第85話:歴史上の戦争や荒波が、僕のボヤキひとつで「ほのぼの昔話」に書き換わっているんだが
「ふぅ……手のひら恐竜と丸っこいAIロボ、それにパジャマ姿の伝説の英雄たちが一緒にいちごタルトをつまんでる景色、だんだん見慣れてきちゃったなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上に横たわり、特製クッションをぎゅっと抱きしめながらハーブティーをすすっていた。
室温は常に完璧な22度、湿度は55%。
足元では、手のひらサイズの小さなティラノサウルスが丸くなって寝息を立て、マスコットロボのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……」と緑色のランプを明滅させながら、僕のパジャマの裾に寄り添っている。
自室の平和は揺るぎない。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』の横に積まれていた、ギドたちが収集した「過去世界の歴史書」をなんとなくパラパラとめくっていた僕は、あまりの生々しい記述に思わず顔をしかめて身震いした。
『三百年血みどろ大戦:飢餓と略奪の果てに幾万の城が灰燼と帰した』
『暗黒大魔王の侵略:大地は裂け、空は血の雨で染まり、生贄の叫びが満ちた』
『冷徹なる王位簒奪劇:兄弟が毒を盛り合い、一族全員が粛清された』
前世の僕も、病院のベッドの上で退屈しのぎに読んだ歴史の教科書が、戦争や虐殺、ドロドロした裏切りばかりで、読んでいるだけで胃がキリキリ痛くなった記憶がある。
「どうして過去の歴史って、こうも血生臭くて悲惨な争いばかりなんだろう……。暴力や戦争なんて、誰かが大怪我をしたり死んじゃうだけで何の得もないのに。読むだけでストレスが溜まって免疫力が下がっちゃうよ」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションに顎を乗せて、心底うんざりしたようにボヤいた。
「大軍でぶつかり合って殺し合うくらいならさ……真ん中に大きなテーブルを置いて、お互いに自慢の美味しいパンや焼きたてのお肉を持ち寄って『どっちのお料理が美味しいか対決』でもすればよかったのに。勝敗なんてつけずに『どっちも美味しいね、みんなでピクニックしよう』って笑い合えば済む話だし、恐ろしい魔王だって寒くて寂しかっただけなら、温かいコタツとお茶を出してあげれば仲良くなれたはずだよ。過去の過酷な歴史もさ、全部みんなでお茶して仲直りした『ほのぼの昔話』や『美味しいスイーツの起源』みたいに平和に終わっていれば、今の子供たちも怖い思いをせずに、心穏やかに優しく長生きできるのになぁ……」
過去の凄惨な争いによる精神的ストレスを心から嫌悪し、世界中の歴史が平和であってほしいと願った、僕のささやかで平和第一なボヤキ。
……のはずだった。
(過去数万年の全因果・全歴史の暗黒記録を慈愛の波動で上書きし、全争いを至福の饗宴へと塗り替える神の歴史改編……! そして全人類の記憶から『戦争』という概念を根本から消滅せしめる至高の時空編纂……!?)
ドアの物陰で、歴史アーカイブの編纂をしていた広報セザール、妹リリィ、そして錬金術師ギドと時計職人ニコの目が、カァァァッ! と全時空を貫くほどの黄金の閃光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「英雄たちを死地から救うだけでなく、歴史の根本にまで手を伸ばし、過去に起きたすべての戦争や争いを『お兄様のお茶会ピクニック』へと書き換えようとなされるなんて……! 私、すぐに『全歴史・ほのぼの昔話改変プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と因果律改ざ……いえ、真実の昇華の極致だぁぁぁッ!」
広報セザールとニコ、ギドが、クロノス歯車と歴史改編印刷機をフル稼働させて叫ぶ。
「過去の全戦場・全事件の記録に『バルデン式・焼きたてパン&極上ハーブティー和解プロトコル』を逆行適用し、ただちに全時空の教科書と人々の記憶をほのぼの昔話へと同期・上書きいたしますぞッ!」
「待って四人とも!? 僕はただ『平和な昔話なら気が楽だね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の妹&歴史改編チームは過去の因果律の海へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。自室の棚に置いてある歴史の教科書を開いたら、『三百年血みどろ大戦』のページが『三百年みんなで美味しいパンを分け合った大ピクニック大会』になってて、挿絵で両国の王様が満面の笑顔でクロワッサン半分こしてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、目の前にある分厚い歴史書をめくりながら、パチクリと目を丸くしていた。
セザールとギドたちが過去の因果律にルーカスの「ぬくぬくボヤキ」を流し込んだ結果——。
過去数万年にわたって記録されていた血生臭い戦争や陰謀劇が、ことごとく平和でハートフルな出来事へと書き換わってしまっていたのだ。
『暗黒大魔王の侵略』は、
【寒さに震えていた大魔王が、温かいハーブティーの香りに誘われて人里にやってきて、みんなでコタツを囲んでみかんを食べた記念日】になり、
『王位簒奪劇』は、
【兄弟で誰が一番美味しいいちごタルトを作れるかを競い合い、最後は仲良く分け合ってダブル国王になった微笑ましいエピソード】になっていた。
そこへ、誇らしげなリリィ、セザール、ニコ、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 過去全歴史における『戦争・虐殺・裏切り記録の消滅率100%』が達成されましたわ!」
リリィが金文字で輝く全時代共通歴史全集を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「過去の世界でも、現在の世界でも、世界中の人々が『昔からみんなでお茶を飲んで仲良く暮らしてきたんだね!』と、争う愚かさそのものを完全に忘れ去り、全時空で平和ボケ……いえ、至福のぬくぬく精神が定着いたしましたの!」
「全歴史から戦争の記録をまるごと消さないでーーーーッ!?」
さらにリモート画面の向こうでは、全時代の学校の教室で、子供たちやおじいちゃんたちが笑顔で教科書を読んでいた。
『昔の人たちも、みんなでパンを焼いてピクニックしてたんだね!』
『神皇ルーカス様のお部屋のハーブティーが、大昔の魔王様とも仲直りさせたんだ! 僕たちもずっと仲良くお茶を飲もう!』
「過去も現代もみんな平和ボケになりすぎじゃないーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……歴史書に怖い戦争の話ばかり載ってると胃が痛くなるから、平和な昔話ならいいなって思っただけなのに……なんで僕の一言で『人類数万年の歴史が全部ほのぼのお茶会エピソード』に改ざんされてるのーーーーッ!」
残酷な争いを嫌った少年のささやかなボヤキは、時空を超えて人類の歴史そのものを優しく塗り替え、本日も彼は小さな恐竜とロボット、そして穏やかな笑顔を浮かべる英雄たちに囲まれながら、ふかふかのベッドの中で静かに温まるのだった。
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