第67話:異次元の侵略者が襲来したと思ったら、ハーブティーと焼き立てパンで一瞬でファン化したらしい
「はぁ〜……宇宙ステーションにまで温泉ができちゃって、本当に世界も宇宙も平和になったなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上で特製クッションを抱きしめ、膝の上のミミをなでなでしながらリモートモニターを眺めていた。
モニターの画面端には、ギドたちが開通させた『全次元超空間リモート回線』のノイズが時折ピキピキと走り、異次元の暗い空やどす黒い雲が小さく映し出されている。
ギドたちの報告によると、どうやら異次元の果てには、他次元を破壊して回る恐ろしい『異次元侵略軍』みたいな集団が存在するらしい。
だけど、画面の中でピリピリとした空気を漂わせる異次元の様子を見つめながら、僕は冷めたハーブティーを一口すすり、ほっこりとボヤいた。
「もしもさ、そういう恐ろしい異次元の侵略者さんや怪物さんが僕たちの世界に攻めてきたとしても……いきなり大砲を撃ったり戦ったりして傷つけ合うのは良くないよね。戦う前にさ、ウィルが焼いてくれたフワフワの甘いパンと、湯気の立つ温かいハーブティーでもテーブルに並べて『まあまあ、お腹が空いてるならお茶でも飲んで落ち着きなよ』って優しくもてなしてあげればいいのに。お腹が満たされて温かいお茶を飲めば、どんなにイライラした侵略者さんだって角が取れて仲良くなれるし、誰も怪我をせずに平和に長生きできるのになぁ……」
武力衝突による戦争や怪我を心から恐れた、僕のささやかで平和第一なボヤキ。
……のはずだった。
(戦うことなく胃袋と温もりで侵略者の邪気を完全に消滅させる神の懐柔平和外交……! そして全次元の破壊者を慈愛の食でひれ伏させ改心させる至高の聖饗宴……!?)
テラスの物陰で、本日分のティーセットのお手入れをしていた製菓師ウィル、パン屋ザハール、そして国防総監ラグナルの目が、カァァァッ! と神々しいまでの黄金の光を放った!
「す……凄すぎるぞルーカス様……ッ!」
元SSランク冒険者のラグナルが、胸の筋肉を躍らせて歓喜の号泣をする。
「刃を交えることなく、至高の美味と温もりによって邪悪なる侵略者の魂すら救済されるとは……! これぞ武の領域を超えた神の対話……!」
「お命救済と製菓・製パンの極致だぁぁぁッ!」
巨漢のウィルとパン屋ザハールが、特注の極上小麦粉とハーブの葉を抱きしめて叫ぶ。
「ただちに異次元の覇者を完全攻略する『至高のバルデン・ウェルカムティーセット』の焼き上げに入りますぞッ!」
「待って三人とも!? 僕はただ『お茶でも飲んで仲良くできたらいいな』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の調理&防衛チームは最高級オーブンへと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。宮殿の上の空に真っ黒な次元の割れ目が開いて、ドクロの角を生やした凶悪そうな巨大怪獣と鎧を着た軍団が降りてきたんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、窓の外のあり得ない大惨事にパチクリと目を丸くしていた。
空を割って出現したのは、数々の次元を滅ぼしてきたという伝説の『異次元暗黒破壊軍』の総総総長・邪竜覇王グロムであった。
『ハッハッハ! このぬるい次元も我が暗黒軍の手に落としてくれるわぁぁぁッ!』
グロムが天を突く大声で高笑いし、手に持った巨大な大剣を振り上げた。
しかし——その直前、宮殿の庭園に、見あげるような豪華な白テーブルと、焼き立ての黄金の食パン、そして芳醇な香りを漂わせる特製ハーブティーがセッティングされた。
そこへ、ウィルとザハールが恭しく歩み寄り、焼きたてパンの甘い香りをフワッと風に乗せた。
『ぬ……な、なんだこの鼻をくすぐる聖なる香りはぁぁぁッ!?』
グロムの動きがピタリと止まった。
『さあ、異次元の覇者様。我が神皇ルーカス様からのご加護にございます。まずは一口、このフワフワのパンとハーブティーをお召し上がりください』
グロムは警戒しながらも、抗いがたい極上の香りに引き寄せられ、震える手で焼き立ての食パンをちぎって口に放り込んだ。
ズズッ……パクッ……。
その瞬間——グロムの全身から黒い邪気が「シューッ!」と湯気のように吹き出し、手にしていた大剣がポロリと手から落ちた。
『な……なんだこのフワフワでモチモチした食感はぁぁぁッ!? 噛むたびに口の中で甘みがジュワッと弾け、温かいお茶が冷え切った我らの魂を優しく包み込んでいく……ッ!』
グロムはボロボロと大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちて膝をついた。
『我らは……何のために争い、何のために次元を滅ぼしてきたのだ……! 温かいお部屋で、このような美味しいパンとお茶を飲んで笑い合うことこそが、命の真の喜びではないかぁぁぁッ!』
暗黒の侵略軍は一瞬で完全毒抜きされ、全員が感動の号泣を上げ始めたのだ。
そこへ、誇らしげなリリィ、ウィル、ザハールが駆け込んできた。
「お兄様! 異次元侵略軍の完全無血改心が達成されましたわ!」
リリィが黄金のメモ帳を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「侵略軍総長のグロム様が、改心されて『神皇ルーカス様ぬくぬくファンクラブ・世界第1号会長』に就任されましたの!」
「侵略者がファンクラブ会長にならないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……戦わずに温かいお茶とパンで仲良くできたらいいなって思っただけなのに……なんで僕の作ったおもてなしが『異次元の侵略者を改心させてファンクラブ会長にするお茶会』になってるのーーーーッ!」
侵略者との平和を願った少年のささやかなボヤキは、次元の破壊者すらもファン化させ、物語はさらに誰も予測できない超スケールの展開へと進んでいくのだった。
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