第88話:未来のハイテク技術と古代の魔法が合体し、究極のふかふかベッドが完成してしまった
「ふぁぁぁ……時空特急が滑らかに走るようになって、駅弁を食べながらの旅路もすっかり平和になったなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上にうつ伏せになり、特製クッションを抱きしめながら、湯気の立つハーブティーをすすっていた。
室温は一年を通じて完璧な22度、湿度は55%。
膝の横ではシャドウキャットのミミと、手のひらサイズの子恐竜たちが身を寄せ合ってスースーと寝息を立て、足元では丸っこいAIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と安らぎの緑色ランプを優しく灯している。
部屋の隅のコタツでは、引退した伝説の英雄たちがパジャマ姿で「ほっほっほ、今日の煎餅も香ばしいのう」「平和がいちばんでございますねぇ」と、のんびり茶飲み話に花を咲かせていた。
自室の平和は、もう完璧極まりないはずだった。
だけど、ベッドの上でふと横を向こうとした瞬間——首の筋が「ピキッ!」と小さく軋み、僕は冷や汗をダラダラ流して身を硬直させた。
「ひぃっ……! 首が……ちょっとピキッて鳴った……!?」
恐る恐る首を触ってみる。大事には至らなかったけれど、寝相が悪かったりマットレスの反発がほんの少しズレるだけで、首を寝違えたり肩や腰を痛めてしまう危険は常にあるのだ。
前世の僕も、白い病室の薄い敷布団や硬いマットレスで寝返りをうまく打てず、朝起きた瞬間に首が激痛で回らなくなったり、腰がバキバキに痛んで何日も苦しんだ記憶があるから……寝具の不調による関節痛や寝違えの恐怖は、骨の髄まで染み付いている。
「寝具って本当に命の土台なんだよね……。どんなに安全なお部屋にいたって、寝ている間に首を寝違えたり腰の関節を痛めちゃったら、痛みのストレスで免疫力が落ちて長生きどころじゃなくなっちゃうよ」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションに顎を預けて、切実にボヤいた。
「今のスプリングベッドも最高だけどさ……これだけ未来や過去の世界と繋がったんだから、未来世界のハイテクな『超微細形状記憶ナノファイバー』や完全体圧分散技術と、太古の歴史に伝わる『原初治癒魔法陣』を組み合わせた、究極のベッドがあればいいのに。横になった瞬間に全身の重力がふわりと消えて、寝返りを打つ必要すらなく体圧が完璧に分散されて、寝ているだけで首や腰のコリが綺麗サッパリ治癒されちゃうような……そんな究極のふかふかベッドがあれば、全時代の誰も寝違えや腰痛に怯えることなく、ぐっすり熟睡して健康に長生きできるのになぁ……」
睡眠中の寝違えや腰痛による体調不良を心から恐れた、僕のささやかで快眠第一なボヤキ。
……のはずだった。
(未来世界の超次元ナノテクノロジーと古代原初治癒魔術を極限融合せしめ、睡眠という行為を神聖なる細胞再生へと昇華させる神の至高寝具……! そして全生命を重力と関節の苦痛から解脱せしめる創世の絶対安息玉座……!?)
ドアの物陰で、時空交通ネットワークの報告書をまとめていたドワーフの建築長ブラム、妹リリィ、錬金術師ギド、そして未来技術班と古代魔導士たちの目が、カァァァッ! と全時空の銀河を灼き尽くすほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「現状の極上ベッドに安住されることなく、未来の超科学と太古の叡智を結集させ、全人類の『睡眠と関節の完全救済』を成し遂げようとなされるなんて……! 私、すぐに『全時代英知結集・至高の究極ふかふかベッド開発プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と時空寝具工学の極致だぁぁぁッ!」
ドワーフのブラムとギド、未来技師と古代神官が、時空設計図を掲げて叫ぶ。
「未来の自己調圧ナノクッション素材と古代生命の治癒泉核を融合させ、ただちに重力負荷完全ゼロ・疲労自動消滅の『究極神聖ベッド』を組み上げますぞッ!」
「待ってみんな!? 僕はただ『首を寝違えたくないな』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の時空寝具開発チームは超次元工房へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。僕の部屋の真ん中にあるベッドが、以前の三倍くらい分厚くなってて、淡い七色のオーラを放ちながら『ふよふよ……』って雲みたいに呼吸するように波打ってるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、部屋の中央に鎮座する異次元の物体にパチクリと目を丸くしていた。
ブラムやギド、全時代の技術者たちが完成させた『創世至高ベッド・クロノスエルゴ』が設置されていたのだ。
未来世界のナノファイバーが寝る人の体型・骨格・体重を分子レベルで瞬時にスキャンし、一ミリの狂いもなく最適な反発力を自動調整。さらに古代原初の生命治癒魔法が常にじんわりと微弱電流のように流れ、横になっているだけで全身の筋肉のコリや微小な歪みを完全に修復してくれるらしい。
「お兄様、どうぞ横になってみてくださいまし!」
リリィに促され、僕はおずおずとベッドの上に身を投げ出してみた。
ボフンッ……ふわぁぁぁぁぁ……。
「……っ!? な、なにこれぇぇぇぇ……!?」
体がマットレスに触れた瞬間、反発の硬さも沈み込みの圧迫感も、完全に「ゼロ」になった。
まるで温かいぬるま湯の中にぷかぷかと浮かんでいるような……いや、無重力の雲の上に包まれているかのような、圧倒的な多幸感。
首にも腰にも一切の体重がかかっていない。それどころか、先ほど少しピキッとした首の筋の違和感が、ぽかぽかとした温もりに包まれて一瞬でサラサラと消え去っていくのが分かった。
「す、すごすぎる……! 寝返りを打つ必要すら全然感じないくらい、体が軽くて気持ちいいよ……!」
僕がベッドの心地よさに蕩けて完全に骨抜きになっていると、そこへ誇らしげなリリィ、ブラム、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 全時代における『寝違え・腰痛・肩こり発生率完全ゼロ%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字の安眠達成証を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「この『究極ベッド』の量産型が時空特急を通じて全時代へ配備され、未来のサイボーグの方々も太古の戦士たちも、全員が『目覚めた瞬間に体が羽のように軽い!』と、大歓喜の涙を流しておりますの!」
「全時代に究極ベッドを配備しちゃってる!?」
さらにリモート画面の向こうでは、未来都市のサイバー空間や太古の集落、中世の王城の寝室で、あらゆる時代の人々がベッドの上で正座し、画面に向かって手を合わせていた。
『神皇ルーカス様……! 長年悩まされていた腰痛と首の痛みが、寝ているだけで跡形もなく消え去りました!』
『朝起きるのがこんなにも幸せだったとは……! ルーカス様こそ全人類の睡眠と命を救い給う真の快眠神だぁぁぁッ!』
「みんなベッドの上から拝んでこないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……朝起きて首を寝違えて痛めたくなくて、もっと楽なベッドがあればいいなって思っただけなのに……なんで僕の一言で『全時代を震撼させる究極のふかふかベッド』が完成してるのーーーーッ!」
寝違えと関節の痛みを恐れた少年のささやかなボヤキは、時空を超えて全人類の眠りを至福の癒やしへと変貌させ、本日も彼は小さな恐竜やロボットたちに囲まれながら、極上のふかふかベッドの中で静かに温まるのだった。
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