EP 13
いざポポロ村へ! 125ccMTバイクと巡査ゴーレム1号の旅立ち
帝都ルナミスの西門を抜けると、石畳の近代的な舗装道路はゆるやかに終わりを告げ、大陸を東西に貫く広大な街道がどこまでも地平線の彼方へと伸びていた。
初夏の風が吹き抜ける街道の路肩で、俺——リオン・フォン・アルディス巡査長は、真新しい愛車のキックペダルを踏み下ろした。
ドロロロロロロロッ……!
腹底に心地よく響く、単気筒魔導エンジンの小気味よいアイドリング音。
無骨な深緑色のスチールパイプフレームに、丸型の大型魔導ヘッドライト。リアキャリアには大容量のハードパニアケースが左右に鎮座し、車体側面には帝都警察の桜と天秤の紋章が誇らしげに刻まれている。
天界・大宇宙管理局から正式支給された俺の新たな相棒——『125ccMT魔導バイク』だ。
「よし、魔導燃料の循環も、ブレーキの遊びも問題なしだな」
スロットルを軽く捻ると、乾いた排気音がブウンと唸りを上げる。
前世の原付二種を思い出させるこのサイズ感と取り回しの良さ。満員電車に揺られて胃を痛めていた社畜時代からすれば、風を切って自由に街道を走れるだけで感動すら覚える。
そして、そのバイクのすぐ横には——。
ガシャン。キュィィィン。
重厚な金属駆動音とともに、直立不動の姿勢を保つ漆黒の巨躯。
身長およそ二メートル、全身を耐魔複合装甲で覆われ、頭部には赤色と青色の魔導回転灯が埋め込まれている。胸部には『巡査01』の白文字。ヴァルキュリア師匠から配備された、自立思考型防犯支援ユニット——『巡査ゴーレム1号』である。
『ピピッ。エンジン出力、巡航モードニ移行。周囲ノ治安レベル:警戒度B。リオン所長、いつでも出発可能デス』
スピーカーから流れる無機質ながら頼もしい電子音声。
巡査ゴーレム1号は背中に大型の多目的カーゴキャリアを背負っており、俺たちの生活物資や駐在所の予備備品がみっちりと積み込まれていた。
「頼もしい限りだな、1号。お前が一番まともな部下になりそうだ」
『恐縮デス。公務員トシテ、法令遵守ニ邁進イタシマス』
……そう、このゴーレムが一番常識的なのだ。
俺の背後で繰り広げられている、出発直前の阿鼻叫喚と比べれば。
「リオン様ぁ〜〜! 私の特等席は、もちろんリオン様の真後ろ、背中にぴったりと胸を密着させるタンデムシートですわよね……!?♡」
足元のタローマン特注・重作業用安全靴をカチリと鳴らし、人参柄のハンカチを両手で握りしめながら目を潤ませているのは、ポポロ村の新村長・キャルルだ。
プラチナブロンドの長い兎耳が、興奮と熱烈な愛情でピクピクと激しく跳ねている。
「密着すんな! 背中にそんな重量級の愛を背負ってギアチェンジできるか! キャルルさんはサイドカー……じゃなくて、ゴーレムが牽引する荷台シートに乗ってくれ!」
「そんなぁ! リオン様の背中から伝わる純真無垢な心音を聴きながらのツーリングを楽しみにしていたのに……っ! でも、拒絶されるリオン様の照れた心音も、それはそれで極上の甘美ですわ……♡」
「ポジティブすぎるだろ!!」
俺がツッコミを叫ぶ横で、ドスンと重い荷物が地面に落ちる音がした。
「重っ……! ちょ、ちょっと待ってくださいまし! 私の全財産が入った段ボール箱が崩壊寸前ですわ!」
毛玉だらけの臙脂色の芋ジャージを着た人魚姫リーザが、必死の形相で荷物を抱え直していた。
彼女の荷物の中身は——タローソンで貰ってきた無料の割り箸数百本、道端で拾った謎の『ふ〜ん石』、公園で集めた乾燥パンの耳の保存瓶、そして真鍮製の五円玉が数十枚。
「リーザ、お前……引っ越し荷物の九割がゴミと拾い物じゃないか」
「ゴミとは失礼な! これは私の命を繋いできた聖遺物群ですのよ! 特にこの『タローソンの高級爪楊枝付き割り箸』は、ポポロ村で空き缶を拾って糊口をしのぐ際の最重要ツールですわ!」
「新村長の側近として赴任する奴が、初手から空き缶拾いのシミュレーションするな」
呆れる俺の頭上を、ふわりと爽やかな白百合の香りがかすめた。
純白のローブをなびかせ、優雅に魔導風に乗って宙に浮かんでいるのは、次期エルフ女王候補のルナだ。手元には、世界樹の根で作られた特注のピクニックバスケット。
「あらあら、皆様とても騒がしくて楽しそうですわね♡ リオン様、長旅になると伺いましたので、道中で野盗や魔獣に襲われた時のための『特製毒薬アンプルセット』と、万が一首がもげた時用の『瞬間首接合軟膏』を調合しておきましたの♡」
「首がもげる前提の軟膏を用意するな! あと毒薬をピクニックサンドイッチの横に並べるんじゃない!」
「うふふ、万が一の備えは大切ですわよ♡」
神々しい笑顔でトンデモない狂気を振り撒くエルフ。
そして——頭上十メートル付近から、聞き慣れたけたたましい電子音が響き渡る。
「ハローエブリバディ〜☆ ゴッドチューブ生配信【美少女天使と巡査長、大陸一危険な限界集落へお引越ししてみた☆】、街道編スタートだよ〜〜ん!!」
黄金の光輪をチカチカと輝かせ、自律飛行する十数台のドローンを従えてホバリングしている月給二億円天使キュララ。
手元のスマホ画面には、すでに『新天地キタコレ!』『バイクかっけえええ』『とりあえず赤スパ投下!』と狂気のコメントが濁流のように流れている。
「リスナーのみんな〜、ポポロ村までの街道のガソリン代と高速代、ルナPayクラファンで募集開始十秒で目標額の一千万円突破したから全額ウチのポケットマネーにしちゃいま〜す☆」
「人の旅路を勝手にマネタイズしてピンハネすんな!!」
大気圏まで響きそうなツッコミを放ち、俺は深々と天を仰いだ。
ヤンデレ村長、極貧人魚、サイコパスエルフ、拝金天使。
この問題児カルテットを連れて、三大国の緩衝地帯という無法の地へ向かうのだ。胃に穴が空かない方が奇跡である。
「……はぁ。全員、配置につけ! これよりポポロ村駐在所へ向けて出発する!」
「「「「おーっ!!」」」」
俺がバイクに跨り、クラッチを握ってローギアへ踏み込む。
荷台のサイドシートにキャルルとリーザが乗り込み、ルナとキュララは上空から護衛飛行のフォーメーションを組む。巡査ゴーレム1号がガシャンガシャンと力強い足音でバイクの後方に追従した。
「ポポロ村駐在所、出動だ!」
スロットルを回すと、125ccのエンジンが軽快な唸りを上げ、深緑の車体が初夏の街道へと勢いよく飛び出していった。
帝都を出発して数時間。
街道沿いの風景は、近代的なビルや魔導工場から、見渡す限りの広大な森林と草原へと移り変わっていた。
太陽が西の山並みに沈みかけ、空が燃えるような茜色から深い藍色へとグラデーションを描き始める。
「所長、前方五百メートル地点ニ平坦ナ開拓地ヲ確認。本日の宿営地トシテ推奨イタシマス」
「了解だ、1号。今夜はあそこで野営にするぞ」
街道から少し外れた清流のほとりにバイクを止め、エンジンを切る。
カチカチと熱を帯びたマフラーが冷めていく音、草むらから聞こえる夜の虫の音。
心地よい静寂が広がる中、後ろの荷台から力尽きたような呻き声が上がった。
「うぐぅぅぅ……お、お腹が空いて……もう一歩も動けませんわ……っ」
リーザがカエルのように手足を投げ出して草の上にへたり込む。
胃袋の底から、雷鳴のような『ぐうぅぅぅぅぅ』という腹の虫が響き渡った。
「リオン様……私、道端のコケでも毟って食べればよろしいでしょうか……? それとも、川のザリガニと決死の水中戦を演じるべきですの……?」
「野生児みたいなこと言うな。ちゃんと飯はあるから待ってろ」
俺はバイクのリアキャリアから、大宇宙管理局支給のキャンプ用魔導コンテナを下ろした。
蓋を開けると、そこには前世のコンパクトなアウトドアクッカー、魔導バーナー、そして数々の保存食が機能美あふれるパッキングで収められている。
「リオン様、火起こしと設営は私にお任せくださいまし♡」
キャルルが安全靴で地面をサッと均し、手際よく薪を組む。
ルナが「では、防虫と快適な睡眠のために、周囲の草花を眠らせておきますね♡」と指を鳴らすと、野営地の周りに淡い結界のような香気が張られた。
キュララは「【美少女たちのリアル野営メシ生配信☆】同接八十万人キープ〜!」と相変わらずスマホを構えている。
「よし、今夜の夕食はこれだ」
俺がコンテナから取り出したのは、銀色の真空レトルトパウチと、無骨なカーキ色の缶詰たちだった。
「……あら? リオン様、それは……?」
「帝都警察および帝国軍に正式採用されている、最新鋭の戦闘糧食——ルナミス軍1型(缶詰)と、交番支給の備蓄メシだ」
カチリ、と魔導バーナーに青い炎を灯す。
クッカーに清流の水を注ぎ、湯煎の準備を整えながら、缶切りで分厚い缶詰のフタをパキパキと開けていく。
最初の一缶——『【豚神屋監修】シープピッグのニンニクアブラ飯(爆弾缶)』。
フタを開けた瞬間、ジュワッという音と共に、破壊的なまでのニンニクと豚背脂の濃厚な芳香が野営地一帯を支配した。
醤油タレで炊き込まれた硬めの麦飯の上に、トロトロに煮込まれた分厚いシープピッグの角煮と、真っ白な背脂ペーストがぎっしりと敷き詰められている。
「ひ、ひぎゃああああっ!? な、なんという凶暴な脂の匂い……! 鼻腔が……私の人魚の嗅覚が焼き切れてしまいますわァァッ!!」
リーザが白目を剥いてのたうち回る。
さらに俺は、もう一つのクッカーで銀色のパウチを温め、熱々のご飯パックの上にドバッとぶちまけた。
二品目——『トライバードと太陽芋の魔導軍隊カレー』。
クミンとコリアンダーの本格的なスパイスの香りが立ち上り、ゴロゴロと入った大ぶりのトライバード(三本足の地鶏)のモモ肉と、黄金色に煮崩れた太陽芋が、漆黒の濃厚なルーに絡み合っている。
そして最後は、俺自身のこだわりだ。
小さなメスティン(飯盒)で炊き上げた純白の銀シャリに、持参したタローソンの極小粒納豆パックを二つ、手早くかき混ぜて流し込む。
ネギを散らし、出汁醤油をひと垂らしした『夜のシメ用・納豆ご飯』。
「はい、お待たせ。野営特製、ルナミス軍隊メシ&交番定食の完成だ」
「い、いただきますわァァァァァッッ!!」
割り箸をパチンと割り、リーザが猛然と『ニンニクアブラ飯』へと突撃した。
スプーンで角煮ごとご飯をすくい、大口を開けて頬張る!
「んんんんんん〜〜〜〜〜っっっ!! しょっぱい! 甘い! そして暴力的な脂の旨味が、口の中で大爆発を起こしておりますわぁぁぁ!! ニンニクのパンチが効いたご飯に、背脂が絡んで……喉を通り過ぎる瞬間に脳髄が痺れますのーーッ!!」
ガツガツッ、ゴクンッ! と驚異的なスピードで飲み込んでいくリーザ。
その隣で、キャルルも上品に『魔導軍隊カレー』をスプーンで口に運んだ。
「まあ……! ピリッとしたスパイスの辛さの中に、太陽芋の優しい甘みとお肉のコクがしっかり溶け込んでいますわ……! 野営の寒さを忘れさせるほど、身体の芯から温まってまいります……♡」
キャルルは頬を染め、スッと俺の顔を見つめてきた。
トクン、トクン、と長い兎耳が俺の心音を捉える。
「リオン様……こんな過酷な旅路の中でも、私たちを温かくもてなしてくださるなんて……。貴方の心音、本当にどこまでも温かくて、慈愛に満ちていますわ……♡ 私、やっぱり一生貴方についてまいります……!」
「ただの市販のレーションを温めただけだからな!? そんな大層なもんじゃないから!」
「あらあら、ふふふ。この納豆という豆の発酵食品、世界樹の古代薬膳にも通じる深い味わいですわね♡」
ルナが優雅に納豆ご飯を味わい、エメラルドグリーンの瞳を細める。
「この粘り気成分を抽出すれば、敵の気管を瞬時に塞いで窒息死させる暗殺粘液が作れそうですわ♡」
「美味しく納豆食ってる横で生物兵器のアイデア出すな!!」
「リオンっちー! リスナーが『飯テロすぎる! 夜食にラーメン食いたくなった!』って発狂してスパチャ五百万円飛んできたよ〜☆」
「深夜の飯テロ配信の破壊力よ……」
クッカーを囲んで広がる、騒がしくも温かい笑い声。
夜風が少し冷たくなってきたが、焚き火の温もりと、美味い飯の余韻が全員の腹と心をしっかりと満たしていた。
やがて食事が終わり、巡査ゴーレム1号がテキパキと食器の洗浄と片付けを完了させる。
見張りを1号に任せ、テントに入ろうとした時だった。
ピクッ、と俺の『犬のお巡りさん』の耳が跳ね上がった。
西の方角——ポポロ村が位置する山々の向こうから、夜風に乗って微かな匂いが流れてくる。
(……この匂いは……)
・煤煙と粗悪な魔導重油の焦げた匂い
・火薬と、軍用バズーカの推進剤の匂い
・そして——『暴行しない券』を巡って村を取り囲む、武装山賊どもの下卑た殺気の匂い。
「……いよいよ、近いな」
俺は腰のニューナンブ魔導拳銃の位置を確かめ、バイクのホルスターに収められた主武装——『魔改造レミントンM870』の冷たいレシーバーに触れた。
前村長が数千万円を持ち逃げし、無政府状態に陥った限界集落『ポポロ村』。
そこに待ち受けているのは、並大抵の田舎暮らしではない。
「明日の昼には到着する。……全員、今夜はしっかり寝ておけよ」
「「「「はいっ!!」」」」
焚き火の炎が爆ぜ、赤黒い夜空へと火の粉が舞い上がる。
愛車125ccバイクと巡査ゴーレム、そして四人の問題児ヒロインたちと共に往く。
大陸一危険な超重武装農村の平和を勝ち取るための旅路は、いよいよ目的地へとその切っ先を向けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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