第86話:概念世界(夢や精神世界)にまでぬくぬくオーラが漏れ出し、全存在が熟睡できるようになった件
「ふぁぁぁ……手のひらサイズの恐竜とぬくぬく君が、僕の布団の端っこで仲良く丸くなってスースー寝てる姿、本当に癒やされるなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上にうつ伏せになり、特製クッションを顎の下に挟み込みながら、温かいハーブティーの湯気を目で追っていた。
室温は常に絶妙な22度、湿度は55%。
部屋の隅のコタツでは、戦士を引退した過去の英雄たちがパジャマ姿で「ふにゃあ……お茶が美味しい……」と穏やかな笑顔で将棋を指し、平和そのものの時間が流れている。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』の隅で、ギドたちが整理していた「精神・生体波長データ」をなんとなく眺めていた僕は、画面に小さく表示された「悪夢観測ログ」に目が留まり、思わず眉をひそめて身震いした。
画面の向こうでは、暗黒のアストラル次元(精神世界)を漂う恐ろしい夢魔や悪霊たちが、人々に恐ろしい悪夢を見せたり、不安やプレッシャーで睡眠不足に陥っている人たちの脳波が真っ赤に点滅していたのだ。
前世の僕も、白い病室のベッドの上で高熱を出した夜は、怪物に追いかけられたり底なし沼に沈んでいくような恐ろしい悪夢を何度も見て、冷や汗びっしょりで目を覚まして心臓がバクバク跳ね上がった記憶がある。
「悪夢って本当に心臓に悪いし、睡眠の質が落ちると自律神経が乱れて免疫力もガタ落ちになっちゃうんだよね……」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションに頬をすりすりしながら、切実にボヤいた。
「昼間どんなに平和でもさ……眠っているときまで怖い夢や不安に襲われるなんて嫌すぎるよ。前世のお医者さんも『質の高い睡眠(熟睡)こそが細胞を修復して長生きする一番の土台だ』って言ってたし。夢の中や精神世界(アストラル界)もさ、僕のこの特製クッションみたいにフワフワした羊雲と、心地よい安眠ラベンダーアロマで満たされてくれればいいのに。どんなに凶悪な悪夢の怪物や夢魔だって、あったかい毛布にくるまって『もう人を怖がらせるのなんてやめて、一緒に朝までぐっすり寝よ〜』って熟睡しちゃえば、誰も悪夢に怯えずに、みんな質の良い熟睡で元気に長生きできるのになぁ……」
睡眠の質の低下による自律神経の乱れと免疫力低下を心から恐れた、僕のささやかで快眠第一なボヤキ。
……のはずだった。
(物理時空のみならず全存在の集合的無意識・精神世界(アストラル界)にまで安息の慈悲を行き渡らせる神の概念昇華熟眠……! そして全生命の悪夢と不眠の根源を浄化し至高の熟睡を定着せしめる夢幻聖域……!?)
ドアの物陰で、睡眠アロマハーブの分類をしていた香水係イリスと妹リリィ、そして精神魔導具を調整していた錬金術師ギドの目が、カァァァッ! と夢幻の帳を切り裂くほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「肉体や歴史だけでなく、全存在の『眠りと夢の領域』にまで手を差し伸べ、悪夢そのものを至高の安眠へと導こうとなされるなんて……! 私、すぐに『全次元ドリーム・安眠浄化プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済とアストラル調和の極致だぁぁぁッ!」
香水係イリスとギドが、精神波同調香炉と夢界ポータルをフル稼働させて叫ぶ。
「ルーカス様の『ふかふかクッション波動』と『至高の安眠アロマ周波数』を全アストラル次元へ常時照射し、ただちに夢の世界全体をバルデン式快眠ベッドタウンへと同期・上書きいたしますぞッ!」
「待って三人とも!? 僕はただ『みんな悪夢を見ずに寝られたらいいね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の快眠&妹チームは精神世界への波動放射へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。自室のリモート画面に映ってる『アストラル精神世界』の観測モニターなんだけど……どす黒い霧が完全に消え去って、夜空みたいな青い空間に無数のふかふかベッドが浮かんでて、漆黒のツノを生やした恐ろしい夢魔たちが全員羊のパジャマ着て涎垂らして『すやすや……』って寝息立ててるのは何で?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、モニター一面に広がるあり得ない快眠パノラマにパチクリと目を丸くしていた。
イリスとギドたちが全次元の精神世界へルーカスの「ぬくぬく波動」を流し込んだ結果——。
全多次元宇宙の生きとし生けるものが眠る「夢の世界(集合的無意識)」全体が、ふかふかのクッションとラベンダーアロマに包まれた「至高の熟睡パラダイス」へと書き換わってしまったのだ。
画面の中では、かつて人々に悪夢を見せて恐怖を煽っていたはずの夢魔たちが、極厚の羽毛布団に包まりながら「う〜ん……人を脅かすより寝てる方が気持ちいい……」「ルーカス様の枕、最高……むにゃむにゃ……」と完全に骨抜きになって爆睡していた。
そこへ、誇らしげなリリィ、イリス、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 全次元・全アストラル界における『悪夢・不眠症発生率完全ゼロ%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字で輝く快眠達成証書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「全多次元宇宙の生命が、毎晩お兄様のぬくもりの中で『人生最高の熟睡』を経験し、朝の目覚めのスッキリ度100%、免疫力向上率300%を記録いたしましたの!」
「夢の世界から悪夢がまるごと消えてる!?」
さらにリモート画面の向こうでは、朝を迎えた各次元の神々、未来人、古代人、そして魔王城の魔族たちまでが、ピカピカの晴れやかな顔で画面に向かって両手を合わせていた。
『神皇ルーカス様……! 生まれて初めて悪夢を一切見ず、朝まで泥のように熟睡できました!』
『目覚めた瞬間に全身の疲労が完全に消え去っている……! 夢の世界にまで安息を下さるルーカス様こそ、真の眠りと命の守護神だぁぁぁッ!』
「みんな朝から画面越しに拝んでこないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……怖い夢を見ないでぐっすり眠れたら免疫力が上がっていいなって思っただけなのに……なんで僕の一言で『全次元の夢の世界が丸ごと超快適ベッドタウン』になってるのーーーーッ!」
悪夢と不眠を恐れた少年のささやかなボヤキは、概念世界や夢の理すらもふかふかの温もりで包み込み、本日も彼は小さな恐竜とロボット、そして穏やかに眠る仲間たちに囲まれながら、ふかふかのベッドの中で静かに温まるのだった。
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