第5話:ガタガタ馬車に酔った少年のボヤキが、王国全土の交通インフラを塗り替えた件
「う、おえぇぇ……っ……」
豪華な木製馬車の揺れに耐えかね、ルーカスは青ざめた顔でシートに倒れ込んでいた。
男爵領の温泉リゾート化が大成功を収めたことで、近隣領地との行き来が増え、この日は父アロイスのお供として領内の見回りに出かけていたのだが——。
「大丈夫かい、ルーカス? 昔から街道の石畳はガタガタで、馬車は酔いやすいからのう」
父アロイスが心配そうにお腹をさすりながら声をかけてくる。
「だ、大丈夫じゃないよ父さん……。なんでこの世界の道って、こんなに大きな石がゴツゴツ飛び出してるの……? 車輪にクッションもないから、振動がダイレクトに脳みそに響くよ……」
生前の病院生活で乗り物酔いとは無縁だったルーカスにとって、異世界のガタガタ道と硬い木の車輪の組み合わせは凶器そのものだった。
ルーカスは青い顔のまま、シートに突っ伏してボヤいた。
「はぁ……前世の『アスファルト』みたいに、滑らかで平らなコンクリートの道路があればいいのに。それに、車輪の軸に『サスペンション』っていうバネやゴムの衝撃吸収装置をつけたら、全然揺れなくなるのに……。道路が綺麗で移動が快適なら、物流も早くなって誰も車酔いで苦しまずに済むのになぁ……」
病床で読んだ車の仕組みや、街の道路を思い出しただけの、ただの愚痴。
……のはずだった。
(衝撃を一切殺す神の車軸……! そして、地平の果てまで平らに敷き詰められる奇跡の舗装技術……!?)
座席の下に小さくなって潜り込んでいた妹リリィが、ガタガタ揺れる馬車の中で驚異的な体幹を維持しながら、猛烈な速度でメモ帳を走らせていた。
カリカリカリカリカリッ……!
「すごいですわお兄様……! 移動の苦痛をゼロにし、世界の物流と人の往来を劇的に変える『道の大改革』まで見据えておられるなんて……! 私、すぐにお困りの職人さんに伝えなくっちゃ!」
目を輝かせた天使(妹)は、馬車が領館の前に停車した瞬間、跳ぶように飛び出していった。
◇
「——で、これが『魔導コンクリート』と『空気圧式サスペンション馬車』か」
「はいッ! ルーカス様のご神託を受け、私ペーターと騎兵隊長ヴァルター殿が一晩で組み上げましたぞ!」
翌朝。男爵家の庭には、見慣れない漆黒の滑らかな車体を持った馬車と、一直線に伸びるグレーの美しい道路が完成していた。
腕利きの石工ペーターと、かつて馬車の揺れで腰を痛めた経験のある騎兵隊長ヴァルターが、興奮で血走りながら胸を張っている。
ドワーフのブラムが練り上げた「速乾性魔導コンクリート」を石工たちが爆速で敷き詰め、街道の凸凹を一瞬で消し去ったのだ。さらに馬車の車輪には、ギドの魔術回路と高弾性スプリングを組み込んだ「ハイテクサスペンション」が装着されていた。
「ルーカス様、ぜひご試乗を!」
ルーカスはおずおずと試作馬車に乗り込んだ。
御者が馬の手綱を引くと、馬車は滑るように走り出した。
「つ、滑らかぁぁぁッ!?」
揺れない。跳ねない。振動がない。
まるで雲の上を滑走しているかのような、前世の高級外車すら凌駕する圧倒的な乗り心地。
「すごい……! 全然気持ち悪くならない! これならいくら乗っても酔わないよ!」
「ふふふ、感謝いたしますルーカス様! これにより、バルデン領内の移動速度は従来の三倍! 物流コストは半分になりました!」
ルーカスが感動していると——突然、街道の先からド派手な金ピカの馬車が、ガタガタと猛烈な音を立ててやってきた。
「な、なんだあのバカでかい馬車は……?」
金ピカ馬車から降りてきたのは、派手な意匠の服を着た肥満体の男と、冷徹そうな眼鏡をかけた男だった。
「ひ、ひえぇぇ……! 酔った……激しく酔ったぞ……! ゲフッ!」
目を回しながら吐きそうになっている肥満体の男は、近隣の商業都市を治めるフェルディナンド子爵。そして隣の眼鏡の男は、王都からバルデン領の「噂」を調査しに派遣された王立監査官のロバートであった。
「……フェルディナンド子爵、しっかりしてください。それよりご覧なさい、あの道路を……」
ロバート監査官が眼鏡の奥の目を丸くした。
自領のガタガタ道からバルデン領に入った瞬間、馬車の振動がピタリと止まり、鏡のように平らな道路が広がっていたのだ。
「な、なんだこの道は……!? 石畳の継ぎ目がないだと!? それに……あの男爵領の建物群は何だ!?」
二人の視線の先には、整然と立ち並ぶ「二重サッシの和風高級旅館群」、湯気を上げる「大露天風呂」、そして街中で笑顔で「オセロ」に興じ、冷たい「フルーツミルク」を飲んでいる楽しげな領民たちの姿があった。
「ま、待ちたまえアロイス男爵! バルデン領は辺境の弱小領地だったはずだ! なぜこんな王都以上の先進都市になっているのだ!?」
フェルディナンド子爵が泡を吹きそうになりながら問いただす。
アロイス男爵は困り顔で自分の腹をさすった。
「いやぁ……実は我が家の次男ルーカスが、ちょっとボヤくだけで……」
「ぼ、ボヤくだけ……!?」
そこへ、国防総監ラグナル(元SSランク)と、ドワーフのブラム、錬金術師ギド、大商人シルヴィア、そして全盛期以上の威圧感を放つ兄カイルがゾロゾロと集まってきた。
「何か我が主君ルーカス様に文句でもおありか、王都の使者殿?」
「不審な動きを見せたら、この不落の要塞都市の藻屑と消えてもらいますぞ?」
「「ひぃぃぃぃっ!?」」
元SSランク冒険者や伝説の職人、大商人が「ルーカス様の忠実な従者」としてズラリと並ぶ圧巻の光景に、子爵と監査官は膝をガクガクと震わせた。
ロバート監査官は震える手で報告書を書き始めた。
(だ、ダメだ……バルデン男爵領はもはや一領地の規模を超えている……! この『ルーカス・フォン・バルデン』という少年は、王国全土のインフラと経済を牛耳る『陰の支配者』だ……!! 即刻、国王陛下に報告して国家規模で友好的な関係を築かねば……!)
◇
その頃。
完成した超快適サスペンション馬車の中で、ふかふかのクッションに埋もれていたルーカスは、窓の外を眺めて青ざめていた。
「あ、あれ……? 僕はただ……馬車酔いするのが嫌で、道が平らになればいいなって思っただけなのに……なんで領地の道路がサーキットみたいになって、王都のえらい人が泡吹いて倒れてるの……!?」
ただ乗り物酔いを防ぎたかっただけの少年の小さなボヤキは、男爵領の「交通革命」を引き起こし、ついにアルカディア王国の国家中枢までも巻き込んでいくのだった。
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