EP 13
限界集落? いや超重武装農村だ! ポポロ村到着と駐在所設営
深い霧が立ち込める峠道を、125ccMT魔導バイクの単気筒エンジンが小気味よい排気音を響かせて登り詰めていく。
ドロロロロ……ッ!
冷涼な朝の空気がシールド越しに肌を刺す中、峠の頂を越えた瞬間、前方の視界が劇的に開けた。
「……おいおい、あれが本当に『辺境の限界集落』なのか?」
思わずブレーキレバーを握り、バイクを路肩に停止させた。
ヘルメットのバイザーを押し上げ、眼下に広がる盆地を見下ろす。
帝都から丸一日。ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国——その三大国の国境線が複雑に入り組む緩衝地帯に位置する、人口千人の孤立した農村。前村長ロップが数千万円を持ち逃げして高飛びしたと聞いた時は、草ぶき屋根のボロ屋が点在するだけの過疎地を想像していたのだ。
だが、眼下に広がっていたのは、俺の常識を根底から粉砕する異様なパノラマだった。
のどかな田園風景と清流、黄金色に波打つ麦畑。
そこまではいい。
だが、その牧歌的な大自然のド真ん中に、巨大な黄色い看板『24時間営業ファミレス ルナキン ポポロ村店』が燦然とそびえ立ち、その向かいにはお馴染みの青と白の看板『コンビニ タローソン』、さらには職人の城『大型ホームセンター タローマン資材館』まで堂々と営業していた。
人口千人の農村に、帝都の近代商業インフラがそのまま凝縮されて鎮座している。
しかも、異様極まりないのは建物だけではなかった。
「……なあキャルルさん。あの麦畑でクワを振るってる麦わら帽子の農夫のおじいさん、背中に背負ってるのって……旧帝国軍仕様の『九九式魔導ライフル(7.7ミリ口径)』じゃないか?」
「ええ、その通りですわリオン様! そしてあちらでトマトの苗に水やりをしている割烹着のおばあさまが腰に下げているのは、最新型の『魔導誘導バズーカ』ですわね♡」
サイドシートから身を乗り出した新村長キャルルが、プラチナブロンドの長い兎耳をピクピクと揺らしながら、何でもない日常のことのように微笑んだ。
足元には、タローマン特注の重作業用安全靴が朝日を浴びて鈍く光っている。
「限界集落どころか、村人全員が正規軍並みに重武装した要塞農村じゃねえか!!」
「仕方ありませんわ。三大国の緩衝地帯ですから、各国の軍隊や正規の治安部隊は一切守ってくれませんの。野盗や魔獣、脱走兵から自分たちの命と畑を守るため、百年前の佐藤太郎様が残された知識をフル活用して、村民全員が過剰なまでに自衛武装を極めてしまったのです……!」
「自衛のレベルがミリタリーオタクの最終形態なんだよなぁ……」
俺——リオン・フォン・アルディス巡査長は、頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
すると、後ろの荷台からガサゴソと這い出してきた臙脂色の芋ジャージ少女——自称・地下アイドル人魚姫のリーザが、鼻の穴を大きく広げて叫んだ。
「す、素晴らしいですわぁぁぁ!! 見てくださいリオン様、タローソンの看板の下に『本日、賞味期限間近のパンの耳・無料配布デー!』ののぼりがはためいておりますわよ!! ここは天国……飢餓に怯えることのない、約束のエルドラドですわーーッ!!」
「お前の感動のポイントはブレないな本当に」
「あらあら、ふふふ。とても生命力に満ち溢れた土壌ですこと♡」
純白のエルフローブを風になびかせ、ふわりと上空から降り立った次期エルフ女王候補のルナが、エメラルドの瞳を妖しく細めた。
「畑のあぜ道に、世界樹の古代種に匹敵する猛毒のパラサイトフラワーが自生しておりますわ♡ あの植物から樹液を抽出すれば、触れただけで全身の皮膚を炭化させる素敵な防犯スプレーが作れそうですわね♡」
「笑顔で生物兵器を現地調達しようとするな!」
「ハローエブリバディ〜☆ ゴッドチューブ生配信【美少女天使と巡査長、大陸一危険な超重武装農村『ポポロ村』に到着してみた☆】、ただいま同接百万人突破で〜す!!」
頭上の光輪をピカピカと輝かせながら、自律ドローンを従えて上空を旋回する月給二億円天使キュララ。
スマホの画面には『農民の火力がヤバすぎる件』『バズーカ水やり草』『とりあえず赤スパ投下!』と狂気のコメントが濁流のように流れていた。
『ピピッ。ポポロ村境界線ヲ通過。電波状態:良好。治安警戒度:極めて不安定。迎撃準備ヲ推奨イタシマス』
バイクの後方から、ガシャンガシャンと重厚な足音を響かせて追従してきた漆黒の巨躯——『巡査ゴーレム1号』が、頭部の青色回転灯をチカチカと点滅させながら報告を上げる。
「よし、全員気を引き締めろ。村の行政中心部へ向かうぞ」
俺はスロットルを回し、坂道を駆け下りてポポロ村のメインストリートへと侵入した。
村の中央広場は、のどかな噴水と石畳の広場……の周囲に、土嚢と対戦車障害物が規則正しく並ぶ、どこか軍事要塞を思わせる空間だった。
村人たちが遠巻きにこちらを眺めている。
子供たちすら腰に小型魔導グレネードをぶら下げており、怪訝な視線を向けてくるが、先頭を歩くキャルルの姿を認めた瞬間、表情がパッと明るくなった。
「ああっ、キャルル様だ! キャルル様が帰ってきてくださったぞ!」
「新しい村長様だ! バンザーイ!」
ワッと歓声が上がり、村人たちが駆け寄ってくる。
キャルルは人参柄のハンカチで小さく手を振り、上品かつ親しみやすい笑顔で応えた。
「皆様、ただいま戻りましたわ! 前村長の不始末で不安な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。本日より、不肖キャルル・ムーンハートがこのポポロ村の村長を務めさせていただきます!」
「おおおっ! 頼もしい! ……ところでキャルル様、後ろの制服を着た若者は?」
麦わら帽子の古老が、背中の九九式ライフルを揺らしながら俺を指差した。
キャルルは俺の手をぎゅっと両手で包み込み、誇らしげに胸を張った。
「ご紹介いたしますわ! 大宇宙管理局・執行部より正式に着任いたしました、新設ポポロ村駐在所の初代所長——リオン・フォン・アルディス巡査長です! そして……私の、生涯の魂の伴侶(予定)ですわ……♡」
「後半のいらん告白を村民の前で堂々とするな!!」
俺の電光石火のツッコミが炸裂する。
村人たちが「ほほう……村長の婿殿か」「ずいぶん優男だが大丈夫かいな」とざわめく中、俺はコホンと咳払いをして背筋を正した。
「初めまして、村民の皆さん。巡査長のリオンです。これより、本村の治安維持と行政法規の執行を担当します。……さて、まずは執務拠点を設営させてもらいますね」
俺は広場の中央、村役場の向かいにある開けた一等地に立った。
制服の胸ポケットから、艶消しの黒革で作られた警察手帳を取り出し、天へと高く掲げる。
金文字で刻まれた大宇宙管理局の紋章が、ポポロ村の澄み渡る青空の下で神々しく輝いた。
「ユニークスキル『犬のお巡りさん』——【駐在所(交番)召喚・固定展開】!」
ズズズズズズズズッ……!!
地響きとともに、空間が歪曲した。
大地から青白いマナの幾何学模様が溢れ出し、プレハブ構造と最新の魔導耐震鉄骨が組み合わさった、見慣れた二階建ての白い建物が大地を割りながら急速に実体化していく!
正面には、赤色灯が二つ点灯したガラスの二重自動ドア。
庇の上には、金色に輝く旭日章と、堂々たる筆文字の看板——。
『ルナミス帝国警察・大宇宙管理局指定 ポポロ村駐在所』
「う、うおおおおっ!? 地面から立派な石造りの詰所が生えてきたぞ!?」
「すげえ魔導具だ! さすが帝都のお巡りさんだ!」
村人たちがどよめき、拍手喝采が巻き起こる。
俺は鍵を開け、仲間たちを促して中へと足を踏み入れた。
「よし、引き渡し点検を行うぞ。1号、システムチェックを開始しろ」
『了解イタシマシタ。ポポロ村駐在所、内部インフラ接続ヲ確認』
巡査ゴーレム1号が重厚な足取りで玄関に立ち、室内の計器をスキャンしていく。
扉をくぐると、外の土埃が嘘のように遮断された、清潔で近代的なフロアが広がっていた。
・正面受付カウンターと、魔導電源で駆動する薄型ノート型端末が並ぶ事務デスク室。
・壁一面に張り出された管内地図と、連絡用ホワイトボード。
・奥には、頑丈な防音壁とパイプ椅子二脚が置かれた『取調室』。
・その隣には、重厚な耐魔複合鉄格子が嵌められた『留置房』。
・そして——エアコン魔導具によって室温が完璧な24度に保たれ、大宇宙管理局直通の超爆速Wi-Fiがビンビンに飛び交っている!
「きゃあ〜〜☆ Wi-Fi爆速じゃん! 上り下り無制限のギガ帯域キタコレ!! これで4K生配信もヌルヌル動くわ〜☆」
キュララがスマホを握りしめてソファへダイブした。
「ふふふ、この留置房の鉄格子、とても機能美に溢れておりますわね♡」
ルナが鉄格子を指先で撫で回し、うっとりと微笑む。
「隙間から麻痺性の蔦を這わせれば、拘留された犯罪者さんたちを安全かつ確実に昏睡状態に保てますわ♡ もし脱走を試みる悪い子がいたら、両足の腱を世界樹の根で拘束して差し上げましょうね♡」
「留置場で拷問トラップを開発するな!」
「リオン様ぁぁぁ!!」
廊下の奥から、感極まったリーザの絶叫が響いた。
見に行くと、彼女は取調室の灰色の机に頬ずりをしていた。
「ここですわ! ここが私の魂の原点、あの奇跡のカツ丼が支給された神聖なる聖域(取調室)ですのね……! リオン様、いつでも私に職務質問をしてくださって構いませんのよ!? 反復横跳びでも腹太鼓でも、いくらでも不審な奇行を披露してみせますわ!!」
「カツ丼目当てで取調室に入り浸ろうとするな! 出てけ!」
ツッコミを入れながら、俺はフロアの最奥——白く輝く暖簾をくぐった。
そう、警察官の命の源泉泉水、給湯室である。
ピカピカに磨かれたステンレスの流し台。
カチリと回せば瞬時に湯が沸く魔導コンロ。
そして壁面には、大宇宙管理局の補給機能——通称『PX(売店)機能』を内蔵した巨大な魔導保冷庫が鎮座していた。
「……よし。給湯室の稼働チェックだな」
俺は急須に深蒸し茶の茶葉を入れ、コンロで沸かした湯を少し冷ましてから注ぎ入れた。
最後の一滴まで絞り落とした深緑の液体を、湯呑みごと口に含む。
じわりと広がる渋みと、ほのかな甘み。
「……ふぅ。やっぱり、どこへ行こうと朝茶は美味いな」
「リオン様、お疲れ様ですわ♡」
トクン……トクン……トクン……。
背後から近づいてきたキャルルが、そっと俺の制服の背中に寄り添い、長い兎耳をピクつかせた。
甘い人参スコーンの香りと、彼女の柔らかな体温が伝わってくる。
「リオン様の鼓動……新しい駐在所が建っても、やっぱり少しもブレていませんわね♡ どこまでも誠実で、優しくて、頼もしい心音……。この駐在所があれば、きっとポポロ村の皆様も安心して暮らせますわ」
「そうだといいけどな。……ほら、キャルルさんもみんなも腹減ったろ? 設営記念に、PXの備蓄メシで簡単な昼飯にするぞ」
俺がPX保冷庫の扉を開けると、そこには帝都警察本部の誇るレトルト食品や戦闘糧食がぎっしりと並んでいた。
取り出したのは、湯煎で温めるだけの特製レトルトパウチ。
「本日の駐在所開設メシはこれだ。ルナミス軍戦闘糧食2型——『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』と、タローソン特製の『具だくさん豚汁』だ」
大鍋で温めたパウチを開けた瞬間、給湯室から執務室全体へと、破壊的なまでに香ばしい出汁と醤油の匂いが解き放たれた。
肉厚で弾力のある肉椎茸から染み出した濃厚なキノコの旨味エキス、醤油草の甘辛いタレを吸い込んでふっくら炊き上がった米麦草。
そして豚汁の鍋からは、大根、人参、ゴボウ、豚バラ肉が煮崩れる寸前の芳醇な味噌の湯気が立ちのぼる。
「う、美味そう……っ!」
「ガツガツッ! もぐもぐもぐ……んん〜〜〜っっ! 肉椎茸がお肉みたいにジューシーで、お米の一粒一粒に出汁が染み渡っておりますわぁぁぁ!!」
リーザが猛烈な勢いでどんぶりを抱え込み、一瞬で半分を平らげる。
キャルルもお椀を両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけながら豚汁を口に含んだ。
「美味しい……! お野菜の甘みが溶け込んでいて、旅の疲れがすうっと消えていくようですわ……♡」
「ふふ、この肉椎茸、滋養強壮の薬効も極めて高いですわね♡ リオン様の生命力が満ち溢れていくのが分かりますわ♡」
「リスナーのみんな〜、ポポロ村駐在所の飯テロ配信、スパチャ三千万円いったよ〜☆」
スチール机を囲んで広がる、いつも通りの騒がしくも温かい食卓。
手取り十六万の小市民公務員としては、この平穏な時間が何よりも愛おしい。
——だが、そのささやかな幸福を切り裂くように。
ズドォォォォォォンッッ!!
けたたましい爆発音と地響きが、駐在所の耐震ガラスを激しく震わせた。
「な、何事ですの!?」
「豚汁をひっくり返すところでしたわァッ!?」
立ち上がった俺たちの耳に、駐在所の外——村の入り口ゲートの方角から、野太い怒号と重火器の乱射音が飛び込んできた。
『ヒャッハァァァッ! ポポロ村のブタども、息してるかァ!?』
『前村長ロップのクソ爺が金を横領して逃げたせいで、今月分の契約が切れたんだよォッ!』
『命が惜しけりゃ、今すぐ追加料金を払え! 強盗サブスク【暴行しない券】、家族割引20%オフ付きで再契約させてやるぜえええッ!!』
ピクッ、と俺の『犬のお巡りさん』の嗅覚と聴覚が、最大警戒レベルで跳ね上がった。
・粗悪な魔導重油と排気ガスの焦げた悪臭
・火薬と、軍用ロケット弾の推進剤の匂い
・そして——『暴行しない券』を盾に村民を脅しにかかる、武装山賊どもの下卑た悪意の匂い。
「……はぁ。せっかく美味い炊き込みご飯を食ってたってのによ」
俺の瞳から、小市民の温厚な光がすっと消え失せた。
前世の社畜時代、理不尽に怒鳴り散らすモンスタークレーマーを冷徹に叩き潰してきたあの現場責任者のスイッチが、カチリと音を立てて切り替わる。
箸を置き、制服の襟を正す。
腰のホルスターに収まったニューナンブ魔導拳銃の位置を確かめ、壁のガンラックから鈍色に輝く主武装——『魔改造レミントンM870』を引き抜いて背負った。
「キャルル、リーザ、ルナ、キュララ。……初仕事だ、出動するぞ」
「「「「了解ですわ(了解〜☆)!!」」」」
ポポロ村駐在所、開設初日。
押し売り山賊団を相手取った、異世界のお巡りさんの最初の『職務質問』が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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