第59話:リリィが書いた『ルーカス神楽国・貿易&道徳憲法』が、世界最高の聖典として全校で配布されているんだが
「はぁ……海の巨大怪獣さんたちもおとなしく護衛してくれるようになって、いよいよ至高の平和がやってきたなぁ」
『海上神聖宮殿』の自室で、僕はふかふかスプリングベッドの上に転がり、膝の上の特製クッションをなでなでしながらリモートモニターを眺めていた。
画面には、全海洋の船が安全に集う『バルデン中央国際貿易港』や、濡れずに快適にお買い物ができる『バルデンモール』の様子が映し出されている。
世界中からやってきた様々な国や種族の人々が、笑顔で行き交う素晴らしい光景だ。
だけど、前世でニュースや歴史の授業で見た「悪質な詐欺」や「契約トラブル」の話題を思い出し、僕はふと心配になって身を乗り出した。
「これだけ世界中から商売人や色んな人が集まってくるとさ……中にはズルをして人を騙したり、無理な契約を押し付けたり、横取りしようとする悪賢い人や喧嘩が起きたりしないかなぁ。争いや裁判でいがみ合うのって、すごくストレスが溜まるし胃がキリキリ痛くなっちゃうよ……」
僕は温かいハーブティーを一口すすり、いつも持ち歩いている妹のメモ帳を思い出してポロリとボヤいた。
「複雑な難しい法律で縛り付けるんじゃなくてさ……『お互いを騙さない』『相手のぬくぬく(幸せ)を横取りしない』『困っている人がいたら助け合う』みたいに、小学生でも分かる簡単で当たり前なルール(道徳)があればいいのに。みんながお互いを思いやって譲り合えれば、犯罪も詐欺もゼロになって、誰も嫌な思いをせずに安全に長生きできるのになぁ……」
嘘や騙し合いによる裁判パニックや不必要な争いを心から恐れた、僕のささやかで平和第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全人類の魂に宿る邪気を払術し、平和と慈愛を永久に保障する神の道徳規範(ルーカス憲法)……! そして法という名の強権ではなく愛と誠実で世界を導く至高の聖典……!?)
ドアの陰で、本日分の行政書類を整えていた妹リリィと、会計士アンドレの目が、カァァァッ! と神々しい光を放った!
「すごいですわお兄様……ッ!」
リリィが涙をぽろぽろと流し、胸の前で愛用のメモ帳を強く抱きしめる。
「不必要な罰則や強圧で人を縛るのではなく、全人類が自発的に愛し合い、互いの尊厳を守り合う『心の聖典』を下されるなんて……! 私、すぐにこれまで書き留めた『ルーカスお兄様語録』を世界最高の憲法として編纂いたしますわッ!」
「お命救済と法の極致だぁぁぁッ!」
会計士アンドレが、黄金の羊皮紙を掲げて叫ぶ。
「ただちに『バルデン神聖楽園国・道徳と平和の基本基本法』として全世界に公布・無償配布いたしますぞッ!」
「待って二人とも!? 僕はただ『みんなで仲良くしようね』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の妹&法務コンビは新国家の出版局へと爆走していった。
◇
数日後。
「……ねえリリィ。リモートモニターの画面で、世界中の学校の子供たちが同じ金色の本を開いて『お兄様のぬくぬくを奪ってはいけません』って唱えてるんだけど……これって何の冗談?」
自室でハーブティーを飲んでいた僕は、壁のモニターに映し出された信じられない光景にパチクリと目を丸くしていた。
リリィとアンドレが編纂した『バルデン神聖楽園国・貿易&道徳憲法』——通称『ルーカス聖典』が完成し、全世界に無償配布されていたのだ。
そこには、僕が日頃ボヤいていた言葉が美しい金文字で刻まれていた。
第一条【ぬくぬくの保障】:全人類は、温かいお部屋と美味しいご飯を食べ、健やかにぬくぬく長生きする権利を有する。
第二条【不侵奪の誠実】:相手を騙したり、横取りしたり、過酷な残業を強いてはならない。
第三条【対話と譲り合い】:意見が割れた時は、温かいハーブティーを飲みながら笑顔で話し合わなければならない。
このあまりにもシンプルで慈愛に満ちた憲法は、世界中の人々の心に深く突き刺さった。
商人たちは「そうだ……目先の小銭のために相手を騙すなんて愚かだった!」と改心し、悪徳業者や詐欺師は姿を消した。他国の王様たちも「法律とは民を罰するものではなく、幸福を守るためのものだったのだ」と感涙。
さらに、アルカディア王国、エストリア帝国、ルミナス聖国、エルフの国など、全世界のすべての学校で『ルーカス聖典』が道徳と社会の第一教科書として正式採択されていたのだ。
そこへ、誇らしげなリリィとアンドレが駆け込んできた。
「お兄様! 全世界で『犯罪率・詐欺率ゼロ%』を達成いたしましたわ!」
リリィが黄金の表紙の本を掲げて笑顔を咲かせる。
「世界中の子供たちも大人たちも、お兄様の教えを胸に刻み、毎日お互いを思いやって笑顔で暮らしておりますの!」
「犯罪率が世界規模でゼロになってる!?」
「さらにルーカス様!」
アンドレが羊皮紙を指差す。
「『あのバルデン国に行けば、騙されることも奪われることもなく、誰もが親切で世界一安全に取引ができる』という噂が全宇宙……いえ、全世界に轟き、全世界の誠実な商人たちから『人類史上最高の聖典』として絶賛されておりますぞッ!」
「教科書にして世界中で丸暗記させないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……嘘や騙し合いで嫌な思いをしたくなくて、みんなが仲良くしてくれたらいいなって思っただけなのに……なんで僕の作った新国家のルールが『全人類が学ぶ世界最高の道徳教科書』になってるのーーーーッ!」
争いや詐欺を恐れた少年のささやかなボヤキは、世界中の道徳と倫理観を根底からクリーンに塗り替え、物語はさらに誰も予測できない超スケールの展開へと進んでいくのだった。
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