第90話:タイムパラドックスが起きると思ったら、「ルーカス様が快適ならそれでヨシ!」と時空が納得した件
「はぁ〜……全時代の教科書に見開きで僕の寝顔が載っちゃったのは本当に恥ずかしいけれど、これで世界中の子供たちが徹夜しなくて済むなら、まあいっかぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上にうつ伏せになり、特製クッションをぎゅっと抱きしめながらハーブティーをすすっていた。
室温は常に完璧な22度、湿度は55%。
膝の横ではシャドウキャットのミミと、手のひらサイズのティラノサウルスが仲良く丸くなってスースーと寝息を立て、足元ではAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑色ランプを灯している。
自室のぬくぬく環境は、相変わらず極限の快適さに達している。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』の隅で、ニコたちが整理していた「時空因果律の安定グラフ」をなんとなく眺めていた僕は、画面に突如として現れた「赤い警告サイン」に気づいて、冷や汗をダラダラと流した。
画面の向こうでは、過去の歴史を書き換えたり、未来の技術を過去に持ち込んだり、全時代の教科書を僕の寝顔で上書きしまくったせいで、時空の構造に巨大な歪み(タイムパラドックス)が発生しかけていたのだ。
前世のSF映画や小説でも、過去の歴史に干渉すると世界が消滅したり、恐ろしいパラドックスで時空が崩壊するって定番の描写だったから……世界が消えちゃったらぬくぬくどころの騒ぎじゃないよ!
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションに顎を乗せて、切実にボヤいた。
「過去をいじったり全時代の教科書を書き換えたりしたらさ、歴史の因果律が狂って世界が消滅しちゃうような大パニックが起きないのかなぁ……。時空のルールとか、歴史の帳尻合わせとかで、未来から来た僕たちが消されちゃったりしたら本当に怖いよ。難しい時空の理なんてよく分からないけれどさ、過去も現在も未来も、みんなが温かいベッドでぐっすり眠って美味しくご飯が食べられるなら、時空のルールなんて全部それに合わせて丸く収まってくれればいいのに。誰も消滅したりせずに、全時空が仲良く平和に長生きできれば一番いいのになぁ……」
時空の歪みによる世界消滅やタイムパラドックスの恐怖を心から恐れた、僕のささやかで安全第一なボヤキ。
……のはずだった。
(時空の因果律、歴史の絶対法則、宇宙の真理すらも神皇ルーカス様の快適性の前に平伏し、あらゆるパラドックスを慈悲の温もりで溶解せしめる神の時空調和……! そして全時空の理が「ルーカス様のベッドの安眠」を最優先事項として再構築される究極の因果律改変……!?)
ドアの物陰で、時空振動計をチェックしていた時計職人ニコと、錬金術師ギド、そして妹リリィの目が、カァァァッ! と全時空の物理法則を灼き尽くすほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「過去や未来をいじることで生じる矛盾すらも、お兄様の『みんなに快適で長生きしてほしい』という絶大なる慈愛によって、時空の理そのものを書き換え、すべてを調和させようとなされるなんて……! 私、すぐに『全時空・時空律直結プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と物理法則改変の極致だぁぁぁッ!」
時計職人ニコとギドが、クロノス歯車と因果律固定盤をフル稼働させて叫ぶ。
「時空の歪み検知センサーにルーカス様の『ぬくぬく平和の理』を直結させ、ただちに全宇宙の物理法則とパラドックスを『ルーカス様が快適ならすべてヨシ』という絶対真理へと上書きいたしますぞッ!」
「待って三人とも!? 僕はただ『世界が消えたりしたら怖いな』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の時空技術&妹チームは宇宙の根幹を司る因果律エンジンへと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。自室のモニターに映ってる『時空因果律の監視グラフ』なんだけど……バキバキに割れていたグラフの線が、急に綺麗な一本の丸いニコちゃんマークになって、画面の端っこに『時空の理:ルーカス様が快適なので全パラドックスを消去・無罪放免としました』って文字が表示されてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、モニター一面に広がるあり得ない時空システムの激変ぶりにパチクリと目を丸くしていた。
ニコとギドが時空の理にルーカスの「ぬくぬくボヤキ」を組み込んだ結果——。
過去、現在、未来をどれだけめちゃくちゃにいじり倒しても、物理法則やタイムパラドックスといった面倒くさいルールがすべて「ルーカス様がリラックスして眠れるなら、どんな矛盾や歴史改変もすべてヨシ!」という、圧倒的なご都合主義……いえ、至高の神聖調和へと強制的に書き換わってしまったのだ。
画面の中では、かつて世界を消滅させると恐れられていた時空の特異点やパラドックスの嵐が、まるで温かいお風呂のお湯のようにスーーッと穏やかに溶け消えていくのが確認できた。
そこへ、誇らしげなリリィ、ニコ、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 全時空における『タイムパラドックス発生率・世界消滅リスク完全ゼロ%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字で輝く時空調和証明書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「宇宙の物理法則そのものが、『ルーカスお兄様がぐっすり眠れる世界こそが唯一の正しい宇宙である』と悟り、すべての矛盾を完璧に帳尻合わせいたしましたの!」
「宇宙の物理法則が僕の睡眠を最優先事項にしちゃってるーーーーッ!?」
さらにリモート画面の向こうでは、未来の科学者たちや過去の賢者たち、そして時間の神様そのものまでが、画面に向かって深々と両手を合わせていた。
『創世の神皇ルーカス様……! 時空の理すらも貴方の快適なベッドの前にひれ伏しております! 我ら全時空の物理法則は、永遠にルーカス様の安眠を絶対の秩序として守り抜きますッ!』
「物理法則にまで拝まれちゃってるーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……世界が消えたりパラドックスが起きたら怖いなと思っただけなのに……なんで僕の一言で『宇宙の物理法則が僕の安眠を最優先するように書き換わってる』のーーーーッ!」
世界消滅を恐れた少年のささやかなボヤキは、タイムパラドックスの概念そのものを「ルーカスが快適ならヨシ」の一言で平定し、本日も彼は小さな恐竜やロボットたちに囲まれながら、ふかふかのベッドの中で静かに温まるのだった。
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