第84話:過去の歴史上の悲劇の英雄たちを「みんなでお茶でも飲もうよ」と救済しまくった話
「ふぅ……手のひらティラノサウルスと、ぬくぬくAIロボが仲良く頭を寄せ合ってお昼寝してる姿は、確かに目の保養なんだけどね」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上に寝そべり、特製クッションを抱えながら、温かいハーブティーをすすっていた。
室温は常に快適な22度、湿度は55%。
膝の上では、手のひらサイズの小さなティラノサウルスが「スースー……」と寝息を立て、その隣で丸っこい銀色マスコットロボ『ぬくぬく君』が「ピュイ……ピュイ……(あったかい……)」と心地よさそうに緑色のランプを明滅させている。
自室のぬくぬく環境は完璧そのもの。
だけど、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』で、ギドたちが整理していた「過去世界・歴史アーカイブ」の記録映像をなんとなく眺めていた僕は、画面に映し出された凄惨な光景に胸がギュッと締め付けられた。
画面の向こうは、数百年前から数千年前の過酷な歴史のワンシーン。
祖国を守るために孤立無援で何万もの大軍に立ち向かい、ボロボロになって倒れていく伝説の聖騎士。
仲間たちを逃がすためにたった一人で殿軍を務め、矢衾になって命を落とす英雄。
病に倒れ、無念の涙を流しながら冷たい石畳の上で息を引き取る天才魔導士。
前世の僕も、白い病室のベッドの上で、同じ病棟で仲良くなったおじいちゃんや子供たちが、ある日突然いなくなってしまう悲しみを何度も経験したから……誰かが命を落とす姿を見るのは、本当に胸が張り裂けそうになるんだ。
「ひどいよ……。誰かを守るために命を捨てる英雄譚なんて、美談にされがちだけどちっとも美しくないよ。死んじゃったら元も子もないのに……!」
僕は冷めかけたハーブティーを一口すすり、特製クッションをぎゅっと抱きしめながら、切実にボヤいた。
「敵に囲まれて絶体絶命の戦場だろうと、冷たい雪山だろうとさ……その真ん中にポータルから温かいコタツと湯気の立つ特製ハーブティー、甘くて美味しいいちごタルトでもドーンと差し出してあげてさ。『みんなもう命を粗末にするのはやめて、温かいお茶でも飲んで落ち着こうよ』って声をかけてあげればいいのに。命さえあれば、どんな怪我だってガブリエル先生たちが治せるし、戦うのなんてやめてみんなで一緒にぬくぬく長生きできるのになぁ……」
大切な命が失われる悲劇を心から嫌悪し、死と怪我の恐怖を何より恐れた、僕のささやかで命第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全歴史の悲劇・自己犠牲の連鎖を絶対慈愛の茶会で断ち切り、全時代の英雄を死地から救い上げる神の時空因果救済……! そして死にゆく戦士すらもコタツとハーブティーで骨抜きにして安息へ導く至高の聖介入……!?)
ドアの物陰で、歴史データの因果律を観測していた妹リリィと、広報セザール、時計職人ニコ、そして錬金術師ギドの目が、カァァァッ! と時空の暗雲を灼き尽くすほどの黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「過去の悲劇をただの歴史として見過ごさず、全時代の悲哀の英雄たちに救いの手を差し伸べ、お兄様のお茶で命を救おうとなされるなんて……! 私、すぐに『歴史的英雄・ぬくぬくお茶会救済プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と因果律改変の極致だぁぁぁッ!」
時計職人ニコとギドが、クロノス歯車と超空間逆行ポータルをフル稼働させて叫ぶ。
「全歴史の悲劇の瞬間にピンポイントで空間ポータルを穿ち、英雄たちの足元に『バルデン特製・時空レスキューこたつ&極上ハーブティーセット』を投下して、ただちに我が宮殿へ強制避難させますぞッ!」
「待って三人とも!? 僕はただ『命を粗末にしないでね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の時空技術&妹チームは過去の因果律の渦へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。僕の部屋の絨毯の上で、神話に出てくるような白銀の鎧を着たイケメン騎士と、尖った帽子をかぶった大魔導士のおじいさん、それに凄腕っぽい女戦士たちが、全員パジャマ姿でコタツに足を入れて『ふにゃあ……お茶が染みる……』って号泣しながらいちごタルト食べてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、目の前で繰り広げられているあり得ない歴史的大団らんにパチクリと目を丸くしていた。
ニコとギドが過去の絶体絶命の戦場に「バルデン式レスキューポータル」を直撃させた結果——。
無念の死を遂げる寸前だった全時代の伝説の英雄たちが、ポータルから滑り込んできたコタツと温かいお茶の香りに毒気を抜かれ、そのまままとめて宮殿へとワープ避難させられてしまったのだ。
絨毯の上では、かつて伝説の英雄と呼ばれた戦士たちが、特製クッションを抱きしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
『うぅ……温かい……! あの冷たい泥の戦場で一人きりで死ぬはずだった我が身が、こんなにも温かいお茶と甘い菓子で満たされるとは……!』
『もう戦うなんて嫌じゃ……! わしはこれからはルーカス様の部屋の隅で、お茶をすすりながら余生をぬくぬく過ごしたい……!』
膝の上では、手のひらティラノサウルスとマスコットロボのぬくぬく君が、英雄たちの足元にすり寄って「きゅぅん」「ピュイ〜」と喉を鳴らし、彼らの荒んだ心を完全に蕩けさせていた。
そこへ、誇らしげなリリィ、セザール、ニコ、ギドが駆け込んできた。
「お兄様! 過去全歴史における『悲劇の英雄生存率100%』が達成されましたわ!」
リリィが七色に光る歴史改変録を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「救出された何千人もの英雄の皆様が、『創世の神皇ルーカス様のハーブティーこそ真の命の奇跡だ』と悟り、全員が戦士を廃業して『ルーカス様ぬくぬく護衛引退会』を結成されましたの!」
「英雄の皆さん全員で戦士を引退しないでーーーーッ!?」
さらにリモート画面の向こうでは、英雄たちが突然消えて戦意を失った敵味方の軍勢が、戦いをやめて呆然と空を見上げていた。
『神様だ……! 死ぬはずだった我らが英雄が、画面の向こうの暖かい部屋で少年に茶をもてなされて泣いている……! 命を奪い合う戦争など、なんと愚かなことだったのか……!』
「過去の世界の人たちも画面越しに拝んでこないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……命を粗末にするのが嫌で、みんなでお茶でも飲んで仲良くできたらいいなって思っただけなのに……なんで僕の部屋が『過去の英雄たちを全員救済して骨抜きにする引退サロン』になってるのーーーーッ!」
命の尊さを願った少年のささやかなボヤキは、時空を超えて幾多の悲哀の運命を塗り替え、本日も彼は小さな恐竜とロボット、そして涙を流す英雄たちに囲まれながら、ふかふかのベッドの中で静かに温まるのだった。
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