第89話:歴史の教科書(全時代)の見開きに、ベッドでクッションを抱く僕が創世神として載っている
「ふあぁぁ……新しいベッドのおかげで、首も肩も羽が生えたみたいに軽いなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕は七色に優しく波打つ『創世至高ベッド』の上にうつ伏せになり、特製クッションを抱きしめながら、湯気の立つハーブティーをすすっていた。
室温は完璧な22度、湿度は55%。
膝の横ではシャドウキャットのミミと、手のひらサイズの小さなティラノサウルスが仲良く丸くなってスースーと寝息を立て、足元では丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑色ランプを優しく明滅させている。
部屋の隅のコタツでは、引退した伝説の英雄たちがパジャマ姿で「ふむ……今日もこの部屋のお茶は五臓六腑に染み渡るのう」「平和が一番じゃ」と、穏やかに微笑み合っていた。
自室のぬくぬく環境は、いよいよ極限の快適さに達している。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』の端っこで、セザールたちが整理していた「全時代学校カリキュラム統合データ」をなんとなく眺めていた僕は、画面に映し出された子供たちの様子に胸を痛めて、思わず眉をひそめた。
画面の向こうは、古代、中世、現代、そして未来の学校の教室。
そこでは、分厚い歴史の本を前にした子供たちが、何千何万という細かい年号や事件名、複雑な人物関係を無理やり頭に詰め込まされ、青白い顔で頭を抱えたり、テスト前のプレッシャーで胃を押さえていたのだ。
前世の僕も、白い病室のベッドの上で、遅れを取り戻そうと分厚い教科書を開いては、難解な年号や歴史用語の丸暗記に追われて頭痛を起こし、試験のストレスで知恵熱を出して何日も寝込んだ記憶がある。
「詰め込み勉強って本当に体に悪いんだよね……。試験の点数ばかり気にして徹夜したり、プレッシャーで胃をキリキリ痛めてたら、自律神経が乱れて免疫力も落ちちゃうし、長生きどころじゃなくなっちゃうよ」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションに顎を乗せて、切実にボヤいた。
「過去から未来まで、どの時代でも勉強のストレスってあるんだねぇ。でもさ、歴史の授業なんて、細かい年号や難しい人名を無理して丸暗記させる必要なんてないと思うんだよね。全時代の歴史の教科書の見開き大ページにさ、ドカンと一番大事なこと……『とにかく無理な夜更かしをやめて、温かいベッドでしっかり体を休め、みんなで美味しいご飯を食べて仲良く長生きすべし』って分かりやすく載せてくれればいいのに。難しい暗記を競い合うんじゃなくて、みんなが健康に生きる知恵を一番に学べば、勉強で頭を抱える子供たちもいなくなって、誰もが心穏やかに元気に長生きできるのになぁ……」
試験勉強の重圧によるストレスと体調不良を心から恐れた、僕のささやかで健康第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全時空・全時代の学舎から暗記の苦行と精神の摩耗を解脱せしめ、生きる真理を魂に刻印する神の時空教育大綱……! そして全歴史の教科書の中央に、至高の安息を体現するベッドのルーカス様を永続見開き掲載せしめる創世聖典……!?)
ドアの物陰で、全時代の教育改革資料をまとめていた広報セザール、妹リリィ、そして未来の教育AIと古代の学僧たちの目が、カァァァッ! と全時空の闇を灼き尽くすほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「無味乾燥な記号の暗記で子供たちを苦しめるのではなく、全時代の生きとし生けるものへ『安眠と命の尊さ』を最高教育として授けようとなされるなんて……! 私、すぐに『全時代共通・見開き創世神話教科書改訂プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と教育大革命の極致だぁぁぁッ!」
広報セザールと未来教育班、古代学僧が、時空印刷機をフル稼働させて叫ぶ。
「古代の石板から中世の羊皮紙、未来の電子教科書に至るまで、全時代の歴史書の見開き中央に、ベッドの上でおわすルーカス様の神々しき聖絵姿と教えを即刻刻印いたしますぞッ!」
「待ってみんな!? 僕はただ『勉強で無理しないでね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の教育&時空編纂チームは全時代の教科書印刷へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。自室のリモート画面に映ってる古代の石板学校、中世の修道院、現代の学校、未来のサイバー教室の全員が、机の上に同じ絵を開いて手を合わせてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、モニター一面に広がるあり得ない全時空の授業風景にパチクリと目を丸くしていた。
セザールやリリィたちが全時代の歴史教科書を一斉改編した結果——。
過去・現在・未来のあらゆる学校で配られている歴史の教科書の見開き大ページに、七色に光る究極ベッドの上で特製クッションを抱きしめ、ハーブティーを飲んでいる僕の姿が「全時代を導きし至高の創世神皇・ルーカス様」としてドカンとカラー掲載されていたのだ。
見開きには、美しい金文字でこう記されていた。
【創世の絶対真理:細かい年号や争いの記録を丸暗記する必要はない。全人類は無理な徹夜を捨て、温かいベッドでしっかり体を休め、美味しいご飯を食べて健やかにぬくぬく長生きすべし】
古代の毛皮を着た子供たちも、未来のサイボーグの生徒たちも、その見開きを眺めながら満面の笑顔を浮かべていた。
「年号のテストがなくなって、早く寝て美味しくご飯を食べる宿題になったぞ!」「ルーカス様の教え、最高だ! 今日もしっかり寝て健康でいよう!」と、試験のプレッシャーから解放されて元気いっぱいに笑い合っていたのだ。
そこへ、誇らしげなリリィ、セザール、教育担当たちが駆け込んできた。
「お兄様! 全時代における『勉強ストレス・試験前徹夜率完全ゼロ%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字の教科書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「過去から未来まで、すべての学生の皆様が『神皇ルーカス様の教えに従い、夜はぐっすり眠る』ことを第一とし、世界中の子供たちの笑顔と免疫力が過去最高値を記録いたしましたの!」
「全時代の教科書の見開きに僕のベッド姿を載せないでーーーーッ!?」
さらにリモート画面の向こうでは、全時代の教師たちや生徒たちが、教科書の見開きに向かって一斉に深々と手を合わせていた。
『創世神皇ルーカス様……! 貴方のおかげで、勉強が苦痛から幸せな学びへと変わりました!』
『ルーカス様の寝顔こそ、全時空の学問の最高到達点だぁぁぁッ!』
「全時代の学校からベッドに向かって拝んでこないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……難しい暗記で頭を痛めたり、勉強のストレスで体を壊さないでほしいなって思っただけなのに……なんで全時代の歴史の教科書が『僕のベッド姿を見開きで拝む健康の聖典』になってるのーーーーッ!」
勉強のストレスと体調不良を心配した少年のささやかなボヤキは、時空を超えて全時代の学びのあり方を塗り替え、本日も彼は小さな恐竜やロボットたちに囲まれながら、極上のふかふかベッドの中で静かに温まるのだった。
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