに一歩前へ進み出た。
上品に人参ハンカチで口元を押さえながら、鈴を転がすような美声で告げる。
「ガドックさん、とおっしゃいましたわね。ポポロ村新村長、キャルル・ムーンハートです。前村長ロップの不祥事は遺憾ですが、我が村はそのような理不尽な恐喝契約には金貨一枚たりとも支払いませんわ。即刻トラックを反転させ、村から退去なさい。さもなくば——」
キャルルのルビーの瞳がスッと細められた。
その瞬間、トクン……トクン……と、彼女の兎耳がガドックたちの心音を捉える。
「——皆様の骨という骨を、私の『月影流』で一本残らず整復(へし折)することになりますわよ♡」
「ひ、ヒィィッ……!? な、なんだこのアマの気迫……っ!」
山賊たちが後ずさる。
だが、頭目のガドックは逆上して顔を真っ赤に沸騰させた。
「舐めるんじゃねえぞ、ウサギの小娘がああッ! 農民がいくら銃を持ってようが、この俺のユニークスキル【絶対重装甲】の前には豆鉄砲同然なんだよォッ!!」
ガドックの巨体から、ドス黒い魔力の燐光が噴き出した!
皮膚が鋼鉄色に変色し、大気中に分厚い多重魔導障壁が展開される。
「俺は地球から転生した選ばれしチート保持者だ! 戦車砲すら弾くこの無敵の装甲で、まずテメエら全員をミンチ肉に変えてやるぜえええッ!!」
ガトリングガンの回転ドラムが、猛烈な速度でギュイィィィンと回転を始めた!
村人たちが引き金に指をかけ、一触即発の流血の大惨事が幕を開けようとした——その刹那。
「——全員、動くな」
静かに、だが広場の怒号と排気音を真っ二つに切り裂くような、凛とした声が響き渡った。
前に進み出たのは、俺だ。
巡査ゴーレム1号の防弾シールドの横をすり抜け、俺は一人でガドックのガトリングガンの射線正面へと歩み出た。
制服の胸元に手を差し入れ、黒革の警察手帳をパチンと音を立てて開く。
金文字で刻まれた『大宇宙管理局・カスハラ部・執行部』の紋章が、初夏の陽光を浴びて神々しく輝いた。
「ルナミス帝国警察・大宇宙管理局指定、ポポロ村駐在所所長——リオン・フォン・アルディス巡査長だ」
「あぁん!? ポポロ村駐在所だぁ!? ただの交番の小僧巡査が、手帳なんか見せてビビると思ってんのかァッ!」
「職務質問を行う」
俺はガドックの怒声を完全に無視し、淡々と手帳を構えた。
ピクッ、と俺のユニークスキル『犬のお巡りさん』の嗅覚と聴覚が、ガドックの全身を徹底的にスキャンする。
ドックン、ドックン、ドックン……!
ガドックの心音から伝わってくるのは、傲慢さの裏に張り付いた「怯え」と「焦り」。
そして鼻腔をくすぐる匂い情報は——。
・過去数十件に及ぶ恐喝、略奪、器物損壊の血生臭い悪臭
・粗悪な違法魔導タバコのヤニ臭
・そして何より、手にした『暴行しない券』から立ち上る、「前村長ロップと共謀して積立金を山分けしようとしていた裏取引の強烈な嘘の匂い」!
「……なるほどな。お前、前村長ロップが高飛びしたから契約が切れた、と言ったな?」
「そ、そうだ! それがどうした!」
「嘘だな」
俺の冷徹な一言に、ガドックの眉がピクリと跳ね上がった。
「お前の懐の書類から、ロップ前村長の直筆サインが入った『山分け密約書』の匂いがプンプン漂ってるぞ。お前ら、最初からグルだったな? 積立金を横領させてロップを高飛びさせ、契約切れを口実に村人から二重取りで金を巻き上げる計画だったんだろ」
「な……ッ!? な、なんでそれをテメエが知ってやがるッ!?」
図星を突かれ、ガドックの顔面がみるみるうちに土気色へと変色していく。
その狼狽ぶりを、上空のキュララが見逃すはずがなかった。
「はい自白いただき〜☆ 全世界のリスナーのみんな、聞いた!? 山賊と前村長の自作自演マッチポンプ恐喝だってさ〜! 特定班、このガドックってやつの本名と前世の経歴、特定プリーズ!」
『特定完了! 本名:剛田健一(35歳)! 前世は悪徳リフォーム詐欺の営業マン! 高齢者に高額な床下換気扇を売りつけて逮捕歴あり!』
『実家の住所特定! 両親が経営してるたい焼き屋の電話番号はこちらwww』
コメント欄に爆速で流れるデジタルタトゥー!
「ぎゃあああっ!? お、俺の実家のたい焼き屋まで晒されてんじゃねえかァァッ!?」
「ふふふ……あらあら。高齢者を騙すリフォーム詐欺師さんでしたの?♡」
ルナが純白の指先をスッと翻す。
広場の石畳の隙間から、毒々しい紫色の茨のツルが、蛇のようにトラックのタイヤへと音もなく巻き付いていく。
「そんな悪い子には、世界樹の根で作った『一生嘘をつけなくなる自白の寄生茸』を脳髄に植え付けてあげましょうね♡」
「ヒエッッ!? な、なんだコイツら……!?」
「さらにぃ! 貴方たちが今まで巻き上げたあぶく銭の匂い……私の『貧乏神』の嗅覚が、トラックの金庫から捉えましたわァァッ!!」
芋ジャージのリーザが、お賽銭箱型掃除機のノズルをガチリと構えて目を血走らせる!
「て、てめえら……ふざけんじゃねえぞォォッ!!」
追い詰められたガドックが、怒り狂って右腕のガトリングガンを俺の眉間へと突きつけた!
チートスキル【絶対重装甲】の魔力が臨界点まで高まり、ガトリングの銃口に圧縮された破滅の閃光が渦巻く!
「死ねや、ただの交番巡査があああッ! 蜂の巣にして挽肉にしてやるぜええええッ!!」
絶叫と共に、ガドックが引き金を絞ろうとした——その瞬間。
俺の目は、すでに完全に据わっていた。
前世の社畜時代、理不尽なモンスタークレーマーを冷徹に処理してきたあの現場責任者の覚悟。
そして天使長ヴァルキュリアから叩き込まれた、治安を守る執行官としての冷徹な意志が、胸元の警察手帳を真紅に発光させる。
「——大宇宙管理局・カスハラ部・執行部の権限により」
俺は手帳をガドックの鼻先へとビシッと突き出し、大宇宙の最高法規を宣告した。
「貴様のチート能力【絶対重装甲】を——強制凍結する!」
読んでいただきありがとうございます。
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