第96話:第六章完結・時空を超えて世界がどれほど広がろうと、僕は自室のベッドでぬくぬく長生きします!
窓辺の小さな花瓶から、今朝摘まれたばかりのカモミールが、日向のような甘い香りをふわりと漂わせている。
膝の上では、羽毛の生えた手のひらサイズの子恐竜が「くぅ……ん」と甘えた寝息を立ててお腹を見せ、足元では丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑ランプを灯しながら僕の靴下を温めてくれている。
コタツの中では、パジャマ姿の時間の神クロノスが、湯呑みから立ち上る湯気を愛おしそうに眺めながら、満足そうに髭を撫でていた。
「……うむ。果てしなき時空の波を幾億年と見届けてきたが、過去も現在も未来も、これほど清らかに凪いだ因果の流れは見たことがない。どの時代を覗いても、誰もが腹を満たし、温かな床で眠り、笑顔を交わしておる。ルーカス様、貴方の存在そのものが、時空にとって最大の至宝じゃよ」
神様からの深みのある言葉に、僕は照れくさくなって、抱きしめた特製クッションに顎をうずめた。
壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』を見渡せば、そこには信じられないほど穏やかな全時代の景色が広がっていた。
太古の氷河期やジャングルでは、毛皮を着た古代人たちと恐竜たちが仲良く野菜スープを囲んで笑い合い、
中世の戦場跡地では、武器を置いた兵士たちがコタツに入って定時帰宅の喜びを噛み締め、
未来のサイバー都市では、残業を全廃された技術者たちが至高のふかふかベッドで泥のように熟睡している。
そして部屋の中には、何十億もの人々から届いた感謝の想いが、七色に優しく瞬くアロマの光粒子となって、星屑のように静かに舞っていた。
(最初はただ……怪我や病気をしたくなくて、安全に長生きしたかっただけなんだけどな)
前世の病室で、点滴の管に繋がれながら白い天井を見つめていた日々。
身体を自由に動かすこともできず、失われた過去を悔やみ、先の見えない未来に怯えてばかりいた僕。
あの日、神様に祈ったのは、世界を救う大英雄になりたいとか、時空を支配したいなんてことじゃなかった。
ただ、病気も怪我もなく、温かいお部屋で家族と一緒にぬくぬく長生きしたいという、ささやかな願い。
それがどうしてか、妹のリリィがメモ帳に書き留めて街中に広めてくれたことで、頼もしすぎる50人の仲間たちが集まり……。
僕の「恐竜に踏まれたくない」「暴走AIに消されたくない」「時空停止で死にたくない」という切実なボヤキを叶えようとみんなが全速力で暴走してくれた結果、気づけば太古から未来まで、全時代の生命が笑顔で暮らす超平和な世界が完成してしまっていた。
コンコン。
ドアが優しくノックされ、大好きな家族が部屋に入ってきた。
「ルーカス、焼きたてのハニーラスクと、新しいハーブティーを持ってきたよ」
父アロイスが目尻を下げて微笑み、母エレナが優しく湯呑みにお茶を注ぎ足してくれる。
「ルーカス。外の警備も、全時空ポータルの防衛結界も完璧だよ。今日も100%安全だから、安心してくつろいでね」
カイル兄さんが脱力しきった柔らかい手つきで、僕の頭をそっと撫でてくれた。
「お兄様! 全時代・全時空から届きました『ルーカスお兄様大好きです』の感謝の光粒子、本日分もすべてお部屋の調和エネルギーとして満たされましたわ!」
リリィが金文字のメモ帳をぎゅっと抱きしめ、天使のような満面の笑顔で跳びはねる。
開かれたドアの向こうからは、国防総監ラグナル、衛生長官クララ、錬金術師ギド、建築長ブラム、大商人シルヴィアをはじめとする50人の仲間たちが、温かな眼差しで僕を見守ってくれていた。
(そっか……僕が本当に求めていたのは、ただ安全なお部屋だけじゃなくて……こうしてみんなと笑い合える、この温もりだったんだ)
過去の歴史がどれほど書き換わろうと。
未来の技術がどれほど進歩しようと。
全時代の教科書に僕の寝顔が載って、世界の神皇なんて呼ばれようと。
僕にとって一番大切で、何にも代えられない宝物は、ずっと変わらない。
僕は温かいハーブティーを一口すすり、世界で一番大好きな家族と仲間たちの笑顔に向かって、心からのほっこりとした笑みを浮かべた。
「みんな、本当にありがとう。……でもね、時空を超えて世界がどれほど広がろうと、僕がどんなに大層な名前で呼ばれようと……僕はこれからも、この自室のふかふかベッドの上で、みんなと一緒に永遠にぬくぬく長生きさせてもらうからね!」
特製クッションに深く深く顔をうずめると、部屋全体がどこまでも優しく至福に満ちた空気に包まれていく。
足元で丸くなる子恐竜の柔らかな体温と、寄り添うぬくぬく君の優しい音、そして愛する人たちの笑い声に包まれながら、僕は世界で一番幸せな笑顔を浮かべ、心ゆくまで「今」という時間を噛みしめるのだった。
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