第91話:時空を司る時間の神様が「天界よりルーカス様の部屋の方が時空が安定する」と居候してきた
「ふぅ……時空の理が勝手に納得してくれたおかげで、世界消滅の危機もあっさり去ってくれて本当によかったよ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上にうつ伏せになり、特製クッションに顎を乗せながら、湯気の立つハーブティーをすすっていた。
室温は完璧な22度、湿度は55%。
膝の横ではシャドウキャットのミミと、手のひらサイズの子恐竜たちが丸くなってすやすやと寝息を立て、足元では丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑色ランプを優しく灯している。
部屋の隅のコタツでは、引退した伝説の英雄たちがパジャマ姿で「ふむ……今日もこの部屋の羊羹は絶品じゃのう」「平和が一番でございますねぇ」と、穏やかにお茶をすすっていた。
自室の平和と安全性は、いよいよ完全無欠の領域に達している。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』の隅で、ニコたちが映し出していた「全時空管理センター」の監視映像をなんとなく眺めていた僕は、画面の向こうで繰り広げられているブラックすぎる光景に気づいて、思わず顔を青くした。
画面の向こうは、天界の遥か高みにある『クロノス神殿』。
そこでは、巨大な歯車と無限の砂時計に囲まれた「時間の神様」が、何億何兆という全時空の時計のネジ巻きと針の微調整に追われ、血走った目で青白い顔をして倒れかけていたのだ。
『あ、危ない……過去の第457次元の秒針が0.001秒狂いかけた……! 修正……修正せねば……! うぅ、もう何万年も一睡もしておらん……腰が砕けそうだ……』
前世の僕も、病院のベッドの上でテレビを見ていた時、24時間年中無休で働き詰めのシステムエンジニアさんや、不眠不休の当直で過労死寸前のお医者さんのニュースを見て、胸が痛くなった記憶がある。
「神様だからって、あんな冷たくて暗い神殿で何万年も一人きりで残業させられてたら、誰だって自律神経が壊れて過労死しちゃうよ……! もしも時間の神様が倒れちゃったりしたら、全時空の時間が急停止して大パニックになっちゃうし、長生きどころの騒ぎじゃないよ」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションをぎゅっと抱きしめながら、切実にボヤいた。
「時間の神様だってさ、もっと適度に有給休暇を取って休めばいいのに。天界の冷たい大理石の床の上で無理して立ってないで、うちの部屋のコタツにでも入って、温かいハーブティーとお茶菓子でも食べながらのんびりゴロゴロすればいいんだよ。神様が温かいお布団でぐっすり休んでリフレッシュできれば、全時空の時間だってトゲトゲせずに穏やかに流れて、みんな安心して長生きできるのになぁ……」
時間の神の過労死による時空停止パニックを心から恐れた、僕のささやかで健康第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全時空の絶対管理者すらも過酷なる労働の鎖から解脱せしめ、至高の神聖領域へと招致する神の時空絶対保養……! そして全宇宙で最も時空因果律が安定する聖域(ルーカス様の部屋)を時間の新天地となす至高の神居……!?)
ドアの物陰で、時空制御盤を点検していた時計職人ニコと、錬金術師ギド、そして妹リリィの目が、カァァァッ! と全時空の銀河を灼き尽くすほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「地上の人々や過去の英雄だけでなく、時間を司る神すらも慈悲の温もりで包み込み、お兄様のコタツでお休ませになろうとなされるなんて……! 私、すぐに『時間の神様・ぬくぬく居候招致プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と超次元有給休暇の極致だぁぁぁッ!」
時計職人ニコとギドが、クロノス歯車と超空間召喚ポータルをフル稼働させて叫ぶ。
「時間の神殿の中枢へ『バルデン特製・極上コタツ&お茶菓子直撃ポータル』を射出し、ただちに時間の神様をルーカス様の自室へワープ搬送いたしますぞッ!」
「待って三人とも!? 僕はただ『神様もたまには休んでね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の時空技術&妹チームは天界最高層へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。僕の部屋のコタツの中で、立派な白髭を生やして時計の王冠をかぶったおじいさんが、パジャマ姿で半纏を着て『ふにゃあ……お茶が染み渡る……』って号泣しながらみかん食べてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、目の前のコタツで繰り広げられているあり得ない神々の団らんにパチクリと目を丸くしていた。
ニコとギドが時間の神殿にポータルを直撃させた結果——。
過労死寸前だった「時間の神クロノス」は、ポータルから漂ってきた甘い焼き立てパンとお茶の香りに吸い寄せられ、そのまま宮殿の自室のコタツへと吸い込まれてしまったのだ。
コタツの中では、時間の神様が引退した英雄たちと一緒にみかんの皮を剥きながら、大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
『うぅ……温かい……! 天界の神殿は冷え冷えとして寂しく、全時空から届く時計の狂いの苦情で胃に穴が開きそうだったのに……こんなにも温かいコタツと甘い菓子があるとは……! わしはもう天界には戻らんぞ!』
「神様が職場放棄しちゃってるーーーーッ!?」
僕が悲鳴を上げると、時間の神様は特製クッションに頬をすりすりしながら、穏やかな笑顔で首を横に振った。
『よいのじゃ、ルーカス様。実はな……全時空を監視する神殿におるよりも、このルーカス様の部屋におる方が、全宇宙の時空が圧倒的に安定しておるのじゃよ』
「……え? どういうこと?」
『ルーカス様がこの部屋でふかふかベッドとクッションに包まれて『ぬくぬく』しておられるだけで、その多幸感の波動が全時空の因果律を完璧に調和させておるのじゃ。わしが歯車を回す必要など最初からなかったのじゃよ! ルーカス様の部屋こそが、全宇宙で最も時空の狂わない『絶対中央特異点』なのじゃからな!』
そこへ、誇らしげなリリィ、ニコ、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 全時空における『時間の神の過労死リスク・時空停止事故率完全ゼロ%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字の住民票を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「時間の神クロノス様が、正式に我が領の『コタツ永住特別住民』として登録されましたの!」
「時間の神様が僕の部屋に居候してこないでーーーーッ!?」
さらにリモート画面の向こうでは、全時代の時間の監視員たちや天使たちが、画面に向かって一斉に深々と手を合わせていた。
『神皇ルーカス様……! 我らが主神に何億年ぶりの有給休暇を与えてくださり、ありがとうございます!』
『ルーカス様のコタツこそ、全時空の時間の秩序を守る真の聖域だぁぁぁッ!』
「天使の皆さんまで画面越しに拝んでこないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……時間の神様が過労で倒れて時空が止まったら怖いから、たまにはコタツでお茶でも飲んで休んだらいいなって思っただけなのに……なんで時間の神様が僕の部屋のコタツに居候して『ここが宇宙で一番時空が安定する』って寛いでるのーーーーッ!」
時空停止のパニックを恐れた少年のささやかなボヤキは、時間の絶対神すらもコタツで骨抜きにして居候化させ、本日も彼は小さな恐竜やロボット、そして穏やかに微笑む神様たちに囲まれながら、ふかふかのベッドの中で静かに温まるのだった。
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