第97話:封印の解けた太古の邪神が暴れて目が血走っていたので、蒸気ホットアイマスクを乗せてあげたら大人しく爆睡した件
「うぅ……目の奥がズキズキして、ショボショボするよ……」
窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、僕は両手の人差し指でこめかみをぐりぐりと揉みほぐしていた。
膝の上では、羽毛の生えた子恐竜が「くぅ……」と小さくあくびをしてお腹を丸め、足元では丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑ランプを揺らしながら靴下を温めてくれている。
コタツの向かい側では、パジャマ姿の時間の神クロノスが、みかんの皮を小さくちぎりながら眉をひそめていた。
「どうされたのじゃルーカス様。まさか全時空の因果の乱れを感知されたのか?」
「ううん、全然違うよ。昨日、ヤーコプさんが作ってくれた新しい絵本を夜遅くまで夢中で読んじゃったから、完全に眼精疲労なんだ……」
前世の僕も、病院のベッドの上で暇を持て余しては、携帯ゲーム機の画面や分厚い文庫本を何時間も見つめ続けて、目が真っ赤に充血してひどい偏頭痛を起こしたことがある。
目の奥の筋肉がガチガチに凝り固まると、自律神経が乱れて首や肩までバキバキになり、体調不良の引き金になっちゃうんだよね。
「こういう時はさ……前世の薬局で売ってた、あの約40度の温かい蒸気が出る『ホットアイマスク』があれば最高なんだけどなぁ。あずきをレンジでチンして目に当てるピローでもいいんだけど……ラベンダーやカモミールの良い香りに包まれながら、じんわりと蒸気で目元を温めるだけで、目の奥のコリがふわぁぁっと溶けて、強制的に視界が遮られて泥のようにぐっすり眠れちゃうんだよね……」
自室のハーブティーの湯気をまぶたに当てて、目の疲れを癒やそうと試みる僕の、切実で健康第一なボヤキ。
ビビビビビビッ! ギュイィィィィンッ!
突如として、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』から、耳を劈くような真っ赤な緊急アラートが鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報! 次元断層の最深部、十万年前の太古に封印されし禁忌の存在【深淵の邪神アル・ゴラス】の封印結界が崩壊! 現世への顕現を確認いたしました!』
モニターの向こうでは、全次元を揺るがすほどの漆黒の嵐が渦巻き、その中心から山のように巨大で不気味な黒い肉塊が這い出してきていた。
そしてその肉塊には——なんと、千個を超える巨大な眼球が所狭しと密集し、そのすべてが真っ赤に血走り、ギョロギョロと狂乱の光を放って暴れ回っていたのだ!
『ウオオオオオオオッ! 呪う……! 全世界を呪い尽くして滅ぼしてやるぅぅぅッ!! 我が眼球の疼きが止まらぬのだぁぁぁッ!』
邪神の千の目は血涙を流さんばかりに真っ赤に充血し、瞳孔を激しく痙攣させて咆哮している。あまりの狂気と凄まじい瘴気に、全次元の観測所が悲鳴を上げていた。
前世の僕なら卒倒していただろうけれど、目の奥を痛めている今の僕には、その暴れる理由が痛いほどよく分かってしまった。
「ひ、ひえぇっ……!? あ、あの邪神さん、十万年間も暗闇の狭間で、目を見開きっぱなしで封印されてたの……!? そんなの、ドライアイと極限の眼精疲労で頭がおかしくなっちゃうに決まってるよ……! 千個もの目が全部パシパシに乾燥して充血してたら、誰だってイライラして世界を滅ぼしたくなっちゃうよ!」
僕は冷めかけたハーブティーのカップを握りしめ、特製クッションをぎゅっと抱きかかえながら、思わず切実に叫んだ。
「暴れて破壊光線なんて撃ったら余計に目を酷使して眼圧が上がっちゃうよ! 誰かあそこに、温かい蒸気の出る特大のホットアイマスクを乗せてあげてよ! ラベンダーの香りとじんわりした温熱で目の奥を温めて、強制的に目を閉じさせて熟睡させてあげれば、イライラも充血も全部ほぐれて大人しく眠ってくれるはずなのに……!」
眼精疲労の苦しみを誰より理解する少年の、心からの共感と快眠第一なボヤキ。
……のはずだった。
(十万年の封印で酷使された邪神の全眼球を、至高の蒸気とアロマで慈悲深く包み込む神の眼精昇華温熱……! そして破壊の衝動すらも極上の熟睡へと溶かし去る創世の快眠大綱……!?)
ドアの物陰で、本日の安眠ハーブを調合していた香水係イリス、裁縫師エマ、薬師フィオナ、そして妹リリィの目が、カァァァッ! と全次元の星々をも凌駕するほどの黄金の閃光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「武力で討伐するのではなく、邪神様の千の眼球の疲労を慈しみ、温かい蒸気のアイマスクでお休ませになろうとなされるなんて……! 私、すぐに『邪神様・全眼球蒸気ホットアイマスク救済プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と温熱アロマ縫製の極致だぁぁぁッ!」
裁縫師エマと香水係イリス、薬師フィオナが、最高級シルク布地と薬草温熱カイロを掲げて叫ぶ。
「肌触り極上の超巨大サラマンダー・シルクに、天然ラベンダー蒸気発生薬草をたっぷり封入し、ただちに邪神の全眼球を覆い尽くす『特大・蒸気ホットアイマスク』を召喚ポータルへ射出いたしますぞッ!」
「待って四人とも!? 僕はただ『目を温めたら楽になるのに』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の快眠&裁縫&妹チームは時空ポータルへと爆走していった。
◇
数分後。
次元の裂け目で暴れ狂っていた邪神アル・ゴラスの頭上に、突如として巨大な時空の扉が開いた。
そこから「ふわり……」と舞い降りてきたのは、薄紫色に輝く、ふんわりと柔らかそうな超特大の布地。
『な……なんだこの布切れはぁぁぁッ!? 貴様ら、我が千の眼光を遮る気か——パフッ』
邪神の千の目をまるごと覆うように、その巨大な布——『バルデン特製・蒸気ホットアイマスク(ラベンダーの香り)』が、ぴったりと装着された。
ジュワァァァァァ……。
その瞬間、目元を優しく包み込んだのは、人肌より少し熱い、約40度の心地よい温かい蒸気。
そして、鼻腔をくすぐる上質な天然ラベンダーの安らかな香り。
邪神の全身が、ビクンッ! と大きく跳ね上がった。
『な……っ!? な、なんだこの温もりは……!? じ、じんわりと……十万年間カピカピに張り詰めていた目の奥の筋肉が……と、溶けていく……!?』
蒸気が、充血しきっていた千個の眼球を優しく潤し、凝り固まった神経を芯からほぐしていく。
『あ……温かい……! 目を開けていられない……! なんだこの多幸感は……重たい瞼が勝手に落ちていく……! 憎悪が……イライラがサラサラと消えて……う、うぅ……っ』
邪神はボロボロと温かい涙を流し、その場にどすんと座り込んだ。
そして——。
グォォォォ……スースー……ゴロゴロ……!
天地を揺るがすほどの幸せそうな大いびきとともに、山のような巨体が丸くなり、そのまま泥のような深い深い爆睡へと突入したのだ。
そこへ、誇らしげなリリィ、エマ、イリス、フィオナが駆け込んできた。
「お兄様! 太古の邪神アル・ゴラス様の『完全無血爆睡』を達成いたしましたわ!」
リリィが金文字の安眠証明書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「邪神様は『この温かい目当て布を外したくない……あと十万年は寝かせてくれ……』と涎を垂らしながら完全に戦意喪失されましたの!」
「邪神がホットアイマスクで十万年二度寝に入っちゃってる!?」
さらにコタツの向かい側では、時間の神クロノスが、みかんを頬張りながら「うむ。千の目を休める蒸気布とな……実に理にかなっておる。余計な破壊を防ぐ最高の知恵じゃな」と感心しきりに頷いていた。
「神様まで深く納得しないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……スマホや本で目が疲れた時にホットアイマスクがあると気持ちいいよねって思い出しただけなのに……なんで僕の一言で『世界を滅ぼす太古の邪神が蒸気アイマスクで大人しく爆睡』してるのーーーーッ!」
眼精疲労と頭痛を恐れた少年のささやかなボヤキは、身近な癒やしグッズの温もりによって太古の恐怖すらもあっさりと眠らせてしまい、本日も彼は足元で丸くなる小さな仲間たちと、温かな部屋の中で静かな安らぎを噛みしめるのだった。
「ここまでお読みいただきありがとうございます!『続きが気になる!』『ボヤキ生活を応援したい』と思ってくださったら、画面下の【ブックマーク登録】や、【評価の★★★★★】をポチッと押していただけると、執筆の凄まじい励みになります!どうぞよろしくお願いします!」




